種族なんてくだらない
宴は毒気を抜かれたような表情を一度作った後、薄く笑んだ。
「……貴様は馬鹿だな」
「よぅ言われるわ。ワイはそんな馬鹿なことをやっとるつもりはないんやけどな」
「……フ。……その馬鹿にほだされた俺も大概馬鹿だな」
「カカカ。世の中はそんな馬鹿が回してきたんや。馬鹿なことは悔いることやない。誇ることやで?」
「……そうだな」
宴はスペンサーが差し出してきていた手を緩く握る。
「……俺は貴様を友と呼ぼう」
「おう。お前は今からワイの友達や」
スペンサーの顔には清々しいと言うような笑みが浮かんでいる。
この喧嘩の発端となったわだかまりやら何やらと言った下らないものは、さっきの喧嘩でどこぞへと言ってしまったのだろう。
いや、最初からわだかまりなどなかったのだ。
宴が勝手に意固地になって周囲に敵意を振りまいていただけで。
今までの人生によって培われた周囲への認識と、そこからくる警戒心を下らないと言い切ることは誰にもできない……してはいけない。
だが、それを下らないと笑い飛ばせる人間こそが人の心を溶かせるのかもしれなかった。
「それで? 綺麗にまとまったとこ悪いが、聞かせてもらおうか。宴、お前はテメェが発起人となる連合に入ってくれるのか?」
「……ここで入らないと言ったら、俺の方が悪役になるだろうな。……一つだけ問おう、グローリア」
「あ? 答えられることならな」
「……何。……下らない問いだ。……貴様の返答如何によって、俺たち《百鬼夜行》の身の振り方を決めさせてもらうとしよう」
「そりゃ、責任重大だな」
グローリアは宴が真面目な空気を出していると言うのに、おどけた雰囲気を崩そうともしていない。
寧ろ、ここで真面目な態度を取った方が、宴は気味が悪く思っただろうが。
真剣な瞳でグローリアを見据えた宴は口を開く。
「……貴様は俺たち異人種のことをどう思う?」
「…………確かに下らねぇ問いだな」
「……返答や如何に?」
「あー……正直に言や良いのか?」
「……あぁ。……虚実は要らない。……真実だけで良い」
「そうか。それでは正直に言う。どうでもいい。テメェにとっちゃ、異人種も亜人種も人間も大差ねぇよ」
「……その心は?」
「皆等しく下らねぇ。その下らないものの中にたまに面白れぇ奴がいる。だから、全体としちゃ興味ねぇ。テメェが興味を持ち得るのは、その面白い個人だけなのでな」
間違いのない確実なグローリアの本音。
一片の曇りもない、本音のみで構成された言の葉。
それを聞いた宴は口元に拳を当てて、クツクツと笑い声をあげる。
「……貴様らしい。……良いだろう。……俺たち《百鬼夜行》もその連合とやらに与しよう」
グローリアからしてみると、今の自分の発言のどこに笑う要素があったのか、宴に連合への加入を決意させる要素があったのかわからない。
理解出来ずに首をかしげるグローリアを見て、さらに宴は笑う。
グローリアの言葉は間違いなく宴が望んでいたものだったのだ。
宴は……と言うか異人種は総じて異人種と言うだけで迫害を受けることが過去にあった。
それも一度や二度ではない。
宴のギルドである《百鬼夜行》に所属しているのは大半が異人種、南大陸では妖怪と呼ばれる類の者たちだ。
そんな宴たちが求めていたのは、自分たちをただ自分たちとして見てくれる誰か。
異人種だのなんだのと言うくくりを排してみてくれる誰かだったのだ。
その願いを間違いなくグローリアは満たしてくれた。この人間なら、この人間の下に集まった人間なら自分たちのことを真っ当なことしてみてくれる。
そんな安心感を抱くことが出来たからこそ、宴は連合に参加することを承諾したのだ。
「よく……解らんが、お前は連合に参加してくれんだな? 宴」
「……あぁ。……貴様らに協力してやろう」
「それは助かる。……てぇことだ、スペンサー。助かった」
「何の事や? ワイはワイがしたいようにしただけや。感謝される謂れなんざ、何処にもあらへんわ」
「そうか? ま、何はともあれ、だ。全部終わった。そろそろ倒れてもいいぞ」
「そうかぁ? なら、ぶっ倒れさせてもら……」
言葉を言い切る前にスペンサーの体は傾ぎ、その体を地面に横たえた。
倒れたスペンサーはもうすでに意識はないようだ。だが、荒い息を繰り返している。
とてもではないが、このまま放置してもいいような状態でないことは確かだろう。
「これじゃ、当分起きねぇか。会議は明日にでも回すか」
「……こいつはどうしたんだ? 急に倒れちまったが」
「あー……気にすんな。これがこいつの異能だからな」
「どんな異能なのですか? もう喧嘩も終わったことですし、教えてくれてもいいのではないですか?」
「そうだよ! もうウチは自分の異能教えてもいいと思ってるし」
「……もういいか。そうだな。ちょうどいいから、スペンサーの異能を教えてやるよ。聞いても、悪用すんじゃねぇぞ?」
グローリアが目配せをすると、その場にいた三人は一様にうなずいた。
それを確認したグローリアはスペンサーをこのままにしても置けないので、運ぼうとする……が、そこまで筋力の無いグローリアにはスペンサーを抱えることが出来ない。出来なくはないだろうが、難しい。
どうしたものかと首を捻っていると、その様子を見ていた宴がヒョイッとスペンサーを肩に担ぐ。
「すまんな」
「……やったのは俺だからな」
「そだな。それじゃ、移動しがてらスペンサーの異能でも話すか」
ギルドホール内に入りつつ言うと、自分の後を他の三人がついてくるのを感じ、ほんの少しだけ上機嫌なグローリアは口を開く。
「スペンサーの異能を言うとしよう。スペンサーの異能は端的に言ってしまうと、やせ我慢の究極系のような異能だ」
「やせ我慢?」
「そう、やせ我慢。発動するためには自分で条件を設定しなくてはならず、その条件をクリアするまでであれば死ぬこともダメージを受けることもない」
「……それを異能と言うかよ」
さっき戦ってスペンサーの異能の化け物具合を認識していた宴のセリフだ。
確かに、自分で条件を設定することができ、その条件を達成するまで死ぬこともダメージを受けることもないと言うのは明らかに異能の範疇を超えている。
そんなズルにも近いような能力はありえてはいけないのだ。
だから、当然のように異能のその効果を早々に使いたくはならないような制限がスペンサーの『死の無い行軍』にも当然のごとくついている。
「それに、条件如何によっては色々とパラドックスが生じませんか? ほら、死ぬまで死なないなどの」
「そうだな。だから、その辺もちゃんと制限がついている」
具体的に言うと、『死の無い行軍』は発動時に設定する条件が一日――二十四時間以内にクリアできるものでないと発動できないようになっている。
言うなれば、一日と言う期間限定であれば条件の達成が可能かどうかを占うことが出来る、予知系に分類されるような異能でもあるのだ。スペンサー自身はこの異能は純粋な戦闘系の異能であると言い張ってはいるのだが、あいつがどこまで真実を晒しているのかはグローリアにすらつかめていない。
「……ま、その制限については本人に聞け」
「逃げましたね」
「逃げたね!」
「……逃げたな」
「そんなところで連携しないで良い。それで、さっきの『死の無い行軍』を異能と言えるか否かという問いだが……はっきり断言する。『死の無い行軍』は異能だ」
「と言うのなら、どんな対価があるのですか?」
「対価と言うほどでもない。さっきテメェは言ったろ? 『死の無い行軍』はやせ我慢の究極系だってな」
そう、『死の無い行軍』は異能と言うよりは、やせ我慢でしかないのだ。
戦闘中に脳内麻薬が大量に出てきて、痛みを感じなくなると言うのは、戦場に身を置く人間としては別段珍しい現象でもない。
そんな場合は、戦闘が終わって気を緩めた時に今まで我慢してきた痛みを思い出すものだ。
それと『死の無い行軍』は同じなのだ。
自分が条件を設定して、その条件を達成するまでを戦闘とみなす。
条件を達成するまではダメージを受けない。ダメージを受けないと言うことは、即ち死なないと言うことでもある。
代わりに戦闘終了直後に今まで我慢していたダメージが一気に押し寄せてくることになる。
戦闘中はダメージを受けないと言うことはいいことかもしれないが、終わった後にダメージを一括で受けてしまうと言うのならイーブンだろう。
受けていたダメージが多すぎた場合には戦闘が終わった後にショック死する可能性すらあるのだ。
「……要するに、ダメージを後払いする。戦闘時は十二分に有用かもしれないが、それでも異能の域は出ない」
「……確かに。……今の説明なら納得がいくな」
「ですね。戦闘時に受けたダメージを今受けていると言うのなら、このうなされようも納得がいくと言うものです」
何時の間にやら辿り着いていた客室のうちの一つにあるベッドにスペンサーを寝かせる。
寝かせた後も、その口からは呻き声と辛そうな喘ぎだけが聞こえてくるので、さっきの戦闘はスペンサーにも相当に堪えたであろうことが理解できた。
その姿を見た宴が何か言いたげに口を開き、すぐに閉じる。
それを見たチスパが、今までのふざけた雰囲気をかき消して口を開いた。
「謝罪ならしないほうがいーよ」
「……あ?」
「うん? 謝ろうとしたんじゃないの?」
「……そうだが。……何故、謝罪しないほうが良いと?」
「謝罪したら、スペンサーの頑張りを汚すよ。それに、あなたが怒った意味もなくなる。さっきのは馬鹿にされて、あなたが怒って、殴り合うことによって和解した。謝罪なんて言うのは、それらの行動すべてを間違いだったって言うことになる。そんなのは止めた方がいーよ」
寝ているスペンサーのことを眺めながら、チスパは語る。
その口から出た言葉は宴にも納得がいくものだった。
謝罪と言うのは自らの非を認めると言う行為だ。自らが間違っていると思わなければ、どうして謝罪など出るだろうか?
さっきの一連の喧嘩には何一つ間違いはなかった。
スペンサーも宴も自分の正義に従って行動を起こしたのだ。
そこに謝罪するようなことは何一つない。両者とも正しい行いをした。そこに一点の間違いもないのだから。
「ここでするべきなのは謝るは謝るでも、謝罪ではなく感謝だよ」
それもそうだと思い、宴は静かに眠っているスペンサーに向けて静かに感謝の言葉を告げた。
何だかんだと、自分のことを宴は意地っ張りな奴だと認識している。きっとスペンサーが起きていては正直な心の内など語れないだろうから。
謝意を言葉にする宴を見たチスパが嬉しそうに楽しそうにニコニコとしている。
その表情の意味は解らなかったが、表情からは嫌なものは感じ取れなかった。
ムニョン。ムイームイー。
そんなチスパの両頬を唐突につまんだグローリアは無表情にチスパの両頬を伸ばしだす。
「うむ……」
「にゃにするにょさ! ぐりょーりあ!」
当然の如くにチスパからは非難の声が上がる。
それを気にした様子もなくグローリアはほっぺたをムニムニと引っ張り続ける。
時々変な声を出しながら、頬を引っ張り続けている。
そんな姿を見た全員、意味が解らないと言った様子でいたが、代表と言うことでジスがグローリアに声をかける。
「あの……グローリアさん?」
「何だ」
「何をしてらっしゃるので?」
「あぁ……。さっきの発言はとても正しい発言だ。理に適っているともいえるな。とても正しい発言で驚いていたところだ」
「と言うことは、今のその行為は錯乱ゆえの行為ですか?」
「違う。テメェの中ではチスパはあんなまともなことを言う女ではない。だから、これが本物のチスパかどうかを確認しているのだ」
「ひどくふぁい!?」
「酷くない。普段の貴様はそれほど馬鹿に見えると言うことだ。普段から一ギルドのトップらしく振舞っていればこんなことには……」
そこで一度グローリアは言葉を切る。
その後に、首をゆるゆると横に振る。
「それはそれで気色が悪いな。お前は馬鹿のように生きていればいい」
「りふじん! いふぁいからやめふぇ!」
「うっせぇ」
「やっふぁりりふじん!」
頬を引っ張られすぎて若干痛いのか、目尻に涙を溜めながらチスパは叫ぶ。
うるさいとでもいうように、グローリアは頬から手を放す。
さっきまでグローリアがつかんでいたところは仄かに朱に染まっている。
手に染まっている頬を上から撫でさすっている姿は、小動物のように見えなくもないが、生憎とグローリアには馬鹿がこれ見よがしにダメージを主張しているようにしか見えない。
当然のことながらスルー一択である。
「この馬鹿が目覚めるまで話しを進めるわけにもいくまい。てきとうな客室を用意させるから、そこで休んでいてくれ」
「それは構わないのですが……スペンサーさんは連合に同意していますし、こちらである程度までは話を進めていても構わないのではないですか?」
「そうかもしれんが……休んでおけ」
それだけ告げると、もう言いたいことは言ったとばかりにグローリアは部屋から出ていこうとする。
その背中に宴が声をかける。
「……理由は?」
「起きてきたあの馬鹿に説明するのがだるいからだ」
出口で、首だけを振り返ってそれだけを告げたグローリアは今度こそ部屋を後にする。
残された三人は特にすることもないので、グローリアの言っていた客室とやらの用意ができるまでこの部屋で待つこととした。
スペンサーはほぼ一日たってから目を覚ました。
スペンサーは、目を覚ました時に部屋に宴たち三人がいてひどく驚いた。
結局、客室の用意ができたと呼びに来ることはなかったのだ。




