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Lord to Gloria  作者: 頭 垂
第三章 連なり合う
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意地の張り合い殴り合い

グローリアたち三人が宴のぶち開けた壁の穴から外に下りると(会議室は三階である)、スペンサーと宴が一触即発の空気をそれぞれかもしながら、睨みあっていた。

流石にスペンサーも唐突に殴りつけられたのは頭に来たのだろう。眼鏡の位置を直しながら怒気を迸らせている。鬼人種である宴からたぶん本気で殴られ、三階の高さからまともな受け身を取れたのかどうかも分からないが、スペンサーの体には傷一つない。それどころか、ダメージを受けた様子すらない。

スペンサーと相対している宴は手にしている酒瓶から酒を呷る。喉が動いて酒瓶の中の酒を嚥下して胃の腑に落としていくたびに、その体から発せられる重圧の重さも増していっている。


「実に面白そうだな」

「そう言えるのは、あなたぐらいじゃないですかね? 私は周囲へ被害が行かないかどうかで内心、戦々恐々としていますよ」

「ヘタレが。ここはお前の町でもないだろうに。何を気にしている?」

「あなたと違って周囲への被害をどうとも思わないわけでもないので。……あなたの見立てでは、これからどうなると思いますか?」

「単純に考えて、いくらか言葉を交わした後に喧嘩だろうな」

「喧嘩で済みますかね……。というか、私が聞きたかった答えはそれではないと理解しているのでしょう?」

「無論だな」

「ならば、はぐらかさずに答えてください」

「ふむ……」


真剣な表情でジスに言われたグローリアは顎に手を当てて、考える。

だが、それはポーズでしかない。考えるまでもなく、この後どうなるかの予想はグローリアの中ではついていた。結果までは予想できないが。

それを口に出す気はグローリアにはない。

演劇の演目を知っているぐらいならまだいいが、どんな展開になるのかまで予想してしまうのは無粋と言うものであるだろうし、面白さに欠ける。

そんな興を削ぐような行いをする気などない。


「ま、どうなるにせよ、面白くなることは必定。そこに邪魔が入らないようにするのがテメェたちの務めってやつだ」

「逃げましたね。……まぁ、良いでしょう。あなたの言うことが正しいのも事実でしょうし」


やれやれと言った様子でため息をついたジスの手には何時の間にやら純白のタワーシールドが握られている。

ジスの二つ名である『無垢なる巨壁』の名の元となった大盾だ。

自らが自らに誓ったことを破らない限り、絶対に砕けることも傷つくこともくすみができることもないと言われている、純白の盾。

その盾にジスが誓ったことは、自分の大事なものを守り抜くと言うこと。自分の背後にいる人間に絶対に傷を与えないと言うこと。

シンプルであるが故に、護るのが簡単。

シンプルであるが故に、揺るがない。

シンプルであるが故に、折れない。

単純で短絡的であると言うことがジスの強み。

彼を曲げることなど誰にもできはしない。彼を歪めることなど何にもできはしない。

グローリアたちがそんな毒にも薬にもならないような会話をしていると、睨みあったままに殺気を放っていた宴が口を開く。


「……もう一度行ってみろ」

「何度でも言うたるわ。異人種なんぞ魔獣と大差あらへん」

「……オレを馬鹿にされていると言うだけでも不愉快だ。……だが、それ以上にオレたち異人種を魔獣と一緒くたにしたと言うことが不愉快で極まりない」

「そうやってすぐにキレるところもまた魔獣臭い言うんや。ヒト種だってんなら、もっと理性的になりぃや」

「……自らと、仲間を馬鹿にされたことを無視することが理性的でヒトらしい行為だと言うのなら、オレは魔獣で結構だ」

「お、自分が魔獣だってこと認めるんか? なら、ワイがここで殺したるわ。いや、魔獣いうんなら討伐か? ま、どっちでもいいわ。かかってこいや」


スペンサーが手のひらを上に向けて手招きするようにして宴を挑発する。

宴は普段であれば、こんな解りやすい挑発に乗るような性格はしていない。

今はこんな感じになってしまっているが、宴は自分が自分でなくなることを嫌う人間だ。

解りやすく言うのなら、怒りなどの強く大きな感情は自らを自ら足らしめるために不必要だと思っているタイプなのである。

持っている異能のせいかもしれないが、理性をことさらに大事にする女だ。

そんな宴は現状頭に血が昇っている。

それだけならまだしも、今は自前の酒瓶の酒を飲んでいる。

端的に、今の宴には理性など期待するべくもないと言うことだ。


「……くたばれ!」


声を自らの後方に砂塵と共に置き去りにしながら宴はスペンサーに対して殴りかかっていく。

地を蹴る脚は地面を削るほど。一歩大地を蹴るたびに、大きく地面はめくれ、轟音と土煙を辺りにまき散らす。

圧倒的な速度と鬼人種の腕力から繰り出される拳を真正面から受ければ、ただでは済まない。

最悪、人としての形すら残さない可能性は低くない。

だというのに、スペンサーは回避行動を取ろうとはしない。

スペンサーに限って、宴の動きを認識できていないなんて言うことはないだろう。

ならば、スペンサーにはどんな考えがあると言うのだろうか?

宴にはスペンサーの考えはわからなかった。

たった一つの事実としてあるのは、一瞬後には唸りをあげている宴の拳がスペンサーの顔面に直撃すると言うことだけだろう。

ガゴッッッッッ!!!!

ものすごい音と共にスペンサーの左頬に宴の右こぶしが叩き込まれる。

加減も何もないような本気の宴の拳。鬼人種と言う種族的ポテンシャル+宴の異能の効果で底上げされた腕力。

そんなものを受けたスペンサーは地面を幾度もバウンドしながら飛んでいく。

轟音をあげながら、道の先にあったレンガで出来た家の壁に直撃することで止まる。

地面を抉りながら吹き飛んでいったおかげか、壁をぶち破るほどの勢いはなかったようで、ぶつかった壁は壊れてはいない。少し揺らいでいる程度だろう。

壁にあたった衝撃と、地面を削っていったせいで周囲は砂塵が舞っていて、スペンサーがどうなったのかを視認することはできない。


「アレは……死にましたかね」

「だろうね。ものすごい音だったし。良くても頬骨が粉砕骨折? ま、普通に考えて頭蓋骨が粉々だと思うよ?」

「でしょうね。生きている可能性は考慮に入れる必要はなさそうと言うほどの勢いでしたし。よしんば、殴られた時に頭蓋骨が壊れていなくとも、その後に地面を削っていったのが致命傷になりそうですしね」

「うん。生きていたらそんじょそこらの魔獣よりも生命力が溢れてるってことになるよね」


少し前まで話していた相手が無残に死んでいるかもしれないと言うのに、話しているジスとチスパの声音には特に何かを感じている様子はない。

話し合いをしていたと言っても、死に感慨を抱くほどの付き合いでもなかった。

それに、人の生き死にをまともに悲しんでいられるほど二人にまともな神経は残ってはいなかった。

これが良くも悪くもギルドの団長は皆頭がおかしいと言われる所以である。


「どうするのですか?」

「何がだ?」

「あのスペンサーさんの事ですよ。同盟ギルドの長が一人死んだって言うのは問題ではないのですか?」


ジスの心配も尤もと言えた。

単独で会議に行った団長の死体が上がったとなったら、普通に考えて《セレーノ》と《悪鬼と妖精》の間で抗争が起こってもおかしくはないだろう。

それを心配したジスの言葉だった。

だが、水を向けられたグローリアの反応はジスの予期したもののうちのどれでもなかった。

グローリアはとても愉快だと言うように、ケタケタと特徴的な声を上げて笑い出したのだ。


「何がおかしいのですか?」

「いや……これがおかしくてなくて何をおかしく思えって言うんだ。ジス」

「? グローリア、頭がおかしくなっちゃったの?」

「お前はもう少し歯に衣着せると言うことを覚えろ。チスパ」

「し~らな~い」

「それで、何があなたの笑いを誘っているのか、お教え願えますか?」

「あぁ。テメェが面白いと思ってるのは、この程度でスペンサーが死ぬと思ってる辺りだ」

「え?」

「この程度で死ぬというのなら、テメェはもう幾度もあいつを殺してるよ」


意味が解りません。

そうジスが言葉を紡ごうと口を開いたとき、一陣の風が吹いた。

風が、スペンサーが飛び込んで行ったことによって発生した砂塵をすべて散らしていった。

そこには死体があるはずだ。無残に頭が破壊された、ないしはボロボロになっている死体があるはずだと思っていた。

そこにはジスとチスパ、そして殴った本人である宴が想像していたものは何もなかった。


「……カカカ。効かへんわ」


砂塵が散らされた後にそこにいたのは、そんなことを言いつつ首の調子を確かめるように首を回しているスペンサーだった。吹き飛んでいる間に眼鏡はどこかに行ってしまったのか、さっきまで掛けていた眼鏡はない。

あれだけ地面を転がったと言うのに、スペンサーには砂埃がついているだけだ。その体にはひとつも傷はついている様子がない。

ジスもチスパも驚いたような表情を浮かべている。

だが、この場で一番驚いたような表情を浮かべているのは殴った宴だろう。

宴には手加減をした覚えも手心を加える腹積もりもなかった。

本気でスペンサーの脳漿を弾けさせるつもりですらあった。

それに、酒を飲んでいる今の宴に加減できるはずもない。腹の内で荒れ狂う熱を制御するだけで精いっぱいなのだ。他のことを考えている余裕などあるはずもない。

立ち上がっているスペンサーを見ながら、宴はさっきスペンサーの顔を殴りぬいた右こぶしを見ながら開閉させる。

手応えはあった。しかし、骨を砕いたときのあの感触があったかと問われると、その答えにはノーと答える。

慣れ親しんだ感触は拳には伝わってこなかった。

眉を寄せて眉間に皺を作っている宴に耳にグローリアたちの会話が耳に入ってくる。


「……アレは何なんですか?」

「何、とは? 抽象的すぎるな」

「はぐらかさないでください。生きている程度ならまだしも無傷と言うのは流石に異常です。無傷でいられるような威力ではなかったはずです。そのぐらいは端から見ていた私にもよくわかる」

「そうだな。あんなのを正面から喰らって生きてられるやつなんざいないだろうよ」

「そうでしょう? ならば、アレは何なんですか? 幽霊とでもいうつもりですか?」

「非論理的だな。もっと現実を受け入れろ。それに、解らないからと言って何でもかんでも人に聞いてれば答えが出るとでも思っているのか? お前は親鳥が口元まで餌を運んでくれるのを待っているひな鳥か? 自分で考えると言うことを覚えろ」


答えを言おうとはしないグローリアに、聞き耳を立てていた宴は少しだけ苛立ちを覚える。

グローリアと言う男の性格が歪んでいると言うことは以前から知っていることだ。

今更気にするようなことでもない。


「ヒントぐらいはくれてやるから、自分で考えやがれ。……この世界には、論理も常識も覆すようなものがあるんじぇねぇのか? テメェたちの身近によ」


自分たちの身近にあって、常識も論理も覆すようなもの?

宴の脳に一つだけ答えが浮かんだ。

それは……


「……異能か」

「正解やで。これがワイの異能『死の無い行軍ゼロデスマーチ』や」


宴が考え込んでいる間に移動してきたのだろう。宴の目の前には悪戯に成功したと言うように、楽しげな表情を浮かべたスペンサーが立っていた。

スペンサーが言っていた異能が正確にはどういう効果を及ぼすものなのかと言うことは宴にはわからない。だから、ここで効果がこうだと決めつけて動くのは愚策だろうと、腹の中で燃え盛る炎を抑え込みながら宴は考える。

断言はできなくとも大まかに予想することはできるので、それを参考に動くことにした。

今はなった拳も、さっき三階から叩き落としたのも、冷静に考えて致命傷になってもおかしくない攻撃だ。

だと言うのに、スペンサーは平然としている。それどころか、ダメージを負った様子もない。

それからダメージ遮断系の能力だと当たりをつける。


「……最悪の相性じゃねぇか」


宴の持っている異能は純粋な肉体強化系の異能だ。

リスクを背負う代わりに自分の肉体能力を底上げする。突き詰めてしまうと、たったそれだけの異能だ。

それではダメージ遮断系の異能を持つスペンサーとの相性は最悪と言わざるを得ない。

だとしても宴には引くと言う選択肢はない。

自分から売った喧嘩だと言うこともあるが、あのようにふざけたことを言われたと言うのに少しの報復もせずにあげた矛を降ろすことなどできようはずもない。

そんなことは、何よりも宴自身の矜持が許さない。


「来ないんか? お前のプライドはそんなもんか。拍子抜けしたわ」

「……言っとけ」

「おうおう、言うたるわ。キレたっちゅうのに、相手を警戒して動けなくなるんは馬鹿以外の何者でもないやろ」

「……安い挑発だな。……だが、それにのってやるよ」


挑発された宴は今の言葉を挑発だと理解したうえで、その挑発に乗る。

考えても解決策が浮かぶはずもない。

ならば、無為に時間を使うよりも、無駄だと理解したうえで殴っていた方がましだ。

手に持っている酒瓶の中身を呷り、体の中で荒れ狂っている炎に燃料を投下する。

地面を抉りぬくほどの力で駆け出す。

つい先ほどと何も変わっていない身体能力に任せたフェイントも何も混ぜない愚直な突進。

避けられないなどと頭の悪いことを考えているわけではない。

ただ、荒れ狂っている炎が無駄に凝った行動をすることを許してはくれないのだ。

炎は宴が生み出し、宴を食らおうとする炎。この炎に飲み込まれたが最後、今の宴は死んでしまうことだろう。

それでも、炎に身を焦がす以外の選択肢が宴にはない。

一度焚いてしまった炎はそう簡単には消せはしないのだから。

一瞬でスペンサーの眼前に肉薄すると、酒瓶を握っていない右手で作った握り拳をスペンサーの顔に向かって振るう。

先程殴った時と同じようにスペンサーは全く反応できていない。

焼き増しのような光景が広がるかとも思ったが、そんなことはなかった。


「何べんもただ喰らってやると思うなや!」


拳に合わせるようにして、拳に対して頭突きを放つ。

勢いが乗り切る前のところで拳に頭が当たったせいでそれほど威力は出ていない。

とはいっても、鬼人種の腕力は亜人種どもと比べても劣るものではない。それどころか、力だけで言うのなら龍人種以外には負けはしないほどのものだ。

その腕力に異能でブーストまで掛けているのだ。押し負けるはずはない。

そう宴は考えていた。

実際にぶつかってみるまでは。

大音量の打撃音と共に、周囲に衝撃が撒き散らされる。

その衝撃波は土と砂を広範にわたって吹き飛ばすほどの物だ。

宴の視界の端に映っているグローリアとジスは平然と衝撃波を受け流しているが、見た目からして体重が軽いチスパは軽い悲鳴と共にコロコロと転がっている。

衝撃波だけでも周囲の人間を吹き飛ばすほどの一撃。

だと言うのに、宴の目の前にいるスペンサーは……そう目の前にいるのだ。

足元には若干地面を削って後退したような跡こそあるが、それだけだ。吹き飛んではいない。

傷ついているようには見えず、痛みを感じているようにすら見えない。


「……化け物が」

「あン? 鬼人種って言う化け物から派生した化け物がそれを言うんか? 同族嫌悪って奴かいな」

「……死ね」

「死んでやるかい!」


その言葉を最後に戦闘とは呼べないような、喧嘩と言ったほうがずっとしっくりくるようなものをスペンサーと宴は始める。

宴がスペンサーを殴りつけ、それをスペンサーが受ける。

言葉にしてしまうと、ただそれだけのことを続けている。

それをやっているのが子供であったのなら、可愛らしいとみていられたのだろう。

だが、それをやっている二人はギルドのトップである化け物だ。

殴り合いの余波だけで周囲にまき散らされる被害は笑って受け流せるようなものではない。

ガキの喧嘩の規模を笑えるほどに高めたものをしている二人をジスとグローリアは軽く笑いすらうかべながら眺めている。


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