提案(強制)
グローリアの先導で入った部屋は中央に円卓が置いてあるだけのシンプルな部屋だった。
外に繋がっているのは、今入ってきた入口と対面するように備え付けられているハメ殺しの窓だけである。南側を向いているこの窓からは、普段であればこの時間には暖かな南日が差し込んでいるのだろうが、生憎の曇りである今日はそれが見えなかった。
自分以外の五人がしっかりとは言ったことを確認してから、グローリアはしっかりと入口の扉を閉める。
外には念のためにウルヴァーンを立たせてある。
万に一つも外に情報を漏らしたくはなかった。
「それでは改めて……呼んでもいねぇのによく来たな」
「開口一番皮肉かいな。ホンマにグローリアは歪んでんのぉ」
「ほっとけ。お前に言われずとも知っている。……それで、今回お前らがわざわざ呼んでもいねぇのに人様のギルドをボロボロにしてくれたのは言いたいことがあるからだろう。その言いたいことってのは、東と北に関することで異論はないな?」
スペンサーも含めた五人は静かに首肯する。
実際にその情報を手に入れたからグローリアと話をしようとここまで足を運んだのだ。
「今回の情報は一人で抱え込んでいいような内容でもありませんしね」
「そうだよね! こんな面倒くさいことはグローリアにも聞かせて責任を押し付けるのが一番いいからね!」
「……私はそこまでは思ってはいませんが」
「本音が出やがったなチスパ」
「しまった!」
ジスは苦笑を、グローリアはジト目をチスパに向ける。
自分の失言に気付いたチスパは大げさに頭を抱える。
面白いぐらいにオーバーリアクションなチスパは良くも悪くも場の空気を換えてくれるからいい存在だ。
チスパの行動のお蔭でたった一人以外の周囲には弛緩した空気が漂っている。
まぁ、その一人のせいで部屋の中の空気は重いのだが。
「チスパは後でシバく。それは別として、どう思う?」
「てぇと?」
「東と北の動きだ。確実にウチとか南とかに対する宣戦布告と同意義だろうよ」
「やろな。でなきゃ、こんなに情報は出回らんわ」
「ですね。隠す気もないと言うよりかは、敢えて情報を流しているような節すらあります」
「その心は?」
「ウチのギルドは基本的に情報収集をあまりしませんからね。そんな私たちの下にも風の知らせが届くのならば、それほどの事なのでしょう」
「少しもしないの?」
「最低限はしますよ。ですが、最低限です。こんな大陸の趨勢に関わってくるようなレベルの情報は集められるはずもありません」
「少しは情報収集しろよ」
「生憎と人手不足なもので」
ジスはやれやれと首を振る。
それは自分たちだって困っているのだと言うポーズだろう。
だが、それがポーズだと言うことをグローリアは知っている。
ジスたち《不倒の城壁》は自分たちの行動を制限しないために、敢えて集める情報を制限しているのだ。全体的に防御特化系統の異能を持っている人間が多い《不倒の城壁》ならば、それでも対処しきれるからだろう。
随分と驕った発想だ。
それでも、傭兵としての質は高いと言うのだから納得が行かない。
「それにしても、やな。ワイらはこうやって話し合いに興じているわけやけども、他の奴らはどうしているんやろうな? 大手の奴らが何の手も打たんとは考えにくいわ」
「それには同意だな。あのクソどもにだって、今回のことがヤバいと認識できる程度の脳は備わっているはずだろう」
「では、何をしているのでしょうか? 何か知っている方はいませんか?」
ジスの問いかけに一人を除いた皆が一様に首を振る。
ここにいるのは中小規模のギルドのトップたちだ。
普段であれば、最低限ぐらいは大手ギルドのことも視野に入れているのであろうが、今回ばかりはそれが疎かになってしまったらしい。
それはグローリアたち《セレーノ》も同じだった。
北と東の同盟と言う情報の真偽だけを突き詰めて調べた結果、それ以外の情報を集めている余裕がなくなってしまったのだ。
「いつも通りであれば、傲岸不遜に笑っているところだろうな。せかせかと対策を練っているテメェたちを嘲りながら」
「でも、今回はそうもいかなくない? 大手ギルドって言ったって、所詮は西の中ではって話でしょ? 他所の大陸と張り合えるような規模のギルドなんてないじゃん」
「一つだけあるで」
「どこ?」
「《黒鋼旅団》や」
「……あー」
「ですが、あそこは規模が大きいと言うのとは違いませんか?」
「そうだな。ただ、化け物の集団ってだけだ」
《黒鋼旅団》というのは、西大陸でもトップクラスの実力を持っているギルドだ。異能者だけで構成されている《黒鋼旅団》は《セレーノ》の上位互換のようなギルドだ。
戦闘に関する異能者が多くおり、それぞれがそのジャンルにおいては最高クラスに部類される。言わば、全方位極特化型ギルドともいえるような想像の範疇に収まらないような化け物ギルドだ。
人数こそ三十人前後らしいが、その戦力は東の四国の一つと正面から争っても引けを取らないほどではないかと言われている。
「たぶん、あいつらは今回積極的には動こうとしないと思うぞ」
「何でや? グローリア」
「今は夏直前。もうそろそろ夏至だ。あの化け物の異能を抑え込むのに手いっぱいになる時期だろう」
「あぁ~、せやなぁ。夏至と冬至には動かれへんってのがあのギルドの弱点らしい弱点やなぁ」
「動かれたら困るだろう? それに、それぐらいの代償が無くてはあのレベルの異能は発現しないだろう」
「だよねぇ」
最強と呼ばれる異能を持つ《黒鋼旅団》の団長は、夏至と冬至にその異能が最高になると言う時期によって能力の強さが大きく変動するタイプの異能者だ。チスパの異能もこれと同じジャンルに分類される。
発動に対価が必要なもの、発動後に何かを失うもの、制御が安定しないもの、使用回数に制限があるもの、ある一定のタイミングでないと最高のパフォーマンスを発揮できないもの。
そう言った制限のある異能は、その制限を超えて余りあるほどの効果を持っている。
効果が強大になればなるほどに、制限もきつくなる。
裏を返すと、制限もないような異能は大した効果ではないのと同義なのだ。
「また不毛の地が増えんのか?」
「そうはならへんやろ。あいつんとこのギルドもやっと安定してきたみたいやしな。それに……あのギルドのホームは荒野のど真ん中。被害は広がりはせんやろ」
「それならいいのですけれどね……」
「そうそう。そんなことよりも、今はこれからウチたちがどうするかでしょ?」
「ほぅ……」
チスパの発言にグローリアが意味ありげな吐息を漏らす。
それに対して、チスパは首をひねりながらグローリアを見やる。
今の吐息の意味が上手く測れなかったのだ。
グローリアはその視線を受けて驚いたように言葉を漏らす。
「……あのチスパが真っ当なことを言うとはな。頭大丈夫か?」
「何でウチがちゃんとしたこと言ったら頭の心配されなくちゃいけないのさ! グローリアはもしかしてうちのこと馬鹿にしてんの!?」
「もしかしなくても馬鹿にしている。今頃気づいたか。そのことに驚くが」
「うきーー!」
「喚くな。鬱陶しい」
猿のような奇声を上げるチスパのほうを見すらせずに、グローリアはてきとうにあしらう。
そんな態度にチスパはさらに喚きたてるが、もうグローリアの聴覚はチスパの声を捉えてはいない。
便利な聴覚である。
「それで? グローリアはどうしたいんや?」
「どうしたい、とは?」
「グローリアの事やからなんか考えてはいるんやろ? それを話してみいや」
「そうですね。私もその意見に賛成します。グローリアさんの考えていることであれば聞く価値はあるでしょう」
「あ、ウチも~。グローリアの考え聞きたいかも」
スペンサーたち三人の発言を聞いたグローリアは首を左右に振る。
こいつらはいつもいつも自分のことを同じてこんなにも過大評価しているのだろうか?
グローリアにだって何も考えていない時だってあるし、寧ろ何も考えていない時の方が多いのだ。
「お前らは……テメェがいつもいつも面倒なことを考えていると思ってんのか?」
「おう」
「えぇ」
「うん」
「…………クソどもが」
「別に何の理由もないってわけやあらへんで? ワイにはそう考えた理由はある」
「聞かせてもらおうじゃないか」
「えぇで。さっきグローリア言っとったやろ? 『同盟ギルドの奴らと話そうと思ってた』って。あのグローリアが会談を考えとるのに何も考えてへんなんてことあるはずがあらへんわ」
「……過大評価も甚だしい」
「ですが、外れてはいないでしょう? グローリアさん」
「…………ちっ」
別に、話がいい感じになってきたら話そうと思っていた考えはグローリアにはあったのだ。
だが、今言ったらこの馬鹿どもに誘導されて違和されたような形になるので、それだけがグローリアには不満なのだ。
その不満が形になって口から出たのが今の舌打ちだった。
逃げと言うことにはなるかもしれないが、グローリアはこの流れを断ち切るような方法を思案する。
そして、ここに入ってから一言も口を開いていない二人に目をつける
「鳶。お前は……」
「好きに言えばいいね。聞いていてはあげるから」
顔も上げずに話せと言ってくる。
クソが。縁の今の興味は手元に広げられている設計図にしか言っていないらしく、こちらには全く興味を抱いていないようだ。
それでも、話だけは聞いているのが腹立たしい。
最後の頼みの綱と、腕組みしてしかめっ面をしている宴に顔を向ける。
「……勝手に言えばいい。……オレは、止めはしない」
「…………そうかよ」
完全にグローリアの退路が絶たれた形となってしまった。
どうすればこの空気を奪回したうえで自分の案を話すことが出来るのだろうか?
チラリとスペンサーたちのほうに視線を向けてみると、スペンサーたち三人は無意味に慈愛に満ちた表情を浮かべていた。
実に腹立たしい。
グローリアは深いため息を一つついた後、大きく舌打ちをする。
そして、立ち上がると口を開く。
「お前らに促されたから言うわけではない。それだけは覚えておけ」
「わーったわーった。御託はええから、さっさと言いや」
「チッ! ……テメェができるのは提案だけだ。テメェから案を出してそれに従わせるのは西らしくない」
そこで一度言葉を切り、周囲の馬鹿どもの顔を見回す。
馬鹿どもは、当然だと言う顔をしている。
その確認をした後で、改めてグローリアは自分が考えていたことを提案する。
「テメェは西大陸のギルドで連合を組むことを提案する」
強制的に言わされるほうです




