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Lord to Gloria  作者: 頭 垂
第二章 機械バカと愚者と
35/49

一閃

「殺す!」


怒りをもう留めていることが出来なかったグレゴールがまたも愚直な突撃をしてくる。

今度はさっきのようなこちらの実力を測ると言うような意図は感じられない。

完全にグローリアのことを殺す気で来ている。

自分の目論見が成功したことに安堵しながらも、気を引き締める。

ここからは、一瞬でも気を抜いたら胴体のどこかを持っていかれる。

グレゴールの腕力に物を言わせたラッシュ。

一瞬の間すらなく、バトル・アックスが振るわれる。

一分の隙間もなく、バトル・アックスがグローリアの体を抉りぬこうと迫ってくる。

そのすべてをグローリアは一つ一つ丁寧に払っていく。

上段からの振り下ろしは受け流し、下段からの振り上げは体をずらして避け、脇からの薙ぎ払いは屈みこみ、袈裟懸けの切り込みはバデレールで辛うじて打ち払った。

どれだけ続けてもグレゴールの攻撃の手が止むことはない。

龍人種の中でも特異である人龍。回避能力や小回りが利くと言う以上に、燃費がいいと言うのも利点に上げられる。

小さい分だけ燃費良く動くことが出来るのだ。

時間が経つにつれ、徐々に徐々にグローリアが押され気味になっていく。

最初のような完璧なほどの精密性は最早ない。

辛うじて避けることも流すことも出来てはいるが、もう両手に握っているバデレールはボロボロになってしまっている。このままでは折れるのも時間の問題だ。

バデレールよりもグローリアの腕のほうが先に限界を訴えてきていた。筋肉は痛みを伝えてくるし、骨は軋み音を上げる。

それでも、グローリアは退かずに所々で的確にカウンターを入れている。

カウンターは入っているのだろうが、大した意味を成していない。カウンター気味に振るったバデレールはその強固な鱗に阻まれてしまうし、その鱗と鱗の間に刃を滑り込ませようにもそこまでの余裕があるわけでもない。

カウンターに移れるタイミングは本当にほんの一瞬だけ。

その一瞬で斬りつける程度はできるが、小さな隙間を狙うほどではない。

それに、バトル・アックスが当たってはいないと言っても、グローリアが無傷という訳ではなかった。

バトル・アックスが巻き起こす旋風を体に受けているので、それが簡易的な鎌鼬のようになっり、グローリアの体を引き裂いていくのだ。

全身にできている細かな傷はもう数えきれないほど。

傷から血が流れ出ている。出血量から自分の限界がどの程度なのかをグローリアは冷徹に計算していた。

このままの出血量で行くと、あと十分持たずに失血死。

出血量がそれほど多くないのが幸いしているが、止めなければ不味いだろう。

仮に勝てたとしても、ここに輸血できるようなものもないし、即座に傷をふさいで出血を止める手段があるわけでもない。

そこから計算するに、快癒できる活動限界は十分。

それ以上は、死神の手が近づきすぎる。

気を引き締め直したとき、グローリアの脚が一瞬だけ揺らいだ。


「っ……!」


自分で考えているよりもずっと出血量は多かったのだろう。

そして、極限の状況下では一瞬で勝負が決する。


「もらったぁ!」


歯を見せて獰猛に笑ったグレゴールがバトル・アックスを袈裟懸けに切り込む。

狙いはグローリアの顔。位置的にも体勢的にも避けるのは難しい。

かと言って、武器で流すとしても流している途中で吹っ飛ばされるだろう。弾くにしても、力が足りな過ぎる。

一か八かに賭けたグローリアは、下側から思いっきり振り上げたバデレールをバトル・アックスにぶつける。

左手のバデレールの刀身が砕け、右手のバデレールは大きな罅が入ったが辛うじて残る。

さらに、右手の骨が何本か逝った。

それほどの対価を払っても、五センチ前後しかずらすことはできなかった。

だが、その五センチは生死を分ける五センチだ。

首をそらし、体を必死に限界を超えて駆動させることで予測される剣閃から体をそらす。

グローリアの頭のすぐ横をバトル・アックスが通る。

バトル・アックスが空気をかき乱したことによって、バトル・アックスの後から豪風がグローリアにぶち当たる。

揺らいでいる脚では踏ん張ることもできずに、吹き飛ばされる。

何とか空中で姿勢を制御して足から着地するが、無傷という訳にはいかない。膝をついてしまう。


「っ……!」


痛みによって叫びだしたくなるのを口の中でかみ殺す。

風だけで頭がずいぶんと揺れたらしく、三半規管もボロボロ。即座にさっきのような高速戦闘に復帰するのは不可能だろう。

その時、グローリアの前に黒い何かが落ちた。

見慣れたそれは、グローリアが今日つけていた替えの眼帯。

左手で慌てて右目を押さえる。それと一緒に感触を探るが、帰ってくるのは皮膚の感触のみ。慣れた眼帯の感触はない。

落ちた眼帯を手に取ってみるが、紐が数か所ちぎれていて、また付け直せるほどではない。


「…………」

「もうへばったのか? 存外に持った方だが、この程度だったらただの蛮族だろ」


俯いているグローリアの下に、勝利を確信したようなゆっくりとした足取りでグレゴールが近づいてくる。

それを理解したグローリアは俯きながらよろよろと立ち上がる。

グレゴールの目には一瞬だけ、グローリアの手の中にあるバデレールの刃が光を放ったように感じられたが、気のせいだと断じ、その考えを捨てる。

ニンマリと笑みを作ったグレゴールはバトル・アックスを振り上げる。


「じゃあな、蛮族」


振り下ろされるバトル・アックス。

グローリアは顔をあげ、バデレールをバトル・アックスの軌跡に沿って振る。

振っている時に、グレゴールがグローリアの顔を除く。その右目が一瞬だけ、光を反射して硬質な輝きを放った。

キン。ドズン。

軽いうち合わせるような音と、大きなものが落ちる音が響く。

前者はグレゴールの持っていたバトル・アックスの大きな刃が半ばから断たれた音。

後者はそのバトル・アックスが地面に落ちた音。


「な……」


勝利を確信していたグレゴールは驚きに表情を歪ませる。

それに対して、グローリアは右目を左手で上から抑えたうえで、吐き捨てる。


「最低だよ。実に最低な気分だ。それに……驚くほどに不愉快だ」


グローリアの手の中にあるバデレールの刀身が粉々に砕け散る。

その刃はパラパラと地面に落ちる。

グローリアから放射状に殺気が放たれる。

いや、それは殺気などと言う生易しいものではない。一部の度を越した化け物たちのみが放ちうる、鬼気とでも呼ぶべきもの。

いくつもの修羅場を潜り抜けてきたはずのグレゴールの背筋が震えあがり、とっさに背後に飛び退ってしまう。

人龍になったグレゴールは今までに一度も後退したことがない。

どれだけボロボロに傷つこうが。肉体ごと精神も焼かれようが、前進してきた。

そのことによって今まで築きあげられてきたプライドが瓦解する。


「……何者だ。お前は」

「人だよ。この世の中で最も人だ。テメェは同族にあったことがないし、これからも合わない可能性が圧倒的に高いだろう。こんなテメェたちに生きづらい世の中ではな」


何の感情も感じることができない平坦な声。

その底知れ無さが、グレゴールの精神を削っていく。

もうグレゴールの頭の中には戦うなどと言う選択肢は浮かんでいない。

どうすればこの状況から生きて情報を持って帰ることが出来るのか。

ただそれだけを必死に思考していた。

そんなグレゴールを見たグローリアはつまらなさそうにため息をつくと、グレゴールに背を向ける。


「どこへなりと失せろ。テメェも手負いだ。これ以上の無駄な戦闘は御免被る」


無防備な背中がグレゴールの前に晒される。

だが、その背中に襲い掛かる気力はグレゴールには残っていなかった。


「……次は、殺す」

「勝手に言っていろ。テメェはもうお前と戦うのは御免だ」


グレゴールは何処からか一枚の符を取り出す。

その符は宙に放り投げると、青白い炎を上げ、ものの数秒で燃え尽きた。

燃え尽きるころには、そこにあったグレゴールの姿は掻き消えていた。


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