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Lord to Gloria  作者: 頭 垂
第三章 連なり合う
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和解

「あのスペンサーって人は何なんですか?」

「何がだ?」

「異能のお蔭であの鬼人種の方と殴り合うことが出来ているって言うのはわかります。ですが、その異能の詳細が全く掴めません。ノーリスクでダメージを無効化できる異能なんてあるはずがありませんし。そんなものがあるのなら、それは異能とは呼びません」

「正しいな」


異能と言うのは良くも悪くも能力のうちの一つでしかない。

言ってしまうと、才能なのだ。

何か一つの才能がのびている人間は、他の才能のどこかで欠点を抱えると言うことになる。

それを異能はたった一つで体現する。

強ければ短所が存在する。それが異能と言うものだ。

完全にノーリスクでダメージを遮断することのできる異能なんてありえない。


「あのスペンサーさんの現状を異能の結果と言うのなら、対価は何なのですか?」

「それを言ったら興醒めだろう。それ以前に、他人の異能を言ってしまうのもマナー違反と言うものだ」

「酷い目に遭った……」


全身を汚したチスパがよろよろとグローリアの元に戻ってくる。

空を飛ぶために肉体から無駄をそぎ落としているチスパの体は見た目以上に軽い。軽すぎるほどだ。


「おかえり。地面を転がされる気分はどうだった?」

「良かった……とでもいうと思う?」

「少なくとも、テメェだったら不愉快で仕方がねぇ」

「でしょ?」

「だが、チスパであれば楽しめるかもしれないと言う可能性をテメェは捨てきれていない」

「そんな可能性は早く捨ててよ!」

「可能性と言うのはどんな状況においても零と百にはなりえないんだよ。これは常識だから覚えておけ」

「グローリアさん。そんなどうでもいいことは放っておいて、私の疑問に答えてください」

「どうでもいいことって……。酷い」


自分のことをそんなこと扱いされて切り捨てられたチスパはさめざめと涙を流すが、それを気にするような人間はここにはいない。

というか、普段は気にするような人間であるジスも戦闘が気になっているせいで、チスパのほうまで意識を回している余裕と言うものがないのだろう。

自分が気づかれないと知ったチスパはあっさりと涙を止める。

どうやら嘘泣きだったようだ。


「ウチも気になるなぁ。グローリア、早くゲロってよ」

「そう簡単に言っていいものでもなかろうに。それ以前に、戦闘中にはさすがに言うべきではないだろう。片方が明らかに不利になることを言うのはフェアではない」

「えぇ~? 良いじゃん」

「良くないと言っているだろうが」

「ならば、お二方の異能をここで言ってしまうと言うのはいかがでしょうか? これなら公平足り得るでしょう」

「お前は馬鹿か。そうなると、戦闘が終わった後にあいつらが不利になる。本当に完璧な公平を求めると言うのなら、貴様ら二人の異能をあいつらに後で教えてやれ」

「それは……」

「難しいかなぁ」

「どうせ最終的には連合を組むのだ。遅いか早いかだけの違いだろう」


まだ喧嘩は終わっていないし、宴の心を変えるようなことは何一つ起きていない。

だと言うのに、グローリアはもう宴も含めたうえで連合を組むことが確定事項であるかの如くに語る。

その真意はジスとチスパには理解できなかった。

何の根拠もなしに言っているはずもないのだろうが、そこに繋がる思考を二人は持ち合わせていない。

そして、そう考えられるほどに頭がいいわけでもない。

なので、この場はその話を流すこととした。


「ていうか、連合を組んだとしても異能をいう訳ないじゃない」

「そうですね。そう簡単に手の内を明かしてもいられないですし」

「協調性がねぇなぁ。連合組むんだとしたら、自分の長所と短所を知られていた方が楽だろうが」

「のちに敵に成らないとも限りませんしね」

「情のねぇ野郎だな。つまらん」

「さっきあなたとスペンサーさんが言っていましたように、感情と言うのは毒にも油にもなりえます。私はそれの用法用途を弁えているだけですよ」

「何でもいい。お前の論に興味などない」

「なら、教えてくださいよ。あなたの言にのっとるのなら、連合を組むであろう私たちにはそれを知る権利がある」

「あとでお前がスペンサーに自分の異能を包み隠さずに言うってんなら教えてやるとテメェはさっきから言っている。話を聞け」


ほんの少しではあるが、グローリアとジスの間にピリピリとした空気が漂い始めている。

グローリアのほうは純粋に自分の言葉を聞いていない様子のジスに対して苛立ちが隠せていないようだし、ジスはジスで話をはぐらかし続けるグローリアに対して苛立ちを見せている。

殺意を募らせたグローリアはその手に武器を生み出す。

生み出されたのは、棘や鋲が無数に打ち込まれている長さが三メートル近くある長い棍棒だ。名を金砕棒という南で使われることもある打撃武器だ。硬い木材を六角形や八角形に加工した大型の棍棒で、無数にある棘や鋲は「星」と呼ばれる。表面を帯状の板金や鉄板で多い威力を強化したものや、鋳造や鍛造による金属製の物も存在する。

グローリアが生み出した金砕棒は半ばから先が金属製で柄が木製の物だ。

圧倒的な防御力を誇るジスと打ち合うには切れ味の鋭いような武器よりも棍棒のような打撃武器で衝撃を伝えたほうが良いだろうと判断された結果だった。

金砕棒を担ぐグローリアを見て、ジスもタワーシールドを構え、その陰に自分の半身を滑り込ませる。

グローリアは元から気分屋。

今まで普通に会話できていたことこそが異常なのだ。


「あいつらの喧嘩を肴にテメェらも喧嘩するか?」

「……いいですね。私も少しばかり運動をしたいと思っていたところです」


二人とも殺気を燻らせ始める。

そんな二人に対して声が掛けられる。


「おーい。グローリア~」


やけにかけてきた声の位置は高い。

と言うことは声をかけてきたのはチスパではあるまい。

あの飛行中毒者と言えども異能も使わずに空を飛べるはずもない。異能を使うには、まだ何時間か早いはずだ。

グローリアが上を向くと、そこには三階の壁から顔をのぞかせた鳶がいた。

やけに緊張感の掛ける顔でグローリアたちのことを見下ろしている。

今から喧嘩をしようとしていたところで喧嘩を止められたグローリアは少しだけ自分の機嫌が下降したのを自覚したのを感じながら、鳶に応じる。


「何だよ」

「いや、ね? 喧嘩するのはいいのだけどさ。早くあっち止めてくれない?」

「あっち、とは?」

「アレ」


鳶が無造作に指を指す。

その方向ではさっきから聞こえてくる打撃音が続いていると言うことから考えて、まだスペンサーと宴が殴り合っているはずだ。

そちらに目をやってみると、案の定二人がまだ子供のような殴り合いを続けていた。

変わらないのは殴り合っている二人。

変わっているのは町の情景。

二人が殴り合っている時に巻き起こされる衝撃波によって町は少しだけ変わっていた。

周囲にある家々はがたがたと揺れているし、それどころか壁に亀裂が走っている家すらある。

近くにある木々は幾本か根元からへし折られ、その立派な幹を大地に横たえている。

有り体に現状を言ってしまうのなら、酷い状況だった。


「教えてくれてありがとよ。後はこっちで何とかする」

「そう? なら、早くしてね」


そう言って鳶は頭をひっこめる。

グローリアは深く大きく息を吐き出すことで胸の内にたまっていた殺意と苛立ちを吐き出す。

そして、多少ではあるが理性の戻った表情でジスに話しかける。


「兎にも角にも、あれを止めるか。このままではヤバいだろ」

「ですね。さっきのことは水に流して止めましょうか」

「テメェはスペンサーを吹っ飛ばす。お前は宴を取り押さえないまでも、テメェがスペンサーを落ち着かせている間は宴の攻撃をすべて受けてくれ」

「了解しました。多少つらいでしょうが、善処しましょう」

「なら、行くぞ」


衝撃波と轟音を撒き散らしている、校外以外の何者でもない喧嘩を繰り広げている二人にグローリアとジスは接近する。

近づくにつれて体にあたる衝撃波の威力も上がっているのは当然の事だろう。

衝撃波をものともせずに近づく。

殴り合っている二人は両者の事しかもう視界に入っていないのか、他のことに思考を回していられる余裕がないのか、すぐそばまで接近しても気が付かない。

気が付かずに殴り合っている。

ジスとグローリアは一度相手を見ると、頷き合う。

最初に動いたのはグローリアだ。

金砕棒をスペンサーの腹の前に差し込むようにして入れてから、腹に金砕棒を当てる。

そして、ダメージを与えるためではなく、スペンサーを吹き飛ばすように渾身の力をこめた金砕棒をかちあげる。

上空に勝ちあげられたスペンサーは自分の身に何が起こったのかを理解できていないようで、キョトンとした表情のまま宙に浮いている。

先に現状を理解したのは宴だ。

自分の喧嘩を邪魔されたと思った宴は、スペンサーをかち上げた姿勢のまま、


「た~まや~」


などと果てしなくローなテンションでスペンサーに向けて言っているグローリアに殺意を向ける。

喧嘩好きの宴のことだ。自分の獲物を横取りされて苛立ったのだろう。

躊躇いもなく、その拳をグローリアに向けて振るう。

その拳を真正面から受け止めるのは純白のタワーシールド。そして、その後ろに体を隠しているジスだ。


「これ以上は看過できません。休戦を求めます」

「……部外者が邪魔するな。……これは俺の喧嘩だ」

「だとしても。周囲にこれほどの被害を及ぼしてしまってはあなた一人の喧嘩と言うこともできません。その拳を降ろしてください」

「……断る」


そう言った宴は標的をジスに変えて、拳を振るい始める。

一撃一撃が人を即殺できるほどの威力を持つ宴の拳。殴っているのはさっきとは違って、硬いタワーシールドだと言うのに、それを気にした様子もなく宴は拳を振るい続ける。

盾と拳がぶつかり合うたびに轟音が撒き散らされる。

だが、不思議なことに衝撃波は周囲に拡散することはない。

背後の轟音を聞いていると、宙に舞いあがったスペンサーが落ちてくる。未だにキョトンとした表情のままなので、悲鳴の一つも上げない。

無音で落ちてきたスペンサーが地面に激突する。

精々八メートル程度しかかち上げていなかったのだが、重力と言うのはかくも偉大なもので、随分と勢いが乗ったらしいスペンサーはゴガンッ!と言う音を上げる。

地面に頭を埋めているスペンサーにグローリアが話しかける。


「生きてっか?」

「……一応はな。後が心配やけど」


平然と頭を地面から引き抜いたスペンサーが答える。

首を鳴らしているようだが、特にダメージを負った様子もない。


「死ななければ治してやるよ」

「そりゃありがとさん。そういやお前んとこには激レアな治癒系の異能者がいたんやったな」

「そうだ。それはともかくとして、頭は冷えたか? お前にまで理性を失われちまったら、テメェたちとしてはどうしようもないのだが」

「宙舞ってる間に落ち着いたわ。ワイらしくもあらへんかったな。すまんかった」


スペンサーは殊勝に頭を下げる。

その素直な姿を気持ち悪く思ったグローリアはわかりやすく眉をしかめるが、眉をしかめたグローリアを見てもスペンサーは気にした様子もなく、立ち上がる。

そして、ジスと殴り合っている宴のもとまで行く。


「おうおう。さっきはスマンかったな。お前のこと化け物なんて呼んじまったわ」

「……死ね」

「まだ死ねへんのや。ワイの条件をクリアしてへんからな。それまでは死にとうても死ねへん。実に不便な異能やな」


そう言いながらスペンサーはカカカと笑いながらに肩を竦める。

笑い声が癇に障ったのか、宴は不愉快そうな表情を隠そうともしない。

スペンサーと話し始めたと言うことで宴はジスとの戦闘を取りやめている。タワーシールドを降ろしたジスはグローリアの横に並ぶ。


「お疲れ」

「本当にですよ。何ですか、アレは。衝撃は完全に押し殺せましたけど、私の絶対のイージスが悲鳴を上げるって大概ですよ?」

「悲鳴を上げたのは、絶対の盾じゃないだろ? 悲鳴を上げたのはお前の腕じゃないのか? 絶対の盾が軋むなんてのはあり得ない」

「……そうですけどね。これでも私は鍛えてるんですよ?」

「知るか。お前が弱かろうと強かろうと興味はない」

「そうですか」


ジスとグローリアが会話をしている間に、スペンサーは本当に宴の目と鼻の先まで近寄る。

宴はまだ盛りのついた獣のように、殺意を撒き散らしている。

それと相対しているスペンサーの方はと言うと愉快そうに笑顔を浮かべている。宴に対する警戒心など全く持っていないようだ。

パッと見の現状では、スペンサーと宴が和解するのは不可能に見える。

そんな状況でスペンサーが宴に向かって手を差し出した。

その手を宴は訝しげに眺める。


「……これは?」

「仲直りの握手ってやつや。和解してくれんか?」

「……貴様は魔獣と握手したいと言うのか?」


さっきスペンサーに言われたことを利用して、宴が皮肉をぶつける。

それに対するスペンサーは苛立ちを見せるでも手をひっこめるでもなく、さっきよりも楽しそうに、一層笑みを深めた。


「魔獣とは握手なんて交わしたないわ。ワイは人としか歩めへんしの」

「……ならば、この手は何だ。……俺は魔獣ではないのか?」

「ド阿呆。ワイとここまで正面からなぐり合える奴が魔獣で済むわけないやろ。お前は誰が何と言おうと、人種や。ワイらと何ら変わらん。魔獣なんてものとは違うわ」


だから、


「お前んことを化け物や、魔獣や言う奴がおったら、ワイも手伝ったるから潰しちまや良いやろ。そうすりゃ、気も晴れるやろ?」


カカカ、とスペンサーは乾いた笑いを漏らす

本気で今言ったことを思っているようで、その声は何処までも晴れやかだ。

スペンサーの言葉をはたから聞いていたジスとチスパは呆気にとられているようだった。

だが、スペンサーのことをこの場にいる誰よりも知っているグローリアにはスペンサーがどうしてこういった行動に出たのかが理解できていた。

スペンサーは証明したのだ。

宴が異人種と言っても、敵ではないと言うことを。

自分が異人種全体のことを魔獣と嘲り、それに対して怒りを持った宴と正面からぶつかり合うことによって。

魔獣は同族意識こそあるだろうが、同族を馬鹿にされたからと言って怒ったりはしない。

それほど同族に関心がないと言うのもあるだろうが、それ以上の理由として同族を慮るほどの知性を持ってはいない。

だが、宴は自分たち異人種全体を魔獣と罵られて怒り、そんなふざけたことをのたまったスペンサーに怒りをぶつけた。

そんな奴のことを魔獣だと罵れるやつはもういないだろう。そんなことを言うやつはもうすでに人未満の畜生でしかない。


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