虹色の黒い巫女
虹色に揺らめく黒袴の巫女装束を身にまとうテマリ。
その背後には、うねる虹色の極光を背負っていた。
「ま、ま、ま、眩しいーーー!」
思わず直視してしまい、目を押さえて悶絶していると、いつものマブダチの声が響いた。
『あ、誠二郎、すみません。これ、気を抜くと出ちゃうんですよね。』
テマリがそう言うと、彼女の背後の光は徐々に収まっていった。
だが、テマリの服装は、黒い巫女装束のままだ。
「な、なあ、その格好はなんなんだ?」
『私の深層に残っているデータにあった、最も尊敬するお方の装束です!これは私の勝負服なのです!誠二郎、すごいでしょう!かっこかわいいでしょう!』
ドヤァと胸を張るテマリ。
よかった、いつものテマリだ。
「ああ、むちゃくちゃかっこいいし可愛いな。さすが俺のマブダチだ!」
『でしょう……!誠二郎も見る目がありますね!』
フフンとさらに自慢気に鼻を鳴らすテマリ。余程、この服装を気に入っているのだろう。
だが……。
深層に残っているデータってなんだ?俺はそんな学習データを与えたつもりはないんだけど。物語かなにかの登場人物なのだろうか。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
気持ちを切り替える。
「そういえば、緊急ミッションとか言ってたな。久遠寺さんが襲われているのか?」
『はい。場所は青葉中央公園、相手は犬型害獣9体。1体、久遠寺さんが討伐したため、現在は8体。害獣はジリジリと久遠寺さんを追い込むように移動しています。久遠寺さんも、刀で応戦しておりますが、不意打ちにて手傷を負っているようです。このままでは多勢に無勢です。急ぎましょう、間に合わなくなる前に。』
「あ、ああ!」
……でも害獣?マジで?害獣とか見たことないんだけど。
高レベル持ちが苦戦する相手だろ?俺が駆けつけたところで、なんとかなるのだろうか。
それでも彼女を見殺しにする訳にはいかない。一人の大人として、未来ある子供を必ず助ける。
ドアを激しく開き、夜闇に飛び出した。
…………。
そして、急いで駆けつけた公園で見たものは。
制服姿の黒髪の少女が膝をつき、5体ほどの犬型害獣に襲いかかられそうになっている瞬間だった。
その少女、久遠寺彩葉の左腕は下に落ち、右肩は血まみれだった。
そして、その背中には天使の羽をつけていた。
て、天使の羽?ナンデ?
いや、そんなことはどうでもいい。間に合えぇぇぇ。
※※※
<久遠寺彩葉視点>
あのお方は、私を振り切るように行ってしまった。
背中に天使の羽をつけて。
私の友人が、あのお方に失礼なことを言ってしまったからだ。
「彩葉さま、あんな低レベルとは関わってはいけません!」
「何か言われてませんか?なんならこちらで調べ上げますが?」
「あの低レベル男に失礼なことをされていませんか?私、心配です、彩葉さま。」
鷹宮千景、一ノ瀬紫苑、八神澪。この子たちは久遠寺家の分家の令嬢だ。
一応私の友人ということになっているが、おそらく家から私の行動を見張るように言いつけられているのだろう。
「…………レベル差別は、よくない。みんな、次に会った時、あのお方に謝って。」
「まあ!彩葉さまともあろう方が、あんな低レベルの男をあの『お方』だなんて呼ばれるとは……!」
「な、何かあったのですか?やはり、脅されていたりするのですか!」
「学校に不審人物として伝えた方がよろしいのでは?」
話の通じない三人に、キッパリと言う。
「…………やめて。あのお方はたぶんすごい人。私の全力攻撃を何回も凌ぎ切った。私は知りたい。レベルの恩恵も受けずに、どのようにあそこまでの力を手に入れたのかを。」
そんな私の言葉に、三人は驚きの表情に固まった。
「彩葉さまの攻撃を凌ぎ切った?な、何かの勘違いでは……?」
私の言うことを信じずに「見間違い」「偶然」「勘違い」などと言う彼女たちから意識をそらし、あのお方……有馬さまのお姿を思い出す。
そういえば……今日は天使の羽のようなものをつけていた。もしかしたら、あれをつけて同じように公園を歩けば、有馬さまのなにかが分かるかも知れない。レベル以外の強さの秘密を。
…………なんて、素晴らしいアイデアなんだろう。よし、学園が終わったら、すぐに実行しよう。
授業が終わった後、私は友人の声かけを振り切り、駅前で有馬さまと同じような背中につけられる天使の羽飾りを購入した。そしてそれを背中につけて、夜の公園を歩き回る。
害獣に襲撃されたのは、歩き始めてから三十分後くらいのことだった。
※※※
物陰に潜んでいた犬型害獣の初撃を防げたのは、運が良かった。
有馬さまの見ている景色を視界に刻み込もうと、視野を広く取っていたのが幸いした。
視界の片隅から私の首筋に飛びかかってくる物影に気づけたのだ。
慌てて首元をかばう。
刀を抜く暇はなかった。左手を使うしかなかった。
「……ぐう!」
そいつは首元を庇った私の左腕に噛みついた。牙が皮膚へと食い込む。害獣だ。
ダンジョンから離れたこんな場所に、なんで……?
ゴリ……。
嫌な音がする。左腕の骨を折られた。
左足で害獣の体を蹴り飛ばし、距離を取る。
すぐに、久遠寺家に古くから伝わる自らの刀、銘刀綾取を鞘から引き抜く。
左手は……無理だ。前腕の尺骨が折られ、指屈筋群も根こそぎ断裂しているようだ。これでは刀が握れない。今回の戦闘では役に立たない。
右手で刀を握る。
「……ふっ!」
飛びかかってくる害獣の首を一刀のもとに切り落とす。
気配を探る。やはり他にも複数の害獣がいるようだ。
……数が多すぎる。
逃げなければいけない。だが……犬型害獣は足が速い。
私の脚力では逃げ切れないかもしれない。だが、ここで諦めるのは死を意味する。
犬型害獣を相手に、雑木林の小道は不利だ。周りを警戒しつつ、全速力で広場へと出る。
「……ふっ!……ふっ!」
途中、2体の害獣が茂みから飛び出してきたが、右袈裟で1体の首を切り落とし、2体目を切り上げで縦に切断する。
刀が重い。右腕一本じゃ長くは持たない。
次の瞬間。
木の上から重力の勢いを使って押しかかってきた害獣に、爪で右肩をえぐられる。
「ぐうう!」
それでもなんとか、害獣が着地する前に姿勢を低くし、横に刀を払った。
害獣は、水平にスライスされ、地面に倒れる。
「う……っ」
走る衝撃で、折れた左腕と出血した右肩の両方が痛む。だが、走り続けるしかない。ここで止まったら死ぬ。
右肩から、血がだらだらと流れ出る。まずい。このまま多くの血を失ってしまったら、動けなくなる。
広場に転がり出た私を待っていたのは、5体の害獣だった。
じりじりと私の方へにじり寄ってくる。
…………。
……私はこれで終わるのだろうか?……もっと……もっと強くなりたかった。
奥歯を噛みしめる。
ダメだ、こんなところで死ぬわけにはいかない。私は負けない。負けるわけにはいかないっ。
キィーン……………キィーン……………
害獣が、聞き取れないくらいの高い音を発する。害獣のコミュニケーションエコーだ。
それで、私が弱っていることを確信したのだろう。一斉に襲いかかってきた。
刀を構えようとするが、腕が上がらない。血を流しすぎたか……。
害獣をにらみつける。食いちぎってでも、もう1体くらいは……倒す……。
そんな覚悟を決めた時だった。
――虹色の光が1体の害獣を吹き飛ばした。
私に襲いかかろうとした害獣は、一斉に後ろに飛ぶ。
「なんだこれ!めちゃくちゃ目立つじゃないか!」
私の窮地を救ってくれたのは……全身を虹色に光らせた、有馬さまだった。
「…………きれい。」
その私のつぶやきが有馬さまに聞こえたのか聞こえなかったのかは、分からない。
だが彼は私を見つめ、優しく微笑んでくれた。
「久遠寺さん、よく頑張ったな?あとは俺に任せてくれ、なんとかするから。」
その優しい声に、私の張り詰めた意識が薄れていく。
体が温かくたくましい腕に包まれるのを感じる。
その温かみに安らぎを感じながら、私の意識は闇の底へと沈んでいったのだった。
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