虹色と20秒の死闘
時は少しだけ遡る。
久遠寺さんを助けるため、青葉中央公園への道を駆け抜けていた時のことだった。
頭上より、黒巫女装束のテマリの切羽詰まった声が聞こえてきた。
『まずいです。誠二郎、このままでは間に合いません。久遠寺さんが、お亡くなりになってしまいます。』
「な、なんだって!なんとか、ならないのか!?」
あんな少女が未来を断たれるなんて我慢できない。
彼女はまだ20年も生きていない。これからも人生を楽しむべきなのだ。
『仕方ありません。ここで彼女を失うわけにはいきません。誠二郎、テマリシステムの身体強化を使います。よろしいですか?あとで苦しむことになると思いますけど。』
「構わない!やってくれ!」
ここで久遠寺さんを見殺しにしてしまったら、俺は絶対に一生後悔する。
『分かりました。誠二郎の体が耐えられないため、時間制限は3分です。』
さ、3分だけ?
『いきます。』
――――『QF注入』
テマリから力がこもった言葉が放たれた。
その瞬間。
俺の体に強烈な痛みが走った。
「ぐううううっ!」
『誠二郎。テマリシステムの高度身体運用回路に、強制的にQFを流し込みました。苦痛はあるでしょうが、もう久遠寺さんには時間がありません。我慢してください。大丈夫です!私のマブダチの誠二郎ならやれます!私は誠二郎を信じてますよ!』
そうだ、今は苦しんでいる場合じゃない。少女の命がかかっている。一刻を争ってるんだ。
「て、テマリ……久遠寺さんの場所まで、最短経路を表示してくれ。」
『承知いたしました。今の身体能力を考慮の上、線を引き直します。』
視界表示の経路情報が変わり、公園までの経路がほぼ直線となる。
なるほど……障害物を飛び越えていけということか。
俺は足に力を入れ、走り出す。信じられないような加速だ。目の前の塀を飛び越え、屋根の上を走り、藪の中を突っ切り、木から木へと飛び移る。
公園に着くと、入り口にある管理センターの屋根の上へ、足に力を入れて飛び乗る。そして視界表示に現れる線の方向へ、またジャンプする。
10m……、9m……、8m……。
久遠寺さんまでの距離がどんどん短くなる。このあたりだ。
「どこだ?久遠寺さんはどこにいる!?」
視界表示に映るテマリが引いたラインは完璧だった。
指示通りにジャンプした方向に……膝をつき、左腕をだらんと垂らし、右肩が血まみれになった久遠寺さんがいる。
そして今まさに――黒い異形が久遠寺さんに襲いかかろうとしていた。
天使の羽根を背中につけた久遠寺さんに。
……天使の羽根?なんで?
黒い害獣に向かって急降下しながらそんなことを思ったが、今はそれどころではない。
害獣と久遠寺さんとの距離は、あと五メートルほどしかない。
よし、このままあの黒いやつに突っ込むぞ。
間に合え、間に合え、間に合ええええぇ……。
管理センターの上からのジャンプにより得た慣性と重力により、俺は今、とんでもない速度になっている。
そしてその速度を保ったまま……久遠寺さんに襲いかかろうとする害獣に肩からぶつかっていった。
ドンッ……!
俺がぶつかった害獣は、久遠寺さんの前から吹っ飛んでいく。
衝突の衝撃に脳が揺れるが、強化の副作用による激痛が、俺の意識をつなぎ止めてくれていた。
ま、間に合った……。
突然空から現れた俺に警戒したのか、害獣どもは後ろへと飛び跳ねる。
害獣は黒い繊維を束ねたようなもので構成され、犬の形をしていた。大きさは……1.5mほどか。これがあの有名な犬型害獣か……。
久遠寺さんは、ぼーっとした顔でこちらを見上げている。
あれ?今さら気づいたんだが、なんか俺、光ってね?
両手を開いてみると、虹色に光っている。な、なんでだ?
「なんだこれ!めちゃくちゃ目立つじゃないか!」
『私の持つQFを直接流し込みましたからね。虹色に光って……まさにゲーミング誠二郎ですね!』
ゲーミング誠二郎とか、うまいこといいやがって。
そうじゃない。落ち着け、俺。今は人命救助だ。久遠寺さんは大丈夫なのか?
俺は慌てて振り向き、彼女の前に片膝をつく。
左腕がだらんと垂れ下がり、右肩からも出血がある。
このまま出血が続くと、まずいかもしれない。
「…………きれい。」
こっちを見て、久遠寺さんがつぶやく。極限まで追い詰められ、幻覚でも見ているのかもしれない。かわいそうに……。
できるだけ優しい笑みを向け、彼女を安心させるように語りかけた。
「久遠寺さん、よく頑張ったな?あとは俺に任せてくれ、なんとかするから。」
「有馬さま………。」
そう言って、久遠寺さんが手をこちらへとむけてくる。
だがその手は急に力を失い、パタンと下に落ちる。久遠寺さんは、糸が切れたように地面に転がった。
俺は慌ててその体を抱きかかえる。
こんな少女をここまで追い詰めやがって……。
害獣とやらに怒りを覚える。
俺は彼女を横抱きにして抱え上げる。そして害獣の方に体を向けた。五体の害獣は、こちらを警戒するように静かに佇んでいた。
『誠二郎。今の誠二郎には、害獣を排除する方法はありません。害獣の攻撃を全て回避してください。時間稼ぎに注力してください。』
「おう!」
『すでに、害獣対策局には連絡済みです。あと1分ほどで到着します。……それと、言いづらいのですが……誠二郎の強化の効果は、あと30秒で切れます。』
「なるほど。残り30秒は強化なしで回避しろということだな。」
いつもの身体能力で30秒……逃げ続けられるだろうか。
『はい、その通りです。私も力のかぎりサポートいたします。ニンペで培った、私と誠二郎のバディの力、見せつけてやりましょう!』
「信頼してるぜ、マブダチ!」
そうだ、ニンペと同じようにやればいい。何も変わらない。動かすのが指先から全身になった。それだけのことだ。
それだけのことなのだ。
※※※
久遠寺さんを抱え、害獣と対峙する。久遠寺さんは軽くて、持ち運びやすい。助かる。
『強化消失まであと20秒。』
相手は五体。一体は先ほど俺が体当たりをした個体だが……ダメージを負った様子はない。テマリの言う通り、俺の攻撃でこいつらを倒すのは無理そうだ。
『強化消失まであと10秒……。5……4……3……2……1……強化が消失しました。』
俺がまとった虹色の光がなくなったからだろう。害獣は小さく身じろぎをした。
そして、こちらをじっくりと観察するように、その動きを止める。
久遠寺さんを抱える手がぷるぷると震えてるのを見られたのかもしれない。
キィーーーーン…………ッ!
害獣が、甲高い音を発する。その直後、害獣は一気に襲いかかってきた。
テマリのサポートが入る。
『誠二郎、対策局の到着まであと20秒!避けまくりますよ!右45度、地面すれすれ!続いて、左20度、仰角30度!』
「……!」
彼女の声と同時に視界にも、その攻撃の方向とタイミングが表示される。
大きく足を動かし、左後方へと飛び跳ねる。地面を這うように襲いかかってきた害獣と、上から飛びかかってきた害獣が衝突する。
『誠二郎、ナイスです!次、左30、右10、仰角80、右20、0.5秒間隔!順番に来ます!』
「くそ、ダンスでもさせる気か!?」
すぐに後ろに飛び、左からの攻撃を切り抜ける。次に前に踏み込んで、上からの攻撃を避けた。
いける……と思った直後だった。
踏み込んだ俺の膝が、久遠寺さんを抱いた重みに耐えられず、がくりと折れ曲がる。
「ぐうう!」
ダメだ、もう思うように動けない。
身体強化の反動だろうか。体がいつもより重い。
かといって、久遠寺さんを地面に下ろすわけにもいかない。他の四体の害獣も、既に姿勢を立て直している。害獣は俺を殺す前に、彼女にトドメを刺すことから始めるかもしれない。
……八方塞がりだ。
右方向から、こちらに向かってくる犬型害獣。
なんなんだこいつらは。明らかにこちらを殺傷しに来ているのに、殺意というものが感じられない。
俺は横抱きにした久遠寺さんに害獣の攻撃が当たらないよう、彼女を抱え込み、害獣へと背を向ける。
こちらに駆けてくる害獣の気配を感じる。視界表示はアラートで真っ赤だ。
逃げなければ……だけどもう体が動かない。
俺の真後ろで、カチッと害獣が強く地を蹴る音がした。
その時だった。
――『顕板』
テマリの声が響いた。
後ろでガンという音がする。
振り向くと、飛びかかってきた害獣が地面に転がっていた。勢いをつけて、俺に噛みつこうとした瞬間、宙に浮く板のようなものにぶつかったようだ。
宙に浮く板は瞬時に消える。テマリが……やったのか?
『ふう……お疲れ様でした。誠二郎、ギリギリでしたね。ミッションコンプリートです。12万円ゲットです!』
テマリがそう言うのと同時に、何かが炸裂する音がした。
ダンッ!ダンッ!ダンッ!
そんな炸裂音と同時に、飛んでくる黒い物体。害獣たちは、その飛来物に絡み取られ、地面に転がる。
な、なんだ?
見ると、害獣は網のようなものに絡み取られ、身動きがとれなくなっていた。激しくもがいているが、もがけばもがくほど、網はその体に絡みついていく。
公園の中に、男の野太い大声がひびきわたる。
「害獣五体、行動阻害に成功!とどめを刺せ!」
男の鋭い命令が飛ぶ。防護服を着た人たちが現れ、一体ずつ、短刀らしきものを害獣の首根っこの辺りに刺していった。
「害獣五体、無力化成功!生存者を救助しろ!急げ!」
俺と久遠寺さんの元に駆け寄ってくる対策局の人たち。
た、助かったのか?
気が抜けたのだろう。体から力が抜けていく。
直後、信じられないぐらいの痛みが体の芯の髄を駆け抜けた。きょ、強化の代償か?
精神力を振り絞り、なんとか久遠寺さんを優しく地面に横たえる。体中を駆け巡る痛みに耐えられず、倒れ込み悶え苦しむ。その痛みから逃げるように、意識が遠のいていく。
…………。
黒巫女装束のテマリが、夜空を背に、ゆっくりと俺のもとに降りてくるのが見える。
慈愛の笑みを浮かべたその姿はとても神秘的で……とてもキレイだった。
「て、テマリ……」
最後に残った力で、声をしぼり出し、彼女に手を伸ばす。
テマリは伸ばした手を大切そうに両手で包んでくれた。もちろん触れないので、感覚はない。だが、俺にはそれだけで十分だった。
『誠二郎……本当にお疲れ様でした。私は、誠二郎を誇りに思います。今はゆっくりと休んでくださいね。』
そう言うと、テマリは俺のおでこに感覚のない口づけをする。
おでこへのキス……マブダチならアリだよな……。
自分にそんな言い訳をしつつ、俺の意識は完全に落ちたのだった。
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