勝ち目の薄い戦い
もう何十度目だろうか?
グローリアのバデレールとグレゴールのバトル・アックスがぶつかり合う。
と言っても、バテレールで正面からバトル・アックスを受けてしまうとバデレールのほうが一撃で折れてしまうので、受け流すようにではあるが。
完全にバトル・アックスを流しきり、グローリアは距離を取る。
バトル・アックスの長さは三メートル超なのに対し、バデレールはたったの五十センチ。
グローリアの主戦術である、敵の攻撃を受け流してからカウンターを入れるには二歩踏み出さなくてはいけない。
二歩も踏み出している間があれば、グレゴールは態勢を整えてまた攻撃を加えてくる。
それの繰り返しだった。
それでも、時々はグローリアのバデレールがグレゴールにダメージを蓄積させている。
それに反してグレゴールの攻撃は全て受け流されて、グローリアにダメージを入れることはできていない。グローリアも一撃貰ったら終わりなので、プレッシャーで精神を削られているが、このままいけばギリギリでグローリアが競り勝てるだろう。
頬を流れる血を袖で拭いながらグレゴールは嗤う。
「蛮族のくせに強いじゃねぇか」
「……豚に何言われたって嬉しかねぇよ」
ダメージ量は確実にグレゴールのほうが多いだろうが、余裕はグローリアのほうがない。
理由は簡単だ。
グレゴールは《十二使徒》としての切り札をまだ使っていない。ここまでは純粋な肉体能力のみでの戦闘だ。
ただの肉体能力だけでグローリアと五分。
グレゴールが本気を出したら、グローリアはあっさりと磨り潰されてしまうだろう。
だからこそ、グローリアのほうが余裕はないのだ。
「……そういえば、まだ聞いていなかったな」
「あん?」
「お前らは、何故に西に来たのだ?」
先ず以て、グレゴールのような大陸最強戦力の一角が他の大陸にいると言うのが異常だ。
各大陸に一定数だけいる最強戦力。各大陸で名前が違い、実力も違うが、すべての最強戦力の実力を足すと大体同じぐらいになるだろうと言う話だ。
その中でも北は十二人と一番多い。だから、遠征をさせられる余裕があると言うのも理解ができる。
理解はできるがほぼありえない話だ。
他大陸に最強戦力を送るなど、大陸間の宣戦布告と変わらない。
それをするメリットがグローリアには感じられない。
この場にいるのは《セレーノ》と《機甲の花園》。どちらも実力はあるギルドだが、規模で言えば中堅を超えることはない。《セレーノ》に至っては小規模に部類される。
そこに《十二使徒》なんて化け物が来た理由がグローリアには考えつかなかった。
グローリアの問いを受けた、グレゴールはバトル・アックスを肩に担ぐ。一時的とはいえ休戦すると言う意思表示なのだろう。
「いろいろ言われた気もするが……よく覚えてねぇな」
「よく覚えていない?」
「あぁ。確か、《セレーノ》が《機甲の花園》と同盟組むのを阻止しろとかなんとか……。他にも人探しだか何探しだかあった気がするが、覚えてねぇよ」
グレゴールはあっけらかんと言う。
自分が西に来た理由など欠片の興味もないようだ。
「同盟組むのを阻止するには、トップ潰しゃいいんだろ? だから、お前を殺せばいんだから楽な仕事だ」
「こういうのはあれだが……何故、鳶を狙わない? トップを潰せば同盟はならん。納得のできる理由だ。ならば、テメェよりも鳶を狙ったほうが楽なはずだ」
「鳶ってのが、《機甲の花園》のボスの名前なのか? ……まぁいいが。理由なんて簡単だよ。抵抗もしないような奴を殺したって何も面白くないだろうが。貴様みてぇな強い蛮族を殺してこそ父なる我が主神もお喜びになるってもんだろ!?」
ゲラゲラゲラゲラ。グレゴールは空に向けて下品な笑いを飛ばす。
自分に痛みが感じることも含めて、今の状況を最高に楽しんでいるものにしか上げられないような哄笑を上げている。
身を削りながら戦闘をする。
それは、グレゴールのような戦狂いにとっては最高に楽しいことなのだろう。
「……不愉快だ。豚、お前はテメェが殺す」
グローリアは戦闘を中断したことによって冷えはじめてしまった体のエンジンをかけ直す。
グレゴールは殺さねば、壊さねば止まらないだろう。こいつはそう言う類の歯車が壊れ、ネジのぶっ飛んだ化け物だ。
そのことを改めて認識し直す。
より思考を先鋭化させていく。グレゴールの体を穿つために。グレゴールの首を切り裂くために。グレゴールを壊しつくすために。
そんなグローリアの気配を感じたのか、グレゴールは一層笑みを深める。
「おもしれぇじゃねぇか! 俺も本気で相手してやるよ!」
そう言ったグレゴールは纏っていたボロボロの礼服を投げ捨てる。
礼服の下から出てきたのは鍛え上げられた肉体。グローリアのように、動きを阻害しないように適度につけられているのではなく、全身を筋肉と言う装甲で覆っているようなイメージだ。
その全身が真っ黒に染まる。
正確に言うのならば、皮膚が黒くなったのではなく、全身に漆黒の鱗が生えたのだ。
ウルヴァーンのような皮膚の下から浮き出してくるような薄そうな鱗ではない。所々からは外側に向いている棘が生え、鋭さを感じさせるフォルムだ。
「クソが」
グローリアは口の中だけで罵声を吐く。
グレゴールがこうなってしまう前にグローリアは片付けたかったのだが、完全に無駄になってしまった。
グレゴールは龍の姿と人の姿を取ることのできる龍人種の中でも、特異な人龍と言う姿を取れるタイプだ。
人のサイズに鱗や牙、爪を生やすことで人のサイズながらに龍の性能を体現した姿。
大柄な龍と同等のパワーを持っているのに、人型特有の小回りも聞くという厄介な姿だ。
完全に人龍になったグレゴールは楽しそうに息を吐きながら、口を開く。
「Ahーーーー。この姿も久しぶりだぜ。最高に気分が良い。さぁ……俺を楽しませてみろ!」
人龍となったグレゴールが突貫してくる。
その突撃のスピードだけでもさっきとは比べるのも馬鹿らしいほどの物だ。
さっきはまともに一撃をもらったら死んだ。
今は、掠っただけでも死ぬ。
緊張感がさっきとは桁違いだ。
それでも、グローリアに退くなんて選択肢はない。容易く逃がしてくれるような相手でもないし、目の前に敵がいるのに尻尾撒いて逃げるのも不愉快だ。
そして……背後に守るべき奴らを抱えているというのに逃げていられるほど、強くも弱くもない。
大振りに、ただ上から腕力と勢いに任せてバトル・アックスを振るだけの単純な攻撃。バトル・アックスが周囲の空気を豪快に撹拌しながら近づいてくる。
そんな単調な攻撃なのに、なんでここまで重圧を感じるのだろうな?
「……考えても仕方ねぇか」
シンプルすぎる正面からの突撃に、シンプルな剣閃。
だと言うのに、グローリアには避けることができない。
何故か。グローリアの脳が避けろと信号を送るよりも早く、グローリアをグレゴールは殺傷圏内に捕らえていたからだ。
「くたばれ!」
片足を引いて半身になりながら、迫りゆくバトル・アックスの刃にバデレールを当てる。
といっても、正面から当てるだけでは武器が持つわけがない。それ以前に、グローリアの両腕だって砕け散ることだろう。
並みの技量ではどう足掻いたって、両腕を犠牲にするだけ。
だが、グローリアは適切にバトル・アックスに当たるバデレールの角度を調整することで、バトル・アックスの通る軌跡を強制的に変更する。
変更すると言っても微々たるものだ。ほんの十センチもずらせていない。
だが、それだけずらせればバトル・アックスがグローリアに当たることはない。
バトル・アックスが轟音を立てながら、地面に直撃する。
自分の一撃が容易く外れたことを確認したグレゴールは少し目を見開いた後、楽しそうに口角を吊り上げた。
期せずして、距離二メートルほどで睨みあう。
「初手とは言え、回避されたのは初めてだ」
「そうかよ。今まで雑魚としかぶつかってこなかっただけだろ。……井の中の蛙ではなく、養豚場の豚ではしょうがないことかもしれないがな」
「……あ?」
「さっさと出荷されろ。ブヒブヒと下品な鳴き声を上げながら。自らの行く末も知らされずに肥え太らせた体で。肉となることになるが、肉の身でも世界の広さぐらいは認識することが出来るだろうからな」
「…………」
グレゴールはこめかみに大きな青筋を浮かべている。
グローリアが全力でグレゴールを煽っているのには理由があった。
シンプルにグレゴールが嫌いと言うのも理由の一つではある。だが、それがすべてでもない。
彼我の戦力差は圧倒的。基準をどこに持ってくるのかは人に依るだろうが、一般的にみるとグローリアの実力は上の下の中でも上位と言うところ。先ほどまでのグレゴールは上の下の中位と言ったレベルだった。
今のグレゴールは上の中のランクに分類される。
ランク分けと言うのは鷹揚にして適当なものではあるが、相対しているグローリアは客観的な観点からそんな相対評価を下した。
絶対に勝てない、と言ってしまうほどの絶対的な戦力差ではない。上の下と上の中だったら番狂わせが起きる可能性も低くはないのだから。
それがグローリア以外であれば。
グローリアは、自分のことを安定性はあるが決定力に掛けるタイプだと認識している。
端的に言うと、基礎値は高いが必殺技がないと言えば分りやすいだろうか? 常に一定の水準の成果を上げることができる。その代わりに、このような場面になると早々に諦めざるを得ない。
一応切り札とやらに心当たりがないでもない。そのことを意識しながら、グローリアは無意識に右目の眼帯を撫ぜる。
だが、これを使うつもりはない。
結論。グローリアではグレゴールには勝てない。
「……開始段階で理解できていたことではあったな」
とりあえず、怒りに身を震わせながらも何もしてくる様子がないグレゴールから距離を取りつつボソリと呟く。
グローリアの表情にも声音にも絶望の色はない。
勝てないなんて言うことは、最初から分かっていたことだ。
今更あらためて絶望するようなことでもない。それに、絶望などと言う無駄なことに使う時間が一秒もないと言うのもまた事実であった。
思考のクロックを極限まで早くしろ。
そうでもしない限り、怒りで視野を狭めさせているとはいえ勝てる相手ではない。
寧ろ、怒りで制御が効かない分厄介かもしれないのだから。




