覚醒、最硬の竜人
グローリアとグレゴールが口汚い罵倒を叫びながら本気で戦闘をしている場所から少し離れた場所にいる月夜たち。月夜たちは北の礼服を着た戦闘員たちに囲まれていた。
実質非戦闘員の月夜と鳶。
尖角種と言うことを大々的に喧伝するわけにもいかないので、戦闘できないユニコ。
そして、馬車の中に隠れて機を窺っているロリアーネと、怯えながら気配を殺そうとしているリム。
そこに両腕を粉砕骨折したせいで、顔を苦痛にゆがめているウルヴァーンが入ったところでぶっちゃけ戦況に変化はない。
月夜たちを囲んでいる北の戦闘員たちの数は十六。
ウルヴァーンが見た感じ、グローリアやグレゴールほどの化け物じみた戦闘力を持っている人間は囲んでいる奴らの中にはいない。
全員がほぼ均一な戦闘能力を持っている分、特化している奴はいないのだろう。
単純な実力で言えば、ウルヴァーンに軍配が上がる。
両腕を粉砕骨折しているという現状。プラスして相手の数が多いこと。
その二つを見る限り、月夜たちサイドに勝ち目などなかった。
ウルヴァーンが考える、この状況における最適解はグローリアがこちらを援護できる状況になるまで耐えることだ。
それまで耐えられれば何とかなるだろう。
囲んでいる人間はグローリアとは比べるのも馬鹿らしいほどの戦闘能力しか持っていない。
だが……
「くたばりやがれ!」
「そっちがな、蛮族が!」
グローリアの持っているバデレールとグレゴールの持っているバトル・アックスがぶつかり合うときに上げる火花。両者の罵り合う声。
それしかウルヴァーンには知覚できないが、両者の実力は現状拮抗しているように見える。
そんなグローリアの援護を期待できるはずもない。
両腕をダランと垂らしながらウルヴァーンは立ち上がる。両目には溢れんばかりの敵意と殺意が見える。
ウルヴァーンがその殺気を周囲にまき散らしても、戦闘員たちには変わった様子はない。ウルヴァーン如きの殺気では動じない程度には訓練してきているのだろう。純粋にウルヴァーンの実力が足りないと言う可能性のほうが高いが。
だが、殺気に中てられて戦闘員たちはメイスを構える。メイスを構えながらジリジリと包囲網を狭める。
このまま近づかれすぎたら本格的に何の行動も取れなくなる。
「……先手必勝!」
地面を思いっきり蹴ってウルヴァーンから見て正面の戦闘員に突撃を敢行する。
戦闘員たちは一瞬怯むが、すぐに対応してくる。
ウルヴァーンが懐に入り込むよりも戦闘員たちの準備が完了する方が早かった。
頭の中に、両腕に負担がかからないように等と言う甘えた考えは欠片もない。
考えているのはどうすれば戦闘員たちを殲滅できるか。そして、どうすれば背後にいる奴らを守ることが出来るか。
戦闘高揚によって脳内物質が分泌されているのか、腕の痛みが鈍くなる。それでも完全には痛みが消えきらない辺り、どれほどウルヴァーンの腕の状況がヤバいのかの証左のようだ。
十歩で辿り着いた戦闘員の首の付け根めがけて若干振り下ろし気味の回し蹴りを放つ。
その蹴りはあっさりと振り上げられたメイスで迎撃される。迎撃された蹴りに使われていた脚の骨も粉々に砕け散って、もうウルヴァーンは戦闘に参加することはできないだろう。
……とでも戦闘員たちは思っていたのだろう。
蹴りが命中したメイスが粉々に砕け散るまでは。
メイスをあっさりと砕いた蹴り脚は、そのままの勢いを維持したまま戦闘員の首に突き刺さる。
ゴキゴキと言う鈍い感触がウルヴァーンの脚に伝わる。
へし折る感触から、この戦闘員は男。それも森生種か。
そんなことを考えながらも、振りぬく。
地面に叩き付けられた戦闘員は動き出す気配がない。北の戦闘員だろうと、森生種だろうと、実力者だろうと、首の骨をへし折られて生きていられる人間はいない。生きていられたらそんな生命体は人間ではない何かだろう。
さっきのグレゴールとウルヴァーンの一回だけの打ち合いを見て、戦闘員たちはウルヴァーンのことを舐めていたのだろう。大したことがない、と。
それは全くの勘違いだ。
ウルヴァーンが弱いのではなく、グレゴールが本当に規格外の化け物だと言うことを戦闘員たちは知るべきだったのだ。
最硬の装甲に包まれているウルヴァーンの腕の骨も鱗ほどではないが、尋常ではない強度を持っている。それを一撃で砕いてしまうグレゴールが言葉では言い表せないレベルでの化け物なのだ。
そんじょそこらの一山いくらの戦闘員に支給されている、付与も強化も狂化も魔化も聖化もされていない程度のメイスで傷をつけられるはずがないのだ。
それでも、戦闘員たちはプロの戦闘員だ。驚きから復活するのも早かった。
さっきまで多少なりとも胸の内にあった油断を完全に廃する。
三方向から同時にメイスが振るわれる。
戦闘員たちは個人の戦闘能力よりも、集団の戦闘能力に主眼を置いて鍛えられてきているのだろう。
その攻撃の軌跡はどう避けてもどれか一本は当たってしまうようになっていた。
ウルヴァーンの実力では対処できるのは一本だけ。
両腕が健在であれば、一本も喰らわなかっただろうが、両腕がない状況では一本が限界だ。
一本しか迎撃できないのであれば、残りの二本は正面から受けてしまう。
しかも、命中予測地点は頭頂。どう当たり所がよかったとして、最低でも頭蓋骨陥没。普通に行けば即死だろう。
「死んで……られるか!」
まだウルヴァーンは死ねない。
死ぬ許可だってもらっていないし、まだまだやり残したことがありすぎる。
追いつくどころか、近づいてすらいない。
並ぶどころか、もっと先に行かれた。
護るどころか、護られてしまっている。
そんな状況で何がどうしたら諦められるのか? 諦められるはずがないだろうが!
どう足掻いても、一本しか迎撃できない? 足掻きもしていないのに、予測だけで結論が出るはずがないだろうが!
死ぬ?
「死ねるかぁ!」
喉を震わせながら怒号を発する。
力のある龍は声だけで衝撃波を放つことが可能だと言う。
声だけで敵の心の臓を止めることが可能だと言う。
声だけで敵の放った魔法を打ち落とすことができると言う。
強い龍の声はただの空気の振動にとどまらずに、様々な効果を世界に及ぼす。
出来そこないと呼ばれたウルヴァーン。
そんな出来そこないのウルヴァーンは、この一瞬だけ龍人種としての才能を開花させた。
伝説に謳われる龍人種の力の一端に触れた。
吟遊詩人に謳われるほどの圧倒的な力を持つ声ではないが、今のウルヴァーンの怒号は三人いるうちの一人を吹き飛ばし、一人の腕の動きを止めた。
まだ動いているメイスは一つだけ。
ひとつ程度であれば、ウルヴァーンは問題なく対処ができる。
メイスを振るっている戦闘員のガラ空きの腹にフロントキックを叩き込む。
蹴りを受けた戦闘員は後方に地面を削りながら吹っ飛ぶ。
返す刀で、慌ててもう一度メイスを振り下ろそうとしている戦闘員にバックキックを叩き込む。
その脚で地面を強く踏みしめ、ウルヴァーンはもう一度叫ぶ。
「死、ねるかぁぁぁぁぁああぁぁ!」
さっきほどの質量をもった叫びではなかったが、訓練を積んでいる戦闘員たちの注意の全てをウルヴァーンに集め、他への注意を逸らすぐらいの事は出来た。
「……ご苦労様」
ウルヴァーンの耳に聞きなれない小さなつぶやきが聞こえた。
それと共に、ウルヴァーンの視界内にロリアーネが現れる。
ロリアーネは流れるような動きでウルヴァーンに注意を向けている戦闘員たちの喉笛を短剣で的確に刈り取っていく。
完全にウルヴァーン以外の何も見えていない戦闘員たちの首を狩ることなど、ロリアーネにとっては野に咲く花を手折る様な行為だった。
十秒もたたずに、戦闘員たちは一人残らず物言わぬ死体となった。
さっきウルヴァーンが吹き飛ばした戦闘員たちの首も念を入れてロリアーネは刈り取る。
合計十六人の首を刈り取ったというのに、ロリアーネの顔には何一つ感情が宿っていない。
そんなロリアーネの姿にウルヴァーンは恐怖を覚える。
それに、ロリアーネのことをウルヴァーンは思い出すことができない。いくら記憶野にアクセスしても、ロリアーネのことが出てこないのだ。
「お前は……何者だ?」
ロリアーネは短剣をふって、付着してしまった血を払う。
そして、感情の宿らない冷たく濁った瞳をウルヴァーンに向ける。
「……知らなくていいですよ。どうせすぐに忘れますから」
「どういうことだ?」
「言葉通りですよ。あなたは私のことを覚えていられない。私のことを認識できない。それだけです」
そう言ったロリアーネの存在感が急速に薄らいでいく。
目の前にいるはずなのに目が、脳がロリアーネのことを認識できていない。
視界内のロリアーネの姿が不確かになっていくのと同時に、ウルヴァーンの頭の中からロリアーネが今行ったことが消えていく。
数秒後にはウルヴァーンの脳からはさっきロリアーネが行ったことは完全に消えていた。
だが、ロリアーネが行ったと言う記憶は消えていても、行ったことはウルヴァーンの目の前に結果として残っている。
ウルヴァーンはそのことに疑問を覚え、しきりに首をひねっているのだった。
「……ほらね。言った通りです。あなたも信用には足らないですね」
存在を希釈することによってウルヴァーンの前から姿を消したロリアーネは小さく呟く。
別に、この状態で叫びだしても見られることはないのだが、存在感を希釈しても声と言うのは聞かれてしまう。
唐突に大声が聞こえたら驚くはずだ。
だから、それに配慮した形だった。
「……目の前にいるのに、気づかれないですか。本当に、この『才能』を呪ってしまいますね。いつでもどこでも誰も気づかない。お前には一人がお似合いだと言われているようではありませんか」
ハァ、と小さくため息をついてからウルヴァーンの前から離れる。
さっきはちょうどよかったから出てきて敵の喉笛をかき切ったが、本来のロリアーネに与えられている仕事は殲滅ではなく警護と監視。
別に手を抜いても怒られることではないが、あまり外にはいたくない。
荷馬車の荷台にもぐりこむ。
中に入って周囲を警戒していると、月夜が近づいてきた。
「お疲れ様です。大丈夫ですか? 日光は苦手でしょう?」
「大丈夫です。苦手ではありますが、行動が制限されるほどではありません。心配されるほどの事でもないです」
「そうですか?」
ロリアーネの前の月夜は本当に心配だと言う様子でロリアーネの顔を覗き込んでいる。
月夜にとって一番大事なのは何を差し置いてもグローリアだ。グローリアのためだったら何でも捨てることが出来ると言うほどに。
そんな月夜がグローリア以外にも特別だと思っている人間は二人。
一人は無二の親友である郭。
もう一人は、可愛い可愛いロリアーネ。
ロリアーネとグローリアが初めて会った時、その場には月夜と、珍しく郭もいた。
始めてロリアーネを見た時に、郭と月夜はロリアーネを愛そうと決めたのだ。
自分と境遇を重ね合わせていたのかもしれない。自分よりも酷い境遇にいたロリアーネを憐れんでいただけかもしれない。
今となっては理由など思い出せない。
ロリアーネがグローリアの次の次ぐらいに大事だと言うことだけわかっていられれば、月夜には十分だった。
「過度な心配はしないでください。私は大丈夫です」
「そうですか……。それならいいのですが……」
少し強めになってしまったロリアーネの言葉に月夜は表情に影を落とす。
それを見た、ロリアーネは少しあわあわとした後、そっぽを向きながら口を開く。
「……でも、感謝してます。ありがとうございます」
「そうですか? それは良かった」
ロリアーネの言葉に月夜は沈んだ表情を立て直させた。
少しばかり慌ててしまったことが恥ずかしいのか、ロリアーネの頬は少しだけ紅潮していた。
なまじ素肌が白いから、赤くなると分かりやすい。
月夜がロリアーネを大事だと思っているように、ロリアーネも月夜のことを大事に思っていた。
目の前にいてすら認識されない自分のことを認識してくれる数少ない人間。
それではなくても、月夜は温かく愛を持ってロリアーネの事を包んでくれている。
敵意を向けてくる相手は過去にいくらでもいた。その敵意を向ける相手も自分のことをすぐに認識できなくなって、敵意を向けていられなくなった。敵意すら向けてくれなくなった。
どんな感情を自分に対して抱いている人間も、すぐに自分のことを忘れてしまう。
だが、目の前にいる人物を含めた《セレーノ》の三人は違った。
ロリアーネですらわかるほどに濃い親愛をロリアーネに向けていた。
しかも、どれだけ長い期間離れていても忘れないし、近くいたら必ずロリアーネのことを認識してくれる。
そんな相手のことを嫌えるはずがなかった。
「…………」
ロリアーネは緩く首を横に振る。
自分のような汚れた人間が、こんなに綺麗な人たちの傍にいてはいけない。
自分の汚れをこの人たちに付けてはいけない。
そんな考えからロリアーネは三人の向けてくれる親愛に対して何も返すことが出来なかった。
そのことがロリアーネの胸に痛みを運んでくる。
何処が傷んでいるのか、何処が痛いのか。ロリアーネにはわからない。
過去にも、幾度かこの痛みを味わった記憶はある。
その時に痛みの理由をグローリアに聞いたら、グローリアは軽く笑い、ロリアーネの頭を撫でながらこう言った。
お前がまだ人だったってことだよ。良かったじゃねぇか。自分のことを化け物だなんて呼ばなくていいってことだからな。
意味が解らなかった。
でも、その言葉を否定する気にもなれなかった。




