【南北朝の終焉とその後の火種編】第二十八段 義成の登場
【南北朝の終焉とその後の火種編】第二十八段 義成の登場
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義勝が幼くして世を去り、次に将軍の座に就いたのも、これまた幼い弟だった。しかもこの子、本来は将軍になるはずですらなかったという。今回はこの義成という男の登場について書いておこうと思う。
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篁様へ申し上げ候。
此度、下界にて見届け候仔細、左の如くに候。
義教の五男・三春、もとより将軍の座を継ぐ見込みなき身にて、出家して僧侶となるべく育てられ候由に候。されど、兄・義勝の急逝により、俄かに後継として白羽の矢立ち、わずか八歳にして将軍の座に~~~~~~~
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現代語訳
篁様、報告します。
今回見たことを書いておきます。
義教の五男・三春は、もともと将軍を継ぐ見込みのない身で、出家して僧侶になるべく育てられていたそうです。ところが兄の義勝が急死したことで、急に後継者として白羽の矢が立ち、わずか8歳で将軍の座に就くことになりました。
幼い身では政治などできるはずもなく、しばらくは畠山持国や細川勝元といった重臣たちが実権を握っていました。文安3年(1446年)には後花園天皇より「義成」の名を賜り、文安6年(1449年)、14歳で元服し、正式に将軍の宣下を受けましたが、この頃にはもう、乳母や側近たち――「三魔」と呼ばれる者たち――が政治に口を出し始めていて、本人の思い通りにはならない状態でした。
僧侶になるはずだった者が、思いがけない巡り合わせで武家の頂点に立つ。人の運命というのは、本当に測りがたいものだと、見ていて思いました。
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将軍になるはずのなかった子が将軍になり、しかもその政は自分の思うようにはならない。義成という男の始まりからして、どうにも歯車が噛み合っていない気がしてならない。この先、この男がどのような治世を敷いていくのか、我はしばらく目を離さずに見ていこうと思う。




