【南北朝の終焉とその後の火種編】第六段 大宰府奪還
【南北朝の終焉とその後の火種編】第六段 大宰府奪還
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前の段で少し触れた、あの今川了俊という男についてだ。あの一件だけ見ても、なかなか食えない策士だという印象を受けたので、詳しく書き記しておこうと思う。
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篁様へ申し上げ候。
前段にて申し上げ候大宰府攻略の仔細、今少し詳しく書き記し候。
今川了俊なる者、幕府より九州探題として遣わされ候武将にて、~~~~~~~~~
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現代語訳
篁様、報告します。
前回ちらっと話した大宰府攻略について、もう少し詳しく書いておきます。
今川了俊っていう男は、幕府から九州探題として派遣された武将なんですが、南朝の勢力を削るために、かなり周到に策を練ったみたいです。九州は長年南朝の地盤が固かったんですが、了俊は力攻め一辺倒じゃなくて、あちこちの豪族を味方に引き入れたり、兵糧の補給路を断ったりして、じわじわ追い詰めました。
そうやって、とうとう南朝の拠点だった大宰府が了俊の手に落ちたわけです。これで懐良親王の勢いもガクッと落ちてしまって……。政治っていうのは一朝一夕にはどうにもならないものだと、見ていてつくづく思い知らされました。
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策で攻め落とすというのは、ある意味で刀を交えるより性質の悪いやり口だと、我は思う。だが、それもまた戦の一つの形なのだろう。




