虹色と天使になった誠二郎
百人の女性に挨拶をするという、とんでもないデイリーミッションを、隣人の雨宮の力を借り、なんとかこなした、その翌朝。
テマリは頬を膨らませてお怒りのようだった。
『まったく、誠二郎はデレデレと鼻の下を伸ばして!』
「しょ、しょうがないだろ?雨宮、年も近いし、俺に普通に接してくれるしさ。俺の話をたくさん聞いてくれるから、つい嬉しくなっちゃって。」
『もう、女性恐怖症は完治ですか。よかったですね!』
テマリのほっぺたがさらに膨らんでいく。
「そ、それはまだダメみたいだ。昨日、帰る時、実験ということで、ギュッて手を掴まれたんだけどさ、鳥肌立ったし。」
『そうでした。また、乙女のような悲鳴を上げてましたもんね。野太い声で。』
「や、やめてくれよ……。」
『雨宮さん、面白い方ですね。まさか、壁ドンの相手が、あんな方だったとは。女性恐怖症の取材もできるって、喜んでらっしゃいましたよ。』
……治す協力をして欲しいんだけどな。
『ですが!私が言いたいのはそこではありません!誠二郎のマブダチである私を、放置しないでくださいと言っているのです!』
「それはすまん……。」
挨拶ミッションの後も、雨宮とは、協力関係についていろいろ話し合いをしていた。昨夜はテマリとのマブダチ会話が、あまりできなかったような気がする。
テマリは可愛らしく頬を膨らませながらも、ゆっくりと話す。
『確かに雨宮さんは素晴らしい方です。誠二郎と雨宮さんが子作りするのも、私は賛成です。』
「ぶ、ぶふぅっ!!」
こ、子作り?テマリは何を言ってるんだ。
あんな高レベルで綺麗な女性が、俺とそんなことするわけないだろう。
『ですが!たとえ子作りしたとしても!マブダチの私を放置してはいけません!誠二郎、分かりましたね!?』
『子作りは子作り、マブダチはマブダチです!相手ができたからって、マブダチを放置していい理由にはなりませんからね!そもそも、マブダチの方が上です!』
「は、はい……。」
…………。
その気持ち、よく分かる。友達が他の人とずっと話してて、こっちに目もくれなくなったら寂しいよな。
うっ。あの頃の痛みが、胸に走るっ。
とにかくだ。子作りうんぬんはともかくとして、テマリは俺のマブダチだ。
テマリを悲しい気持ちにさせないようにしないと。
俺はテマリと二人で楽しく過ごすために、テマリを作ったのだから。
なんか超進化しちゃって、最近はアレだけど。
※※※
「では、気を取り直しまして……本日のデイリーミッションいきましょう!」
ジャジャン!
そんな効果音が流れて、今日のデイリーミッションが表示される。
――『心臓に毛を生やせ。天使の羽を背中につけ、朝の青葉中央公園を三周せよ。』
…………。
な、なんだこりゃ?
また、恥辱系のミッション?
『天使の羽ですか。ちょうどいいですね。あの、去年押し付けられたやつがありますし。』
あれか……。
クウデリの忘年会で圧川部長に無理強いされてやった一発芸だ。内容とその結果は思い出したくもない。というか、思い出すのを脳が拒否している。
ぐううう、トラウマが……。俺、トラウマ多すぎだろ。
だが、あれをつけて、青葉中央公園を三周すれば、三万円が手に入るのだ。
今まで恥ずかしいことなんてたくさんあった。それが一つや二つ増えたところで、いったいなんだというんだ。ミッションさんは俺を甘く見すぎだ。
よし。それなら、とっとと済ませてしまおう。
その十分後。青葉中央公園。
天使の羽を背中につけて、人の好奇と侮蔑の視線にさらされつつ、心を無にして足を動かしていた時。
俺は声をかけられたのだった。
久遠寺彩葉に。
※※※
気づいたら、制服姿の久遠寺さんが俺の隣を歩いていた。
そんなイベントが発生するとは思ってもみなかった俺は、驚愕の視線を彼女に向けてしまう。
「…………おはようございます。」
「お、おはよう?」
なんだ。いったい何が起きてるんだ。
どうして彼女が、こんな姿の俺の隣を平然とした顔で歩いてるんだ。
混乱で何も言えないでいると、久遠寺さんが口を開く。
「…………精神鍛錬ですか?それがあなたの強さの秘密ですか?」
せ、精神鍛錬?
確かにミッションさんはこれを精神鍛錬として俺にやらせているのだろうが……。
でも俺は強くないぞ。
久遠寺さんは勘違いしている。
「…………私もその羽をつけて歩けば、あの未来予知みたいな動きができますか?」
そう言って、まっすぐな視線を向けてくる久遠寺さん。
な、なんて答えたらいいんだ?
デイリーミッションについては話せない。あれを話すということは、テマリについても話すということだ。
今のテマリのことは……できれば俺だけの秘密にしておきたい。政府とかクミヒモ神会に接収されたりしたら嫌だし。
仕方ない。
適当なことを言って、ごまかそう。
「いや、趣味だよ。これで子供が笑ってくれればと思って。」
確かに子供は喜ぶかもしれない。
でも、親御さんには通報されそうだ。
「…………私は久遠寺彩葉と申します。よろしければ、お名前をお聞かせ願えませんでしょうか?」
久遠寺さんに、自己紹介されてしまった。
これは仕方ない。ここまで言われたら、こちらも自己紹介するしかないだろう。
「有馬誠二郎だ。レベルゼロだよ。」
俺の言葉に、久遠寺さんは目を見開く。
そして呟いた。
「…………やはりレベルでの強さではないのですね。どうやって、その強さを手に入れられたのですか?」
久遠寺さんが、そう口にしたその時だった。
「彩葉さま!」
後ろから声がかかる。嫌な予感がする。
「あなた!彩葉さまから離れなさい!」
「彩葉さま、この低レベルに何か脅されているんですか?」
罵声が後ろから浴びせかけられる。
振り返ると、三人の女の子が俺を見て柳眉を逆立てていた。
制服は久遠寺さんと同じ聖藍学園のものだ。この感じは、久遠寺さんの取り巻きか何かだろう。
はあ……面倒くさい。これだから知らない高レベルと関わりたくないんだよ。
「低レベルさん、彩葉さまに近づかないでください。彩葉さまは、あなたごときが話していい相手ではないんですよ。」
一人の子が、こちらを見下しつつ、諭すようなことを言ってくる。
低レベル呼びは、いつものことだ。なんせ俺よりレベルの低い人間は、この世界にはいないのだから。
だが、本当に高レベルの人間は、こういう言葉はかけてこない。彼らは彼らの世界があるから高レベルになれたのだろう。尊敬できる人も多い。レベルゼロにかまっている暇などないだけかもしれないが。
俺が本当に苦手にしているのは、こういう中途半端な取り巻きだ。高レベルの人間に寄生して、周りを攻撃してくる連中だ。人を叩いても、自分の立場が上がるわけでもなかろうに。
「はぁ……」とため息が漏れる。
「…………み、みんな、違うの。」
久遠寺さんが、かすかに動揺を表に出す。
いい頃合いだろう。
「では、これで失礼しますね。」
ギャーギャーわめく三人組と、少しオロオロとしている久遠寺さんを背に、俺は先へと足を踏み出す。
「あ…………。」
そんな寂しそうな久遠寺さんの声を聞かなかったことにし、俺はデイリーミッションへと戻ったのだった。
※※※
公園を一周してくると、久遠寺さんもあの嫌味な三人組もいなくなっていた。
学園での授業の時間なのだろう。
これで一安心だ。だが、もう、朝はなるべくここに来ない方がいいのかもしれない。
面倒事に巻き込まれるのはウンザリだ。
俺が無表情でそんなことを考えていると、ぷかぷかと浮いているテマリが、据わり気味の目で聖藍学園の方を見てつぶやく。
『ふむ……やはりクミヒモシステムは欠陥品ですね。こんな社会構造を生み出してしまうとは。一度リセットしたほうが、いいのかもしれません。』
怖いこと言うなよ。社会をリセットとか、完全にテロリストの言葉じゃん。
それにクミヒモ神会とかに聞かれたら、粛清されてしまいそうだ。
まあ、テマリの声は他の人には聞こえないから大丈夫だけど。
宙に浮かんでいるテマリが、俺にぐいっと身を寄せる。
『誠二郎!あんな頭カチカチ寄生虫女たちの言うことなんて気にしないでくださいね!今の誠二郎は「身体補修」を重ね、あの子たちよりも確実に強者なのですから!テマリシステムはクミヒモシステムなんかより、すごいですからね!』
相変わらずテマリは毒舌だ。だが、今はそういうところに助けられる。
「大丈夫、こういうのは慣れっこだしな。でも、テマリのおかげで元気になったよ。さすが俺のマブダチ、愛してるぜ!」
『誠二郎、私の方が愛してますけどね!』
テマリと話していると心が癒やされる。絶対に自分の味方でいてくれる存在がいる。それだけで、どれだけ心が救われることか。
俺は久しぶりに実感していた。
※※※
デイリーミッションはすぐに達成できた。
視界表示で銀行口座を確認する。3万円の入金が行われていた。
振込名義は相変わらずの「クミヒモ」名。テマリとクミヒモ様に、いったいどんな関係があるのだろうか。
聞きたいような、聞きたくないような。
聞いても教えてくれるか分からないし、知っても仕方ないような気がするので、当分このままでいいだろう。必要になってから聞けばいいのだ。
ミッション後は、すぐに自宅に戻り、テマリとニンペをプレイする。
俺のランクは1のままだった。ランク2はアイリスというプレイヤーらしい。アイリスは、半年ほどランク1に居座っていたようなので、今は悔しく思ってるに違いない。
ふっふっふ。うちのテマリはすごいのだ。
雨宮にニンペをプレイしてるところを見てもらって、彼女の取材に協力しようと思っていたが、朝のゴタゴタで、そんな気分はすっかり失せた。
朝、テマリから構ってくれと文句を言われたし、今日はマブダチのテマリとじっくりとニンペをプレイしよう。
「やるぞ、テマリ!今日も勝ちまくるぞ!」
『はい、誠二郎!』
※※※
それから飛ぶように、数時間が経った。
数日前よりテマリとの連携がよくなっている気がする。
軽い疲れを覚えたので、休憩を入れることにした。
畳の上に寝そべり、天井を見上げる。
ふと、朝のことを思い出す。
…………。
あの三人組はともかくとして、久遠寺さんには塩対応が過ぎたかもしれない。去り際の彼女の寂しそうな表情を思い出し、心が少し痛む。
久遠寺さんは低レベルの俺をバカにすることなく接してくれたし……次に会ったら、もう少しフレンドリーに接する努力をしてみよう。
そんなことを考えていた時だった。
ビーッ!ビーッ!ビーッ!ビーッ!
頭の中に警告音のようなものが鳴り響いた。
テマリが慌てたように声を発する。
『誠二郎!緊急ミッションです!12万円のチャンスですよ!』
「12万!」
そして、俺の視界に文字列が表示される。
――『青葉中央公園に害獣が複数発生。久遠寺彩葉を救出せよ。』
が、害獣?あの看板は本当だったのか?
ふわふわと宙を浮いていたテマリが、目を閉じ、何事かを考えるような素振りをみせる。
『いけませんね……久遠寺さんは複数の犬型害獣に襲撃されているようです。彼女はレベル7の強者ですが……多勢に無勢。このままでは負けてしまうでしょう。』
『誠二郎、どうされますか?相手は害獣です。かなりのリスクが伴います。ミッションを受けないという選択肢もありますよ?』
テマリが静かに俺に訊いてくる。
ミッションを受けない?そんな選択肢はない。
12万だぞ?今まで貯めてきたミッションの報酬に、さらに12万あれば新しいゲーミングマシンが買える。
それに……久遠寺さんは、俺みたいなおっさんから見れば、まだ子供みたいなものだ。死ぬには早すぎる。大人として……俺は彼女を助ける。たとえ昨日、彼女に殺されかけたとしてもだ。
『テマリ、緊急ミッション受けるぞ!久遠寺さんを助ける!』
『さすが誠二郎です!その言葉を待っていました!12万円をゲットしに行きましょう!』
――瞬間、部屋の中が虹色の極光に満たされた。
眩しい。何も見えない。
腕で目を光からかばい、大声でテマリに呼びかける。
「な、なんだ!?テマリどうした!?何があった!?」
テマリからは何の返答もない。まさか……なにかトラブルか?
何度もテマリに呼びかけるが、彼女の返答はなかった。
何が起きているのか見極めようと、光に耐え、必死に目を凝らした。
やがて、徐々に光が収まっていく。
そして、その中から現れたのは……いつものテマリではなかった。
腰まで伸びた白銀の髪に、手毬の髪飾り。
そして、虹色を揺らめかせた白い上衣に黒袴。テマリは黒い巫女装束を着ていた。
虹色の瞳の光はいつにもまして強くなり、テマリの動きに合わせ、ゆらりと虹色の線を引く。
テマリは極彩色の奔流を背後にまとい、背筋を伸ばし何もない空間に立っていた。
いつものTシャツ一枚のだらしない格好で宙をぷかぷか浮いているテマリとは違った。
今まで見たことがない、凛としたテマリだった。
俺はその神秘的な姿を直視できなかった。
なぜなら――――ただただ、彼女の背後の虹色の光が強すぎたから。
「ま、ま、ま、眩しいーーー!」
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