虹色とグイグイ来る彩葉
翌朝。
テマリが言っていた通り、俺の体に痛みは全く残っていなかった。
ベッドから降り、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
問題ない。絶好調だ。体はさらに軽くなっている気がする。
もう運動能力自体は、全盛期を超えたかもしれない。身体補修って、18歳くらいのあの頃以上に身体能力は上がったりするのかな?
それにしても……テマリシステムでは容姿補正や年齢補正は、あったりしないのだろうか?最近、若々しい高レベル者ばかり見ている。俺はうらやましい。
……まあ、今のままでいいか。容姿が変わって周りの人の態度が変わったりしたら、それはそれで嫌だ。女性恐怖症が治っても、人間不信になりそうだ。
※※※
俺を担当してくれていた医師が言う。
「問題ありませんね。有馬さん、退院しても大丈夫です。」
「お世話になりました。」
医療費、入院費は、久遠寺さんが言っていた通り久遠寺家が払ってくれたとのことだった。
「……うーん!」
病院を出て、背伸びする。
さて、今日からまたデイリーミッションとニンペの日々だ。そうだ、帰ったらゲーミングマシンとディスプレイを注文しないとな。
そう思い、帰宅しようとしたその時だった。
「……有馬さま。ご退院おめでとうございます。」
く、久遠寺さん?
病院を出た所には、久遠寺さんが立っていた。
「あ、ありがとう?」
彼女は相も変わらず凛々しく、そして美しかった。
太陽の光に艶のある黒髪が反射し、きらめく。聖藍の制服から伸びる手足が、俺には眩しすぎた。
どうしてここに?
「……まだ本調子ではないでしょうし、ご自宅まで送らせてください。」
どうやら、俺の帰宅を心配してくれているようだ。義理堅い子だ。
「あなた!お礼くらい言いなさい。彩葉さまが、わざわざ低レベルのあなたを送ってくださるというのですよ!」
どうやら、あの取り巻き三人組も一緒のようだ。
はあ、面倒くさい。
「……一ノ瀬さん、やめてください。彼は私の命の恩人です。彼への失礼は許しません。」
珍しく、眉をつり上げている久遠寺さん。
「で、ですが、こんな低レベル!」
「……八神さん、レベルなど、死んでしまえば関係ありません。有馬さまは私の命を救ってくれました。」
久遠寺さんがそう言っている間にも、もう一人の取り巻きは黙って俺を睨みつけている。
なんだこの茶番は。俺は早く帰ってゲーミングマシンを買いたいんだが。
「あの、もういいですよ。久遠寺さん、俺をかばってくれてありがとうございます。こういうのには慣れているので、気になさらないでください。」
「……有馬さま、すみません。彼女たちを連れて行かないと、退院のお迎えが許されなかったのです。」
申し訳なさそうな顔をする久遠寺さん。
やめてくれ。これ以上、俺の心をかき回さないでくれ。
その時だった。
テマリがふわふわと、俺を睨みつけている取り巻きの子の前に移動していった。
テマリは、こちらを振り向きニヤリと笑うと、俺に見せつけるようにおもむろに指を二本立てた。そして……。
その指を取り巻きの一人の鼻の穴に突き立てた。
「ブ、ブホォォォ!」
その滑稽な様子に、こらえきれず吹き出す。
「な、何ですの……?」
自分を見て笑ったのに気づいたのだろう。うろたえた顔をする。
決めた。調子に乗ってる取り巻きを、取り巻き一号と名付けよう。
そして、栗色ロングの子を取り巻き二号。
ショートカットの子を取り巻き三号だ。
テマリはぷかぷかと浮かんで、二号と三号にも鼻に指を突き刺していく。
「ブホォォォ!ブホォォォ!」
やめろ、やめてくれ。それは乙女がされていい所業ではない。
彼女たちに背中を向け、笑いを堪えられずプルプルしていると、久遠寺さんが心配そうに声をかけてくる。
「……有馬さま?大丈夫ですか?私の知人が申し訳ありません。」
「い、いえ。」
ダメだ、笑いを抑えられない。
笑いをこらえる俺を見て、久遠寺さんは何か勘違いしたのかもしれない。
キッと、三人組を睨みつける。
「……皆さんはもうお帰りください。有馬さまのお体に障ります。」
その強い口調に、一号が声を張り上げる。
「で、ですが!」
「……私は帰りなさいと言ったのです。また屋敷の壁がなくなりますよ?」
壁がなくなる?どういうこと?
「わ、わかりました……彩葉さま、お早いお帰りを。」
一号はそう言うと、三人を引き連れて背を向けて歩き始めた。最後に俺のことを強く睨みつけて。
『誠二郎!見てください!いい写真が撮れましたよ!』
視界に表示されたのは、テマリに鼻に指を突っ込まれた彼女たちの集合写真だった。
「ブ、ブ、ブホホホホォォォ!」
テマリは、他の人には見えないし、その言葉も聞こえない。映像なので、鼻に指を突っ込まれた感触ももちろんない。だけど……こうやって画像を作ることはできるのだ。
三人組を哀れに感じながらも、その偉そうな彼女たちの様子と鼻に指を突っ込まれた情けない映像のギャップに、俺は笑いを抑えられなかった。
「…………有馬さま、大丈夫です。あの子たちには私がきつく言っておきますので。」
違う、違うんだよ。
「だ、大丈夫だから。彼女たちも、その……環境がアレなだけかもしれないしさ、あまり責めないでやってよ。」
鼻に指を突っ込まれた上、久遠寺さんにも怒られたら、さすがに三人組が可哀想だ。
「…………有馬さま、お気遣い感謝いたします。では、家まで送らせていただきます。」
彼女はそう言うと、タクシーを止め、アパートの前まで送ってくれたのだった。
タクシーとか、久々に乗ったな……。
※※※
アパートの前に着いた後も、彼女は頑なだった。
どうしても部屋の前まで送ると言って聞かないのだ。階段から転げ落ちて、また入院されたら二度手間になるとでも思っているのかもしれない。
「…………お部屋の前まで送ります。」
何を言っても引く様子がないので、俺は仕方なくその厚意に甘える。
肩を貸すと言われたが、それは拒否した。忘れてはいけない。俺は女性恐怖症なのだ。悲鳴を上げたりしたら、彼女が傷ついてしまう。
二人して青葉荘の古い金属の階段をのぼる。カンカンと安っぽい金属の音が響く。すぐに、自分の部屋の前に到着した。
「ここが俺の部屋だから。久遠寺さん、わざわざありがとうね。」
「…………こちらこそ、何もお返しできず。」
胸元で重ねた両手に、ぎゅっと力がこもる。
何かを口にしようとするが、言葉が出てこないようだ。
「久遠寺さん?どうしたの?」
俺の声に、彼女は一度だけ深く息を吸う。
そして、俺から視線をそらしたまま、切り出す。
「…………有馬さま、私のことは彩葉とお呼びください。」
……え?
思ってもいなかった申し出だ。本当にいいの?呼び捨てだなんて……相手はレベル7だぞ?
「別に構わないけど……嫌じゃないの?」
「…………嫌じゃありません。私があなたにそう呼ばれたいと思ったのです。」
そう言うと、彩葉は顔を真っ赤にする。
なるほど……この子は俺を父親かなにかと重ねているのかもしれない。ひょっとして家庭事情がよくないのかもな。俺と同じってことか。
「分かったよ、彩葉。これからは、そう呼ぶね。」
「……感謝します。」
消え入りな声で、そう言う彩葉。可愛すぎる。待て、勘違いするな、勘違いするな。彩葉は高レベル、俺はレベルゼロだ。
いつもの無表情に戻ろうとしているようだが、彼女の口元は緩んだままだ。俺の鼓動が波打つ。
落ち着け、落ち着くんだ、俺。
レベル7の子とどうにかなるわけがない。
年上に甘えたい年頃なのだろう。
気分を落ち着けようと、彼女から視線をそらし、周囲を見渡す。
雨宮の部屋のドアが細く開いていた。
こちらを見てメガネを光らせながら、スマホへの高速入力中だ。
「あ、コラ、雨宮!何やってるんだ!」
「いやー!いいね!いいね!キミたちは本当に最高だよ!さあ、続きを進めたまえ!」
彩葉がゆでだこのようになる。
「……し、失礼します。有馬さま、お体にお気をつけて。」
そう言うと、彼女は二階から飛び降り、すごい速度でこの場から去っていった。
さ、さすがレベル7。彼女には階段など必要ないのだ。
さて……。俺は彩葉が去っていくのを残念そうに見つめる出歯亀へ声をかける。
「雨宮、覗きは取材っていうのかな?」
「これは、秘密取材だよ。絶対に外部には漏らさないから、安心してくれたまえ!あああ……湧いてきた、湧いてきたぞ!では、有馬、またな!」
バタンと扉を閉め、目の前から消える雨宮。
なんというやりたい放題。マイペースもここまでいくと、怒る気にもなれない。
そんなことを思っていた俺に追撃をかけてくるやつがいた。
ぷかぷかと浮いているテマリだ。
『誠二郎!モテモテですね!やはり彩葉さんと子作りをされては!?私、見てみたいです!彩葉さんと誠二郎の子ども!』
「だから、そういうこと言うなよ。」
果てしなくマイペースなヤツが、ここにも一人いた。
テマリよ。マブダチだからって、何言っても許されるわけじゃないからな。
デリカシー。
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