虹色と無一文な俺
彩葉と雨宮とのゴタゴタの後。
俺は無事に、自らの部屋へと戻ってきていた。
「あー。やっぱり自分の家が一番だな!」
『誠二郎、何日か家を空けた後は、いつもそれ言ってますね!』
「まあ、テンプレだからな。さてと……それよりもだ。さあ、買うぞ、ゲーミングマシン!」
『はい!ようやくあのちっちゃなノートパソコンとおさらばできるのですね!』
ちっちゃなノートパソコンって言うなよ。長年お世話になった、俺の愛機なんだぞ。
「そういえば……約束通りあっちのサーバーは定期的に増設されてるか?」
『問題ありません。時々維持費について分家の者からあれこれ言われてるみたいですが、小春さんが守ってくれています。』
「小春かあ……あいつには世話になりっぱなしだな。」
有馬小春。
レベルゼロの俺を差別しない、有馬家で唯一の味方だ。
俺の兄貴の娘。いわば姪っ子である。
家庭を顧みない兄貴夫婦の代わりに、昔はいろいろ遊んであげてたからな。俺のことを「誠二郎おじさん」って言って、慕ってくれたものだ。
『あの時の誠二郎は、ニートでやることなかったですもんね!時間はいくらでもありましたし!』
余計なことまで思い出さないでよろしい。
はあ……あんな子供に守られてるなんて情けない。
『でも、小春さんももう16歳ですよ。そんなに子供ってわけじゃないです。』
「16歳!?彩葉と2歳しか変わらないじゃないか!」
『小春さんも聖藍学園ですからね。彩葉さんは聖藍学園唯一のレベル7です。間違いなく、小春さんは彩葉さんをご存じでしょう。』
マジか……。
「なあ、テマリ。彩葉が小春のことを知っているかどうかは分からないよな?」
『それは分かりません。ただ、小春さんはレベル5で、十六歳としてはすばらしく高レベルですし、優秀な後輩として、彩葉さんが知っていてもおかしくないでしょう。』
「うわー。なんか嫌だな。その繋がりができるのはなんか嫌だ。面倒事が起きそう。」
『時間の問題だと思いますよ。苗字が同じですし。』
だよなあ……。
……………。
考えても仕方ないな。それよりゲーミングマシンだ。買うぞ。
俺はノートパソコンを開き、通販サイトを開く。
前から気になっていた、超高性能のゲーミングマシンと大きめのディスプレイをカートに入れた。
は、80万円……。
昔からのなけなしの貯金と、デイリーミッションでの報酬を合わせたほぼすべての金額だ。
「ど、どうしよう、テマリ。俺……どうしよう。」
『誠二郎は情けないですね!またミッションで稼げばいいじゃないですか。大丈夫です、今日のミッションもまだ残ってますし、ポチってしまいましょう!』
「で、でも……!」
あまりの金額に手がブルブルと震えてくる。
「ど、どうしたら……!?」
『やーい、誠二郎のざーこざーこ。この程度の買い物で日和ってるのですか?私のマブダチってそんなヘタレチキンでしたっけ?』
「な、なんだと!?」
『私に、見せてください!誠二郎のカッコいいところを!誠二郎のー♪もっといいとこみてみたいー♪ほら購入♪購入♪購入♪』
くそ、なめやがってぇ……。
「こ、これぐらい余裕だぜ!み、見てろテマリ!」
マウスに置いた指がプルプルと震える。くそ、日和るな俺。押せ、押すんだ。
その時だった、耳元で大きな音がはじけた。
『ハクシューーーーン!!』
その大きな音に、体がびくっと震える。
『くしゃみが出ちゃいました!失礼!それより、さすが誠二郎です。80万一括購入、かっこよかったですよ!』
慌てて画面を見ると、購入確定画面が表示されていた。
俺はテマリのエセくしゃみに驚いて、確定ボタンを押してしまっていた。
呆然とその画面を見つめる俺。
そこへと、テマリの畳み掛けるような声がかけられた。
『誠二郎、時間の無駄です!到着を楽しみに待って、今日のデイリーミッションをやりましょう!いいですか!?毎日3万のデイリーミッションですよ?それに6万のメインミッション、12万の緊急ミッション。それだけあるのです。大丈夫、誠二郎はお金に困りません。私が保証します!』
「う、う、う!本当か?俺、テマリを信じていいんだよな?」
『ご安心を!マブダチの私を信じてください!絶対に後悔はさせませんから!?』
詐欺師のようなことを言うテマリ。
……だ、大丈夫だよな、マジで。テマリ、俺、信じてるからな?信じてるからな?
※※※
今日のテマリは、『無一文』と黒く大きく書かれた白のTシャツを着ている。
なるほど。俺がここで無一文になることを、朝から予測していたわけか。さすがテマリである。
なんて計算高いマブダチだ。
テマリが胸を張って宣言する。
『では今日のデイリーミッションに行きましょう!』
「お、おう!」
ここまで散財したんだ。デイリーミッションを落とすわけにはいかない。絶対にだ。
ジャジャン!
効果音が流れ、本日のデイリーミッションが視界表示に現れる。
――『田所うなぎ店でうな重を食べて、田所ウナより相談を受けよ。』
俺は食い入るようにその表示を見つめた。
よし。多分楽なやつだ、これ。
『いいじゃないですか、うな重ミッション。そういえばタダで食べられるのに、二回しか行ってませんね。』
タダ……無料……?お金を払わなくていい……?
そうだ。俺は今、ほぼ無一文なのだ。お金がないのだ。
「うな重を食べて、食費を節約しよう!」
……なんか言葉にすると頭おかしい人みたいだな。パンがないならケーキを食べればいいじゃない、みたいな。
まあいいや。
「テマリ、田所うなぎ店へゴーだ!」
『はい、誠二郎!』
俺はバタン!とドアを開け、田所うなぎ店へと向かったのだった。
※※※
田所うなぎ店。
俺は今、うな重を食べていた。
やはり、ここのうな重は最高である。あとで源蔵さんにお礼を言わなければ。
ウナは俺の近くを行ったり来たりしていた。
あれ?ウナって俺の女性恐怖症克服に協力するって言ってなかったっけ?
でも、今はそれどころじゃなさそうだ。仕方ないな、ここは一つ大人として、若人の相談に乗ろうじゃないか。
俺は周りをちょろちょろしているウナに声をかけた。
「どしたん?話、聞こか?」
以前、テマリがアドバイスしてくれたチャラ男のテンプレセリフである。
だが迷わない。
なぜなら、3万円が欲しいから。
俺のその言葉を聞いたウナは、顔を輝かせ、俺の前の席へと座ったのだった。
※※※
ズズズ……。
絶品のうな重を食べ終え、俺はお茶をすする。
はあー、癒やされる。
今日のウナは、前に見たときより髪も整え、薄く化粧もしている。
それでも快活で健康的なウナの魅力は薄れていない。本当にこの子、レベル1なの?
何もしゃべらずもじもじとしているウナに声をかける。
「それで?ウナ、どうしちゃったの?俺でよければ話聞くよ?今、無一文だから、お金は貸せないけど。」
どうやら俺の女性恐怖症はずいぶん治ってきたようだ。触れられない限りは普通に女性と話せるようになってきた。
きっと、これも彩葉や雨宮のおかげだろう。
……もしかして、身体補修ってメンタルも補修してくれてるのかも。
そんなことを考えていると、ウナが恥ずかしそうに話を始めた。
「あ、有馬さん……私、一目惚れしちゃったみたい。」
やっぱりあの件か。
「友真か?」
「うん……。」
「そうか……。」
少しの間、沈黙がテーブルを支配する。
俺は口を開く。
「あいつはいいやつだ。レベル6なんていう高レベルのくせに、レベルゼロの俺にも、分け隔てなく接してくれる。」
「レベル6……。」
ウナの瞳に涙が滲んでくる。レベル差が大きすぎて、自分の恋が叶わないと思ったのかもしれない。
「ウナは……どうしたい?あいつがレベル6だとしても、アプローチしてみたいか?」
しばらく黙り込むウナ。
そして、小さくうなずいた。
「ダメって分かるまで……頑張ってみたい。こんな気持ち、初めてだから……。」
「そうか……ウナは強いな。」
俺だったら、たとえ誰かを好きになったとしても、レベル差があったりしたら、アプローチできる気がしない。
恋する乙女は強いってことなのだろうか。
「ウナ。どうする?俺ができることは、友真の会話にたまにウナを交ぜることぐらいだと思う。」
俺の申し出に、ウナは身を乗り出してくる。
「ほ、本当!?有馬さん、それ本当!?」
「それぐらいはお安い御用だ。でもだ、その先は自分で何とかしてもらう必要がある。」
あと、それと絶対に伝えておかないと、いけないことがある。
「ただ、勘違いしないでくれ。俺はあいつと親友だからな。そしてこれからも親友でいたいと思ってる。あいつの気持ちを大切にしたい。友真を困らせるようなことはしないと誓ってくれるか?」
「誓う!絶対に誓うから!有馬さん、最高!!キャーーーーーー!」
そう言って、ウナは、感極まったのか、以前と同じように俺に抱きついてきた。
この女性恐怖症の俺にである。そして俺は前と同じように、野太い声で悲鳴を上げてしまうのだった。
「き、キャーーーーーー!」
※※※
十分後。俺はウナに説教をしていた。
「ウナさん、好きな人がいるのに、他の男の人に抱きついてはいけません!」
おっさんのウザい説教である。
だが、こればかりは伝えておかなければいけない。
「考えてみてくれ。さっきウナが俺に抱きついていたのを、友真が見てたらどう思うよ?たぶん、ウナのこと恋愛対象から外れるぞ?」
「え……?そうなの?」
え……?違うの?俺が潔癖なだけ?いや、でも俺は、俺の立場からでしか話せない。
「少なくとも俺ならそう。いろんな男に抱きついちゃう子は、恋愛相手として怖い。だって、好きな人が他の異性に抱きついてるの見たら、俺、嫌だし。」
「た、確かに!確かにそうだよ、有馬さん!私も、桐生さんが他の人と抱き合ってたら嫌だ!」
「だろ?だから気をつけなきゃダメだよ?」
「うん!分かったよ、有馬さん!」
ああ……なんて素直でいい子なんだ。ウナと友真がうまくいけば、この笑顔が曇るのを見ずに済むんだけど。
でも、友真はモテるからな。
ウナには頑張って欲しいけれども、前途多難だろうなあ……。
すっきりとした表情のウナが仕事へと戻っていく。
そんな後ろ姿を見て帰ろうと席を立った時だった。
ジャジャン!
頭の中にミッション発生の音が流れた。
ま、まさか……このタイミングは……。
『誠二郎、メインミッションが発生してしまいました。先ほどのデイリーは達成しましたが……』
や、やっぱりか。
網膜に投影され、視界に現れるメッセージ。
――『メインミッション:田所ウナと桐生友真に連絡先を交換させよ。』
――『メインミッションが完了しない限り、次のデイリーミッションは発生しません。』
つまり、明日の3万円がなくなるのだ。
俺は決意の視線をテマリに向ける。
そこには、テマリが『無一文』と書かれたTシャツを着て、ぷかぷかと浮きながら笑顔を浮かべていた。
『誠二郎、やりますか?』
やる。やるしかない。
今日のさらなる6万円のために。そして明日の3万円のために。
なぜなら、そう……。
俺は今、無一文なのだから。
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