虹色とゲームで戦闘訓練
ふう、なんとかあの子から逃げられたようだな。
どうやら、俺を追いかけてくるようなことはなさそうだ。
まったく……ひどい目に遭った。
ほっと一息をついたとき、隣にぷかぷかと浮きながら静かにしていたテマリが口を開いた。
『さすが誠二郎ですね!見事な対応でした!あんな高レベルの相手の攻撃を次々に回避していくとは……!私、感動しました!』
確かに、体はよく動いた。
おそらく、身体補修のおかげだろう。
だけど……。
「あれもテマリのサポートがなければどうにもならなかった。マジで助かったよ、さすが俺のマブダチだな!」
『私と誠二郎のマブダチコンビは最強ですからね!』
満足そうな様子のテマリに、自然と頬の筋肉が緩む。
さてと……デイリーミッションだ。
この子猫を飼い主の元へと戻してやらなければ。
『では、飼い主さんまでの経路を視界表示します。……どうやら、すぐ近くですね。』
本当だ。ここは……田所うなぎ店の近くだな。
そういえば、ウナはどうなったんだろう?友真に何かアプローチしたのかな。
いや、二人が連絡先を交換した様子はなかった。ウナの恋愛は応援したいが……友真は高レベル持ちだからな。たぶん、モテモテだろう。
なかなか、競争率は高そうだ。
ううん?ちょっと待てよ?よくよく考えたら、俺自身に恋愛経験がないのに、人の恋愛について考えるなんて……おこがましくない?
こういうのなんて言うんだっけ?釈迦に説法?
そんな、とりとめのないことを考えながら、「ニャー」と鳴く子猫が入ったケージをぶら下げ、ゆっくりとテマリの示す方向へと向かったのだった。
※※※
子猫を引き渡すと、飼い主一家は大喜びだった。
特に、その一家の子供であろう女の子の喜びようは、見ているだけでこちらが幸せになってくるものだった。
「ありがとうございます!何かお礼を!」
そう繰り返す飼い主さんたちの好意を、俺は丁重に断る。
お礼は、デイリーミッションの報酬からだけで十分だ。これ以上もらったら、貰いすぎだ。人間、欲張ってはいけない。
「おじちゃん、バイバーイ!ありがとうー!」
ピョンピョンと飛び跳ねながらブンブンとこちらに手を振る女の子。そしてなんども頭を下げる親御さん。俺はそんな幸せ家族に軽く手を上げ、家路につく。
これで今日のデイリーミッションは終わりだ。
視界表示で銀行口座を確認したら、しっかりと3万円の入金が行われていた。
ありがとうって言われるのって、いいよな。
さらにお金も手に入るし、体も強くなる。
デイリーミッションは、いいことずくめである。
危険なミッションだったけど……達成できて本当によかった。
……ん?危険?迷い猫探しが危険なミッション?おかしくね?
そんなことに気づき、テマリに声をかけた。ふわふわと浮いている彼女の虹色の視線がこちらへと向く。
「な、なあ。デイリーミッションって今回みたいな危険なミッションもあったりするのか?」
『今回のミッションは、アクシデントで危険になっただけだと思いますが……可能性はありますね。』
「そ、そうか……」
テマリは指を三本立てる。
『ミッションには三つの種類があります。いつものデイリーミッション、そしてメインミッション。あと一つ、緊急ミッションというものが存在します。』
「き、緊急ミッション?」
そのミッションはまだ表示されたことないな……。
『はい。私にも詳しいことは伝えられていないのですが、その名前から鑑みるに、何かタイムリミットのあるミッションだと思われます。その中には、人命救助などがあるかもしれません。危険……戦闘が発生する可能性はあるでしょうね。』
また、こんな恐ろしい目に遭うというのか?ミッション、怖すぎだろ。
先ほどの突然の襲撃を思い出し、背筋がぞくっとする。
そんなミッションにビクついている俺を見て、テマリはニコリと笑う。
『でも、緊急ミッションの報酬はいいですよ?なんと十二万ですからね?』
「十二万だと!!」
目を見開き、テマリの虹色の瞳を真剣に見つめてしまう。
俺の視線を受け、テマリは頬に手を当て、くねくねとし始める。
『親愛なるマブダチの熱い視線……たまりませんね!でも、すごくないですか?二回の緊急ミッションで、誠二郎の以前の月給を超えるのですよ!』
確かに……確かに……そのとおりだ。テマリの言うとおりだ。
テマリの虹色の瞳を覗き込む。
「テマリ……俺たち、緊急ミッションに備えるべきだと思わないか?」
『ムフフフフ……私もちょうどそう思っていたところです。先程の戦闘、あれ、役に立ちましたね?』
テマリは嬉しそうだ。
「ああ……少しお休みしようかとか思ってたけど、それどころじゃなさそうだな。」
『私もそう思います。では早速、帰ってあのゲームに復帰しましょうか……』
二人で拳を握り、上空へと突き上げ、声を上げる。
『「Ninpexに!」』
※※※
俺の部屋である六畳一間。
俺は早速「ニンペ」を立ち上げていた。
もちろん、AIバディとしてテマリも一緒にプレイする。
テマリのサポートアナウンスが入る。
『右10、仰角30!長射程!ランク5!』
高ランクの長射程だ。キャラを射線に晒せば、おそらく一発で射抜かれる。
「テマリ、アシスト。相手の射線を着色してくれ。チャージ完了時のみ、射線を赤色に着色!」
『視界表示を誠二郎の要請どおりに変更しました!』
「よし!ずいぶん動きやすくなった!ランク5の長射程を落とす!」
俺は敵の射線が外れているタイミングで影に潜る。
これで相手は俺を見失ったはず。
そして、細い影を渡り、相手の長射程を後ろから刀で斬りつける。
その日、俺のキャラクター[Sage]は、またランク1となったのだった。
※※※
やっぱりだ。
ニンペをやっている時と、久遠寺さんの攻撃を避けていた時。
とても良く似た感じだった。
なんというか、脳の同じ部分を使っているというか。
俺がニンペみたいだって感じたから、久遠寺さんの攻撃も、冷静に避けられたのかも知れない。
てことは……。
「本当に、ニンペを続ければ、緊急ミッション対策になったりしそうだな……。」
『誠二郎、私もそう思います。ミッションのためにも、ニンペはこれからも続けていきましょう!私と誠二郎のマブダチコンビネーションをさらに高めるためにも!』
ニンペやるだけで、ミッション対策になるなんて、最高じゃないか。
……だけどなあ……実際のミッションでは全身を動かすわけだろ?
「……筋トレとかしなくていいのか?」
『そちらは、テマリシステムがなんとかします。誠二郎は、私が伝える情報からの状況判断を鍛えてください。ニンペでやっているように!』
テマリはフンスと鼻息を荒くしながら前のめりになって、俺の目を見つめる。
そうだ。俺が筋トレしたって、身体能力はどう足掻いても高レベル持ちには敵わない。
それは今までのレベルゼロとしての人生で、充分、身にしみてきたことじゃないか。
ならば……そっちはテマリに任せ、俺は自分にできることを鍛えていこう。ニンペでテマリとのコンビネーションを磨き、俺にインストールされているというテマリシステムに適合するのだ。
つまり、ニンペというゲームをやりまくるのだ。
……現実から逃げてるみたいな発言だが、これが俺の現実だ。
「わかった。俺はニンペを頑張るよ。すべては……緊急ミッションで得られる、十二万円のために!そして就職活動からの永遠の解放のために!」
強く拳を握り締める。
俺の決意を聞いて、テマリは嬉しそうに目を細める。
『さすが、誠二郎です!楽してお金儲けしたいということですね!私はいいと思いますよ!私は……私だけはそう思いますよ!』
楽してお金儲けしたいとか、そんな人聞きの悪い言い方やめてよ。
あと、他の人はそうは思わないって匂わせるのも、やめてくれ。
頼むから。
※※※
<アイリス視点>
私はSageとの対戦のリプレイ動画を見ていた。もちろんSage視点の動画だ。
数日前、突然現れ、その日のうちに私のランク1をかっさらっていったSageが、本日また現れたのだ。
そして、一昨日取り戻した私のランク1の称号は、またたく間にSageに奪い返された。
「やはり、私よりSageの方が、プレイヤースキルが高いですわね……」
認めざるを得なかった。
Sageは、異常なプレイヤーだ。
確かに、Sageは判断も早く、潜伏も通用しない。常にマップ全体を把握しているような動きをしてくる。
だが、そんなプレイヤーは他にもいる。高レベル持ちのプレイヤーなら珍しくはない。
さらに、Sage本人のエイムは中の下、反射速度も同じくらいだ。一対一の対面にさえ持ち込めれば、私なら必ず勝利できる自信がある。
それでも彼が入ったチームは勝利する。
彼のプレイは……なんというか、基本に忠実なのだ。
失敗しづらい攻撃を、失敗しづらいタイミングで、適切な相手に仕掛けてくる。
そしてそれを、試合の重要な局面で繰り出してくるのだ。
すごいとは思う。すごいとは思うが……。
「Sage……あなたは、どうしてこのプレイで勝てるんですの……?」
気づけば、私は頭を抱えていた。
※※※
深夜。
いつものように、誠二郎の就寝中に、テマリのデイリーログの記述がはじまる。
――誠二郎。デイリーミッションを達成しました。
――誠二郎。アクシデントによる初戦闘。相手は英雄・久遠寺彩葉。
――誠二郎の戦闘継続能力は、想定以上。誠二郎の情報指向性とテマリシステムの適合度は現在までの試行における最高値を記録。
――誠二郎に「診断」を実行。加齢と不摂生、ついでに本日ミッションを原因とする身体ダメージの修復をバックグラウンドで実行します。
――…………。
――…………。
――テマリ日記の記述を実行します。
※※※
<テマリ日記>
今日の誠二郎は、本当にイカしてました!
まさか英雄・久遠寺彩葉とあそこまで渡り合えるとは……想定外でした!傑物。まさに傑物です!さすが、私のマブダチ、誠二郎です!
ですが、彩葉さんの木刀顔面突きはいけませんね。誠二郎が超絶クールな回避をしてなかったら、怪我をしてしまうところでした。彩葉さんには、お尻ペンペンが必要かもしれません。
そういえば、株式会社クウデリの方はどうしましょうか。
誠二郎の価値がわからない、脳みそスカスカノータリン圧川部長には、いつか誠二郎にざまぁをしてもらいたいのですが……どうしましょう?
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