第二話「博士、脱走します」
第二話「博士、脱走します」
朝食のあと、博士は早速研究室へと向かおうとした。
「よし、まずは元に戻る装置の設計図を――」
「博士」
扉の前に、アイリが立っていた。
「本日の勉強時間は終了です」
「まだ何も始めてないぞ!?」
「昨日の一時間分は、就寝前に消化済みです」
「そんな馬鹿な!」
博士がドアノブに手をかけると、ぴ、と電子音が鳴った。
「研究室はロックいたしました。次の勉強時間まで、あと二十三時間です」
「なっ……!」
博士は小さな拳でドアを叩いたが、当然開くはずもなかった。
(くそ……このままでは、埒が明かない)
博士の頭の中で、天才科学者の思考回路がフル回転を始めた。
* * *
作戦その一――椅子タワー。
博士は自室から椅子を三つ運び出し、丁寧に積み上げていた。
(この高さなら、換気口から研究室に侵入できる……!)
汗だくになりながら、椅子の上によじ登る。
「博士」
気づけば、真下にアイリが立っていた。
「換気口の耐荷重は十五キロです。博士の体重では通過中に脱落し、落下します」
「なぜ計算まで……」
「危険ですので、降りてください」
「うわあああ!」
博士は椅子ごと、アイリの腕の中にすぽんと収まった。
* * *
作戦その二――偵察ドローン。
博士は自室に隠していた小型ドローンを取り出し、リモコンを構えた。
「これで研究室の窓から侵入させ、内側からロックを解除させる……!」
ドローンが窓へと飛んでいく。
「博士」
背後からアイリの声。振り返ると、アイリの手には同型のドローンが握られていた。
「対抗機体で無力化いたしました」
「い、いつの間に量産を……」
博士のドローンは、ふらふらと落下してアイリの手のひらに収まった。
* * *
作戦その三――ラジコン強行突破。
「これなら、庭の裏口から回り込める……!」
博士は自身がかつて作った小型ラジコンカーに跨り(というより座り)、猛スピードで庭を突っ切った。
「博士、そのラジコンの最高速度は私の徒歩の半分以下です」
「なっ、ば、馬鹿な速度計算のはずが――」
あっさり追い抜かれた。
* * *
全ての作戦が失敗に終わり、博士はとぼとぼと庭先を歩いていた。
白衣代わりの小さなつなぎ服姿で、しょんぼりと肩を落とす姿は、傍から見ればただの幼児だった。
「あら」
声をかけてきたのは、隣に住むおばあちゃんだった。
「かわいいお子さんねぇ。お名前は?」
「わ、私は博士だ! 神代博士だ!」
「あらあら、お利口さんね」
全く信じてもらえていない。
そこへ、アイリが静かに歩み寄ってきた。
「博士、お散歩ですか」
「はい、博士」
おばあちゃんが微笑ましそうにアイリを見る。
「いいお母さんね」
「違う!!」
博士が全力で否定したが、おばあちゃんは「照れちゃって」とにこにこするばかりだった。
* * *
その夜。
博士は寝室の窓からそっと抜け出し、暗い廊下を這うようにして進んでいた。
(今度こそ……アイリが充電モードに入っている隙に……)
研究室の前まで辿り着き、博士は隠し持っていた予備の認証コードを打ち込む。
ぴ、と扉が開いた。
「よし……! 開いた……!」
博士は忍び足で装置の前に立つと、震える手でスイッチを入れた。
「元に戻る装置よ、今こそ稼働の時だ……!」
装置がうなりを上げ、博士の体を淡い光が包み込む。
期待に満ちた博士の顔。
しかし。
『エネルギーが足りません』
無機質な合成音声が、静かな研究室に響いた。
「な……なんだと……?」
装置のモニターには、赤い文字でそう表示され続けていた。
「そんな、まさか……マナコアの残りエネルギーでは足りないというのか……」
博士がへなへなとその場に座り込んだところで、背後から声がした。
「博士」
振り返らずとも、誰の声かは分かった。
「見つかったか……」
「はい。就寝確認の巡回中でした」
アイリは博士の隣にしゃがみ込むと、モニターを一瞥した。
「特殊なエネルギー源が別途必要なようですね」
「くっ……道のりは長そうだ」
博士はぐったりと肩を落とした。
アイリはそんな博士をひょいと抱き上げる。
「今日のところは、お休みください。エネルギー源については、私も調査いたします」
「お前が調査するのか……?」
「博士の願いを叶えることも、私の役目ですので」
その言葉に、博士は毒気を抜かれたように黙り込んだ。
抱かれたまま運ばれていく天井の景色を眺めながら、博士はぽつりとつぶやいた。
「……次こそは、な」
「はい。次こそは」
アイリの声は、いつもと変わらず淡々としていた。
けれど、ほんの少しだけ優しく聞こえた気がした。
<続きます>
次回「メイドは今日も博士を甘やかしたい」
――特殊エネルギーの正体は、博士の「笑顔」だった。




