【南北朝の終焉とその後の火種編】第八段 争いの絶えぬ京
【南北朝の終焉とその後の火種編】第八段 争いの絶えぬ京
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これは報告というより、我自身の胸の内を書き留めておきたい話だ。だから今回は、篁様への文書というより、我の独り言のようなものだと思って読んでほしい。
正儀の一件を見た後、我はふと京の様子を眺めてみた。すると、これがまあ、我が生きていた頃と何一つ変わっていない。いや、むしろ悪くなっている。
我が生きていた時分にも、南朝北朝の対立はすでに始まっていた。あの頃も、争いはいつか終わるものだと、誰もがどこかで思っていたはずだ。それなのに、我が死んで二十年経った今も、まだ同じ争いが続いている。しかも、正儀のような理を説く者が疎まれ、力で押し切ろうとする者ばかりが幅を利かせている。
我は生前、『徒然草』の中で「世は定めなきこそいみじけれ」などと、無常の理を、いくらか達観したふうに書いた覚えがある。だが、こうして実際に争いの続く様を見せられると、達観などという言葉が、ずいぶんと軽薄なものに思えてくる。無常だから仕方がない、で済ませていいものと、済ませてはいけないものがあるのだと、今更ながら思い知らされる。
人は同じ過ちを、性懲りもなく繰り返すものらしい。我が生きていた頃も、死んでからも、下界では変わらず同じことが起きている。これが「無常」というものの正体だとすれば、いささか救いのない話だ。
とはいえ、こうしてぼやいてばかりもいられない。我の役目は、この争いの行く末を見届け、書き記すことだ。




