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【南北朝の終焉とその後の火種編】第三十一段 後継者争いの兆し

【南北朝の終焉とその後の火種編】第三十一段 後継者争いの兆し


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義政と富子、その間に長らく子ができなかった。これがどうやら、この先の大きな争いの火種になっていくらしい。今回はその兆しについて書いておこうと思う。

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篁様へ申し上げ候。

此度、下界にて見届け候仔細、左の如くに候。

義政、政に飽き、早々に隠居を望み候えども、富子との間に世継ぎなく、後継の定まらぬまま歳月過ぎ行き候。かくして義政、寛正五年、出家しておりし弟・義尋を還俗させ、「義視」と名乗らせ~~~~~

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現代語訳

篁様、報告します。

今回見たことを書いておきます。

義政は政治に飽きて早く隠居したいと思っていましたが、富子との間になかなか跡継ぎができず、後継者が決まらないまま年月が過ぎていきました。そこで義政は寛正5年(1464年)、出家していた弟の義尋を還俗させて「義視」と名乗らせ、次の将軍に指名しました。義視はもともと僧侶の身で武家の政治には不慣れなので、後見には細川勝元がつきました。

ところが、この義視指名の翌年、富子はついに男の子・義尚を出産しました。義尚の傅役には、義政の側近である伊勢貞親が就きました。この貞親は以前から義政の信頼を篤く得ていた人物で、私が見るところ、義尚を自分の手で盛り立てようという野心が、少なからずあるように見受けられます。

こうして、すでに後継者と決まっていた義視と、生まれたばかりの義尚と、2人の後継候補が並び立つことになってしまいました。義視の後ろ盾には細川勝元、義尚の側には伊勢貞親。どちらの側にも、それぞれの思惑を持つ者たちが集まりつつあり、私が見るところ、この構図は単なる母と叔父の争いにはとどまらないものになっていきそうな気配です。

私が見るところ、この後継者問題は単なる家庭内のもめ事にとどまらず、いずれ幕府全体を揺るがす大事件に発展するのではないかと、正直胸騒ぎがしています。

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一度決めたことを、後から覆したくなる。これは人の性というものなのかもしれないが、それが将軍家ともなれば、話は一個人の胸の内では済まされない。義視と義尚、この二人を巡って動き出した思惑が、この先どう転んでいくのか。我はこれからも、目を離さず見届けねばなるまい。


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