喜劇の演者と脚本家
「私たちも参加させてもらいましょうか」
次に参加の意思を表明してきたのはジスだ。
「理由を問うてもいいのか?」
「理由を言わなくてはあなたと共に歩めぬのですか? ……と、言いたいところですが理由を言わせていただきましょう。私もスペンサーと同意見です。あなたに死なれるのは私たち《不倒の城壁》にとっても不利益です。そして……私はあなたのことを存外気に入っている。私の自由にあなたは必要なのです。これで理由にはなりませんか?」
「……男からの求愛なんて気色が悪いな」
「私だってあなたと心中するつもりなど毛頭ありませんよ。私には心に誓った相手もいることですしね」
そう言っておどけるように肩を竦める。
次にチスパが手を挙げた。
「はいはーい! ウチもその連合ってやつに混ざるよ!」
「理由を……」
「ウチは空が好きだから!」
「……理由になってねぇよこの飛行性愛者が」
「酷い呼び方ぁ。でも、ウチらしくていいね」
チスパも楽しそうに笑っている。
この女には本当に何も深い考えなどないのだろう。
自分で言ったように、空が好きだから。これがチスパの理由なのだ。
それだけできっと十分なのだ。
グローリアは意思の確認の意味を込めて無言を貫く鳶に視線を向ける。
さっきグローリアが自分の心中を語っていた時にはおいていたペンを手に持って、設計図を書く作業に従事している。
向けられている視線にも気づいてはいないのだろう。
だが、そんな鳶はたった一言分だけ口を開く。
「私たちも参加するね」
その言葉を吐いている間も鳶は設計図を書く手を止めなかったし、吐いた後も熱心に設計図を書くだけだ。
そんな鳶にグローリアは深く追求しない。
どうせ追及したところで聞いてなどいないだろうし、理由など答えないだろう。
この女は究極こちらのことなどには興味がなく、話の流れなど関係なく言っただけなのだろう。
それでも、こいつは自らの口から出た言葉を破るような不義理なまねはしないだろうから、その一点においてだけは信用できる。
「それじゃ、最後に。……宴。お前はどうする? テメェは強制するつもりも、この場の流れに従えと言う気もない。お前は、お前たちはどうしたいのかを教えてくれ」
「……オレはパスだ」
「理由は? さすがに理由もなく拒否と言うのは気分がよくない」
「……単純だ。……オレたちは、貴様ら亜人種を信用していない。……グローリア、貴様は我々には盟を同じくすることは不可能だが、同じ方向を向くことは可能だと言ったな」
「あぁ、言った」
「……オレたちは同じ方向を向くことすらできん。……それに貴様ら亜人種は、異人種であるオレたちが隣にいることをとても嫌うだろう。……オレたちもお前ら亜人種など大嫌いだ。……だから、オレたちはその連合とやらからは降りさせてもらう」
「ふむ。それも一つの選択だ。その選択する自由をテメェは尊重しよう」
グローリアは最初に言った通り、この同盟に誰かを、何かを強制するつもりは全くない。
自分の自由のためには他人など知ったことではないと言うグローリアではあったのだが、ここに集まった同盟ギルドの長たちは知らぬ仲という訳でもない。
流石に、そんな奴らと関係を悪くしたくはなかった。
それにグローリアは亜人種と異人種の確執についても人並み以上には知っているつもりだ。
宴の亜人種嫌いについても。
そんな亜人種嫌いの宴がグローリアも含めた異人種のいる会議に参加したと言うだけでも十二分に重畳と言えるだろう。
「……これで話は終わりか、グローリア」
「そうだな。テメェからはこれ以上話すこともないし、宴を止める理由もない」
「……ならば、オレはここで帰らせてもらうとしよう。……亜人種どもと同じ空気を吸っていると言うだけでも幾分不愉快だ」
「好きにしろ。テメェは止めない」
「……邪魔したな」
宴は立ち上がると、踵を返したった一つしかない扉に向かって歩き出した。
その背をグローリアは声を上げることこそないが、ケタケタと効果音が聞こえそうな笑みを浮かべながら見送っていた。
だから、チスパはグローリアが宴に対して何かをするのか、何かをしかけているのかと勘繰ったのだが、それは違った。
帰ろうとする宴を呼び止めたのはチスパからすると意外な相手だった。
「さっすが異人種やな。空気も読めへんで自分の考えだけを押し通そうとするとは」
その言葉は呼び止めようとして発せられた言葉ではないのかもしれない。
だが、宴はその言葉を聞いて足を止める。結果として、宴の足を止める程度の効果がその言葉にあったのは確かなようだ。
言葉を発したのはスペンサーだった。
宴はスペンサーを睨みつけているが、スペンサーはそんな宴の視線など気にした様子もなく、素知らぬ表情をしている。
「……どういう意味だ」
威圧感を伴う声で宴がスペンサーに問いかける。
微量にではあるが殺気と怒気も混じっているようで、室内の空気が少しだけ重くなったように感じる。
まぁ、感じるだけであって特に何の問題もない。この程度の威圧感で体の自由が利かなくなっては戦場で生きてはいけないし、気にするほど繊細な人間ではギルドの長などできない。
正面から威圧されているスペンサーはと言うと、やはり素知らぬ表情をしている。
表情を崩すこともしないままに口を開く。
「言葉通りの意味や。この場はグローリアの提案した連合に賛成と言う方向で話がまとまりかけとんのに、ガキみてぇな理由で拒否しよる。それが不愉快だったってだけや」
「……オレはその連合とやらに参加する義理もなければ、強制される謂れもない。……貴様の言葉はただただ不愉快だ」
「それが空気も読めてへんって言うてんねん。自分の感情で利を見捨てる言うんは、ガキ以外のどんな言葉で表しぃゆうんや」
「……貴様はオレに喧嘩を売っているのか?」
「他に何に聞こえるって言うんや? 寧ろ、他があるんなら聞かせてほしいくらいやで」
宴が明らかに苛立っているようで、さっきから放出している威圧感に含まれるさっきの割合が増えているような感じがする。
それに中てられるようにして、スペンサーの方も若干ではあるが不愉快さをにじませ始める。
そんな二人を見守っているグローリアの顔には愉快そうな笑みがはっきりと浮かんでいた。
その笑顔に嫌なものを感じたチスパは静かにグローリアの下に近づく。
「グローリアグローリア」
「何だ? チスパ」
「何で笑ってんの? 何か楽しいことでもあるの?」
「これが楽しくなくて何を楽しめと言うのだ? テメェの想像通りに話が進んでいる。こんなの笑わずにいられるかよ」
「あぁ……やっぱりさっきの発言はそのままの意味ではなかったのですね」
チスパたちの会話にジスも混ざってくる。
ジスの顔にはわかりやすい苦笑が浮かんでいる。
「別に何も含むところはないさ。テメェは止めない。それだけだ」
「それはスペンサーさんが動くと分かっていたからでしょう? あなたは本当に良い性格をしているようだ」
「褒めるなよ」
「決して褒めてはいないのですがね」
「? どゆこと?」
「簡単な話ですよ。さっきグローリアさんは、自分は止めないと言いました。ですが、それはあの鬼人種の方が連合に入らないのを容認したと言うことにはならないのですよ」
「? ?」
「……やっぱりチスパは馬鹿だな。そこが面白くもあるのだが」
ジスの説明を聞いてもキョトンとした顔のままに首を捻るだけで要領を得ないチスパの姿を見たグローリアはケタケタと特徴的な笑い声をあげながら笑っている。
チスパ・アルコンと言う女は、空を飛ぶことしか興味がない。飛行性愛者とか、飛行馬鹿とかいうあだ名がつけられるような女だ。
だが、チスパはそれでいいのだとグローリアは考えている。
全方向に対して平均的な性能を発揮できる人間などよりも、何か一つに特化していてそれしか行えない代わりに、その一点に関してだけは誰にも負けないと言うような人間のほうがグローリアと言う個人としては好みだった。
それに憧れもしていた。
グローリア自身は、自分が絶対にそうなれないと思っていたから。
「ま、言っちまうとだ。テメェは宴には絶対にこの連合に入ってほしい。それにはテメェ如きの言葉では軽すぎる。だから、言葉の重い奴に代役を頼んだってわけだな」
「その言葉の重い奴って言うのが……」
「あぁ。スペンサーだ。あの馬鹿はテメェの知る中では、相当に人の心に言葉を響かせることのできる人間だからな。……良くも悪くも」
「それってどういう……」
グローリアの言葉の真意が理解できなかったチスパがまた聞きかえそうとしたときに、状況が動いた。
スペンサーが決定的な言葉をその舌から紡いだ。
「所詮、異人種なんざ魔獣と大差ないわ。同じような化け物や」
「…………」
気が付いたら、爆音とともに宴の脚の下にあった床が爆ぜ飛んでいて、宴の姿が掻き消えていた。その直後に、大きな打撃音が二度響き、壁が壊れてスペンサーと宴の姿がこの会議室の中から消えている。
尋常ならざる動体視力を持つジスとグローリアには今の一連のことが見えていた。
まず、スペンサーの言葉を聞いた瞬間に宴が腰を下げて床を破壊するほどの力をこめて飛出し、その進行上にいたスペンサーを思いっきり殴り飛ばす。
スペンサーの体が壁に激突した瞬間に、スペンサーの腹にもう一撃拳を叩き込む。この二撃目で壁が崩壊し、スペンサーと宴が外に飛び出していった。
言葉にするとこの程度のことでしかない。
「流石に鬼人種はすごいな。尖角種からの派生進化と言われるだけある」
「とりあえず、私たちも追いますか」
「そうだな。ほれチスパ。呆けている暇があるのなら、下に降りるぞ」
「え? え? え?」
話しすら呑み込めていなかったと言うのに、目の前で認識を超える速度でよくわからないことが起こったのだ。チスパのようになるのが普通だろう。
だが、呆けてもいられない。
これから起こるのはグローリアが望んで起こした面白いことだ。
それを考え付いたグローリア自身が見ないなどと言う思考はグローリアには存在しなかった。
さて、どう転ぶかな。
ここまでは想定通り。
ここからはもう脚本家の手から離れている。
役者たちのアドリブにでもかけることにしよう。
きっと、どうしようもないほどに面白い喜劇になるのだろうなと言う確信にも似た何かをグローリアは感じていた。
この次の話から隔日投稿になると思います。




