【南北朝の終焉とその後の火種編】第十八段 破られし約定
【南北朝の終焉とその後の火種編】第十八段 破られし約定
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我は篁様への報告に、こう書き添えた覚えがある。「この約定、果たして幾世に渡りて守られ候ものか、いまだ危ぶまれる次第に候」と。二十年前のあの一言が、こうも早く現実になろうとは、正直思ってもみなかった。
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篁様へ申し上げ候。
此度、下界にて見届け候仔細、左の如くに候。
応永十九年、後小松天皇、皇子・実仁親王へ譲位なされ候。実仁親王、即位して称光天皇と名乗られ候。
されど、この譲位、かねてより南北朝合一の折に取り決められ候「両統迭立」――南朝・北朝より交互に天皇を立て候由の約定――に、真っ向より反するもの~~~~~~~~~
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現代語訳
篁様、報告します。
今回見たことを書いておきます。
応永19年(1412年)、後小松天皇が皇子の実仁親王に譲位しました。実仁親王は即位して称光天皇と名乗りました。
ですが、この譲位は、かつて南北朝合一の際に取り決められた「両統迭立」――南朝・北朝から交互に天皇を立てるという約束――に、真っ向から反するものです。本来なら、次の天皇は南朝の血を引く方から立てるはずだったのに、後小松天皇はあろうことか、自分の息子にそのまま位を譲ってしまいました。
これに、南朝の遺臣たちは黙っていません。かつて南朝方にいた者たちが「後南朝」と呼ばれる勢力となって、各地で武装蜂起しているそうです。
私は以前この約束を見届けた時、少し危ぶむ気持ちがありましたが、まさかこれほど早く、しかもこれほどあからさまに反故にされるとは、正直思ってもみませんでした。約束というものは、結んだ時の熱意がそのまま続くわけではないと、以前篁様にも申し上げましたが、その言葉が本当にその通りになってしまいました。
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二十年前の自分の言葉が、こうして現実になって返ってくるとは、何とも言えぬ気分だ。予感が当たったことを喜ぶべきなのか、それとも人の約束事の脆さを、ただ悲しむべきなのか。我自身、まだこの気持ちの落としどころが見つからずにいる。
この不穏な情勢とは裏腹に、下界を襲った天災について書きたいと思う。人の約束事が崩れる一方で、天の理不尽もまた、律儀に下界を襲い続けているらしい。




