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第一話「博士が小さくなりました」

連休なので、少ないけど書き上げました。3話だけの短さですが楽しんでください。

 第一話「博士が小さくなりました」


 深夜の研究所に、機械音が鳴り響いていた。


(あと少し……あと少しで完成する)


 神代博士は、三年の歳月をかけた自身の最高傑作を前に、震える手で最終起動キーを押した。

 ぱちり、と紫色の瞳が開く。

 銀色の髪をした人型アンドロイドが、ゆっくりと瞬きをした。


「起動確認。私はアイリ。神代博士専属のメイド型アンドロイドです」


「やった……やったぞ!」


 博士は白衣の袖で涙を拭った。


「これでもう、洗濯物の山と戦わなくていい! 冷めたコーヒーを我慢しなくていい! 家事から解放されるんだ……!」


 アイリは博士を静かに見つめると、小さく頭を下げた。


「博士。今後の家事全般は私にお任せください」


「うんうん、頼んだぞアイリ。まずは記念に、新型エネルギー――マナコアの起動実験を見せてやろう。これが完成すれば、世界のエネルギー問題は――」


「博士」


「なんだ」


「今の時間は深夜二時です。実験は明日になさるべきかと」


「一晩くらい寝なくても平気だ! 天才博士に休息は不要!」


 博士は聞く耳を持たず、隣の実験室へと駆け込んでいった。


* * *


 結果から言えば、天才博士の自信は少しばかり過剰だった。


 マナコアの制御装置に触れた瞬間、コアが不安定な光を放ち始める。


「な……! 数値が跳ね上がって――」


「博士、危険です。今すぐ――」


 アイリが駆け寄るのと、コアが弾けるのは同時だった。


 閃光。


 そして、静寂。


* * *


「……ん」


 博士はゆっくりと目を開けた。


(頭が痛い……いや、それより――)


 視界の位置が、おかしい。

 いつも見下ろしていたはずの実験机が、見上げる高さにある。


「な、なんだ……?」


 声も、どこかたどたどしい。

 自分の手を見て、博士は固まった。


 小さい。

 まるで子供の手のように、小さい。


「うわあああああああ!?」


 叫び声すら、幼い響きになっていた。

 白衣は肩からずり落ち、裾を踏んで博士は盛大に転んだ。


「博士」


 アイリが静かに歩み寄り、博士の全身に淡い光を走らせる。スキャンの光だ。


「博士。身体年齢五歳と判断しました」


「見れば分かる!!」


 博士は叫びながら立ち上がろうとして、また白衣の裾を踏んで転んだ。


「マナコアの暴走エネルギーが、博士の細胞に干渉した可能性が高いです。知識と人格に変化は見られません」


「そ、そうか、なら話は早い。今すぐ元に戻す装置を――」


「博士」


 アイリが博士の前に膝をつき、目線を合わせる。その表情は普段と変わらないはずなのに、なぜか有無を言わさぬ圧を感じた。


「博士は保護対象に移行しました」


「は?」


「本日より、研究業務は禁止。おやつの時間と昼寝を含む、健全な生活リズムを徹底いたします」


「ちょっと待て、私はまだ研究が――」


「博士」


「な、なんだ」


「白衣、脱げてます」


 見れば、博士の白衣はすっかり肩から抜け落ち、五歳児のワンピースのようになっていた。


「くっ……! こんな……こんな姿で天才科学者としての威厳が……!」


 博士は小さな拳を握りしめ、悔しさに震える。

 そんな博士を、アイリはひょいと抱き上げた。


「わ、私は歩ける! 下ろせ!」


「博士の歩幅では、洗面所まで十七分かかります。非効率です」


「効率の問題じゃない、尊厳の問題だ!」


 アイリは博士を抱いたまま、迷いのない足取りで浴室へと向かう。

 その腕の中で、博士は必死にもがきながらも――どこかで、小さな安堵を覚えていた自分に気づいていなかった。


* * *


 その夜。

 子供用に急遽用意された(アイリが型紙から作った)パジャマ姿の博士は、ベッドの上で拳を握りしめていた。


(このままでは終われない……)


 小さな体で、天井を見上げる。


「アイリ! 聞け!」


「はい、博士」


「私は、必ず元の姿に戻る装置を作る! この五歳児の体は仮の姿に過ぎん!」


 アイリは博士の布団をそっと直しながら、小さく頷いた。


「承知いたしました。ただし――」


「ただし?」


「研究は、一日一時間まで。それ以外の時間は、私が全力で博士を甘やかします」


「甘やかす必要はない!」


「消灯します。おやすみなさい、博士」


 部屋の明かりが落ちる。

 博士は闇の中で、むう、と頬を膨らませた。


(覚えていろよ、アイリ……)


 そう思いながらも、五歳児の体はあっという間に眠気に負けていった。


 天才博士 対 世話焼きメイドの、奇妙な同居生活が始まる。


<続きます>


 次回「博士、脱走します」

 ――椅子を積んでも、ドローンを飛ばしても、アイリの目からは逃れられない。

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