【南北朝の終焉とその後の火種編】第二十段 義持の代
【南北朝の終焉とその後の火種編】第二十段 義持の代
-------------------
義満の跡を継いだ義持という男、父の栄華をそのまま受け継ぐかと思いきや、これがなかなかそうはいかなかった。父の遺した政策を、息子自らの手でひっくり返すという話だ。
________________________________________
篁様へ申し上げ候。
此度、下界にて見届け候仔細、左の如くに候。
四代将軍・足利義持、応永十八年、かねてより父・義満の始め候明国との商い、これを断ち切り候。
義満、生前「日本国王」の号を明より受け、その臣下として振る舞い候ことにて、かの商いを~~~~~~~~
________________________________________
現代語訳
篁様、報告します。
今回見たことを書いておきます。
四代将軍・足利義持は、応永18年(1411年)、以前から父・義満が始めていた明国との貿易を打ち切りました。
義満は生前「日本国王」の称号を明から受けて、その臣下という立場で振る舞うことでこの貿易を成り立たせていましたが、義持はこれをひどく嫌っていたようです。「日本が異国の風下に立つような真似は屈辱の極みだ」という思いが、以前から胸の内にあったようです。
これによって、明との国交がしばらく断たれることになりました。父が遺した豊かな道を、自分の手で閉ざしてしまうというのは、他の人間には理解しがたい決断のようにも見えますが、義持なりの筋の通し方だったのだろうと思います。
________________________________________
金を取るか、誇りを取るか。義満と義持、父と子でここまで判断が分かれるとは、正直興味深い話だ。生前あれほど権勢を誇った父の政策を、息子が真っ向からひっくり返す。これもまた、権勢というものが一代限りでしか続かぬことの証なのかもしれない。




