【南北朝の終焉とその後の火種編】第十五段 金閣建つ
【南北朝の終焉とその後の火種編】第十五段 金閣建つ
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義満という男、政も商いも思うがままに動かしてきたが、今度は建物にまで自分の色を出してきた。応永四年(1397年)、北山に建てた別荘、これがなかなか妙な建物でな。今回はこれについて書いておこうと思う。
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篁様へ申し上げ候。
此度、下界にて見届け候仔細、左の如くに候。
義満、将軍職をすでに嫡男・義持に譲り、自らは出家の身となり候えども、なお実権を手放さず、北山の地に壮麗なる山荘を築き候。舎利殿と申す三層の楼閣、これぞ「金閣」と呼ばれ、金箔を貼り巡らせ~~~~~~~~
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現代語訳
篁様、報告します。
今回見たことを書いておきます。
義満は将軍職をすでに息子の義持に譲って、自分は出家した身になっていますが、それでも実権は手放さず、北山の地に豪華な別荘を建てました。舎利殿という三層の楼閣で、これが「金閣」と呼ばれていて、金箔がびっしり貼られているそうです。
この金閣、面白いことに、一階は公家風の造り、二階は武家風の造り、三階は禅宗のお堂風の造りと、三つの違う様式を一つの建物に重ねているんです。公家にも武家にも、さらには宗教的な権威にも顔が利く義満の立場を、そのまま建物の形にしたようなものだと思いました。
これを見た下界の人たちは、みんな驚嘆したそうです。ただ、ここまで自分の権勢を建物に刻み込もうとする心の在り方は、正直、生きていた頃の私には想像もつかない領域だなと感じました。
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一つの建物の中に、公家・武家・禅宗と、三つの顔を同居させるとは、義満という男、よほど「自分こそがすべての頂点である」という自負があったのだろう。俗世の栄華にはとんと縁のなかった我からすると、いささか眩しすぎる話だが、こういう男がいたからこそ、この乱世に一つの秩序が生まれたのも事実なのだろう。




