【南北朝の終焉とその後の火種編】第二十一段 銀閣への布石
【南北朝の終焉とその後の火種編】第二十一段 銀閣への布石
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政の話が続いたので、ここらで少し文化の話を書いておこうと思う。義満の時代に蒔かれた種が、ずっと後になって思わぬ形で花開くことになる、という話だ。
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篁様へ申し上げ候。
此度、下界にて見届け候仔細、左の如くに候。
義満の頃より、相国寺なる禅寺にて、如拙・周文と申す画僧ども、水墨をもって絵を描く技、大いに磨き候由に候。禅の精神を映し出さんとする、簡素にして深みある絵にて、公家風の華やかさとは異なる趣~~~~~~~
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現代語訳
篁様、報告します。
今回見たことを書いておきます。
義満の頃から、相国寺という禅寺で、如拙・周文という画僧たちが、水墨で絵を描く技を大いに磨いているようです。禅の精神を表そうとする、簡素で深みのある絵で、これまでの公家風の華やかさとはまた違った趣があります。
こういう水墨の技は、義満の時代にはまだ、金閣に見られるような公家・武家・禅宗が入り混じった華やかな気風の陰に隠れて、そこまで目立ってはいないようですが、後の世になって、この流れを汲む画僧たちが大きく花開くことになるのではないか、と何となく予感めいたものを感じています。
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正直、こういう静かで地味な動きというのは、政の派手な出来事に比べると見落としがちなのだが、我の性分として、こういう小さな萌芽にこそ目が向いてしまう。派手な栄華はいつか必ず陰るものだが、こうした静かな技の積み重ねの方が、案外長く生き残るものなのかもしれない。




