【南北朝の終焉とその後の火種編】第十二段 平らかなる世の始め
【南北朝の終焉とその後の火種編】第十二段 平らかなる世の始め
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ようやく、争いから離れた話を書ける。これまでずっと戦だ、飢饉だと、気の滅入る話ばかり書いてきたから、たまにはこういう段があってもいいだろう。実を言うと、我は元来、政の話よりも、こういう何でもない日々の話の方が性に合っている。
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合一からしばらく経った京の様子を眺めてみると、これがどうにも拍子抜けするほど落ち着いている。あれほど長く続いた争いが嘘のように、市中には人が戻り、商いの声が響き、寺社では変わらぬ勤行が続けられている。
長年、篁様への報告書というと、どうしても戦だ政変だという物々しい話ばかりになってしまっていた。だが、こういう平らかな時こそ、実は書き記す値打ちがあるのではないかと、我は思う。争いのない日々というのは、後から振り返れば「何もなかった時代」として片付けられがちだが、その「何もなさ」こそが、実は人々が最も望んでいたものなのだから。
もっとも、こんなことを篁様に大真面目に報告書として送りつけたら、「して、それの何が下界の一大事か」と呆れられるのが目に見えている。だから今回はこれでいい。我個人の、ただの感想として書いておく。
争いのない京の空を眺めながら、我はふと、生前に書いた「つれづれなるままに」という書き出しを思い出した。あの頃の我は、暇を持て余すことをむしろ楽しんでいた。今、下界がようやくそういう暇な時代を迎えているのだとしたら、それはそれで祝うべきことなのだろう。
とはいえ、我も長年下界を見てきて分かったことがある。平らかな時というのは、次の乱の種が静かに育っている時でもあるということだ。今はまだ、その芽は誰の目にも見えていない。だが、いずれ誰かがそれを見つけ、あるいは自ら育て、また新たな争いの種にしてしまうのだろう。
そんな不吉なことは、今はまだ書くまい。




