逃亡の雨宿り
それを視認した月夜たちが馬車を引き連れてゆっくりと近づいてくる。この辺りにはスクラップにした鉄狼の残骸が大量に転がっているので、木製の車輪を持つ馬車では車輪を痛めてしまいかねない。だから、ゆっくりと近づいてきているのだ。
残骸を避け、時には拾いながら近づいてくる馬車は牛のように遅い。
長い時間をかけて、グローリアの前に月夜たちが来た。
「旦那様。遅れて申し訳ございません」
「気にしてねぇよ。……そっちに行った女の方は?」
「はい。保護しております。今は疲れてしまっているようなので、馬車の中で休んでいただいています。呼んで参りましょうか?」
「いや、いいや。疲れてんなら今は休ませとけ。その間にこっちのことを済ませよう」
と言っても、グローリアが月夜と会話している間に、我慢できなかったらしい鳶が群のボスの体を、歓喜の声をあげながら解体し始めている。
群のボスともなれば、その体は全てが他の何かに転用できる。しかも、鉄狼からとれる鉄は硬さのわりに、軽い。数多の物に流用できることだろう。
そして、もうほとんどが部品と成り果ててしまった鉄狼の体から、核である心臓を取り出す。
「……うん。品質、形、挙動、どれをとっても一級品だね。こんな機関を人間はどうやっても創れないよ。本当に、神ってやつはすごいよね。私たち人間が創れないものを創っちゃうんだからさ」
「ん? お前は神を信じているのか?」
「ん~、一応ね? 北ほどではないよ。それに、神なんてのは都合のいい責任転嫁の対象でしかないと思っている口だよ」
「と、言うと?」
「上手く言ったら、私の実力。上手くいかなかったら、神のせい……ってね。北の熱心な信者に聞かれたら殺されちゃいそうだけど」
「そうだろうな。だが、西としてはそれぐらいがちょうどいいのではないか?」
「そだね」
大事そうに手に取って、未だに脈動を続けている心臓を鳶は楽しそうに眺めている。その様は、身長などの低さから、子供がおもちゃを親に買ってもらったようで、愛嬌があった。
一頻り眺めた後、鳶は馬車の中からカバンのようなものを取ってくる。
カバンと言うか……少し横幅の広いトランクのようなものだ。
トランクを開けると、中には真っ白な綿が大量に入っている。その綿は無秩序に入れられているという訳ではなさそうで、ちゃんと衝撃を吸収できるように作ってあるようだ。
証拠に、中央は柔らかそうではあるが、外側には柔らかさを失わない程度に固められた綿が敷かれている。
中央に動き続けている心臓を静かに丁寧に置く。
その後、三重に鍵を掛ける。
心配するにしても、心配性と言われそうな厳重さだった。
「はい。これでこっちの依頼は終わりね。ホームに戻るまでが依頼だから、そこまでは護衛してもらうけれどね?」
「当然だ。抛り捨てる気などない」
「それは安心だね。……それで、どうするの?」
「どうする、とは?」
グローリアは鳶が敢えて伏せた内容に気付きながらも、聞き返す。
聞き返された鳶が返した答えは、グローリアの予想通りの物だった。
「あの女性のことだね。あの子がどんな立場なのかもわからないのに、一緒には連れていけないからね」
「わかってる。テメェもそれは気になっていたところだ」
「なら、どうするね?」
「テメェが聞いてくるさ。大勢で行っても警戒させるだけだろうからな。テメェとロリアーネだけで言ってくるさ」
「? ロリアーネって誰ね?」
「お前の知らない誰かだよ」
グローリアが目配せをすると、月夜はわかったと言うようにすぐに頷く。
「ロリアーネは馬車の中で監視しています」
「了解。じゃ、ここは頼んだ。何か来たら、呼んでくれ」
「かしこまりました」
深々と頭を下げる月夜を背に、グローリアは馬車の中に足を踏み入れる。
幌付きの場所と言うこともあってか、中は外と比べれば若干薄暗いが、それも微々たるものだ。普通に中を見通せる。
あまり広くない馬車の中には、念のために多く持ってきた二日分の食料と大量の鉄狼の残骸が転がっている。
その残骸に埋もれるようにして、二人の女が馬車の中にはいた。
片方は両目を閉じて端の方に体育座りをしながら、完全に気配を断っているロリアーネだ。気のせいか、ロリアーネの体を通して、奥の景色が見えるような気がしたが、勿論そんなことはない。
ロリアーネをジッと見ていると、視線に気づいたロリアーネはただ無言でうなずく。
そして、グローリアに見えるように右手を挙げて見せてからギュッと右手を握る。その後に、右手の全部の指と左手の人差し指と中指だけを立てる。
それだけを行うと、また静かに置物になる作業に戻った。
もう片方はさっき見つけた女性だ。その艶やかな金髪は、室内にありながらも軽く燐光を放っているような気がする。着ているワンピースはさっきと同じで、多少の汚れがついている。そこは変化がないようだった。
「よぅ。調子はどうだ?」
グローリアが意図して軽い調子で話しかけると、警戒心がありありと浮かんだ表情をこちらに向けてくる。
それを見たグローリアが腹芸のできない女だと言うことを知った。
「……あなたは誰? 何者?」
「テメェはグローリア・アザール。一応、《セレーノ》ってギルドの団長なんてことをしている。何を警戒しているのかは知らん。とりあえず、お前を追っていた鉄狼はてきとうに逃がした」
「……それはどうも」
「テメェが名乗ったんだ。お前も名乗るのが筋ではないか?」
「…………そうね。私は……リムよ」
「そうかい。どうでもいい情報をありがとよ」
「……聞いたのはあなたでしょ?」
「そうだな。ま、テメェはお前の名などに興味はない。とりあえず、いくつか質問させてもらうぞ?」
「……………………」
質問すると言うと、リムはそっぽを向いた。
こちらに話すことはないと言う意思表示なのだろう。口は固く閉じられている。
「別に強制ではない。言いたくないことは言いたくないでも構わん」
「……………………」
「……テメェはお前のことを危険だなんて思っちゃいない。たった一人でこんな危険で満ち満ちている場所に道具も供もつれずにいたこととか、何処から来たのかとか、いろいろと疑問はあるのは事実だ」
「……そんな相手を危険じゃないなんてどうして言えるの?」
始めてリムのほうからグローリアに話しかけた。
グローリアの発言を聞いて、若干だがグローリアと言う人間に興味がわいたようだ。
そのことにも気づかずに、グローリアは正直に本心を吐露する。
「はっきり言ってしまうと、お前はうちのガキどもと同じ匂いがすんだ。だから、お前のことを危険だとは思えないし、どことなく庇護欲をそそられる」
「……あなた、子持ちなの?」
「いや。ギルドのガキどもだ。うちのギルドは託児所みたいにガキが大勢いるからな。個性の強いガキが多くてな。……そして、全員いろいろと過去に背負っているし、いろいろと問題も抱えている。そんなガキがうちのギルドには多いんだ」
遠いギルドに思いをはせて、グローリアはケタケタと笑う。
ギルドのガキどもとはいくら付き合っても飽きることはない。どいつもこいつも癖の強い奴ばかり。扱いづらいことこの上ない。
だが、あいつらのことがどうしようもなくグローリアは好きなのだ。
何でそんな奴らが《セレーノ》に集まったのかは知らない。何で、そんな奴らばっかり気に入るのかグローリアにもわからない。
それでも、気が付いたら《セレーノ》はそう言う子供でいっぱいになっていた。
表面上は皆楽しそうだ。
根本にある問題から目を背けていられるような場所。
それが、グローリアの目指す理想の《セレーノ》像だ。
逃げだと言いたくば言え。笑いたくば笑え。罵りたければ罵れ。嘲りたければ嘲ろ。
逃げたい過去から逃げてはいけないと、まっすぐに立ち向かわなければならないと誰が決めた?
過去から目を背けて現在を楽しんではいけないと誰が決めた?
腹の内を隠してはいけないと誰が決めた?
逃げたければ逃げればいいのだ。
目を背けたければそむければいいのだ。
隠していたければ隠せばいいのだ。
すべての弱さは、きっといつの日にか弱さに立ち向かえる強さになる。
そのいつの日かのために、優しく包んでやるのがグローリアの目的だ。それまで見守ってやりたいというのがグローリアの願いだ。
「テメェはお前のことを放っては置けない。危ういお前を見過ごしてはいられない。……お前が良いのなら、お前も《セレーノ》に来ないか? その危うさがどうにかなるその日まで、お前を周囲から守る雨避けぐらいにはなってやれるぜ?」
「……ふふっ。あはははは!」
楽しそうに声を上げてリムは笑う。
こんなに楽しいことはないと言うように上を見上げながら高らかに笑う。
何が面白いのかはわからなかったが、グローリアは笑い転げるリムを静かに眺めていることにした。
楽しんでいるのなら、笑っているのなら。
それを邪魔してやるのも忍びない。
一頻り笑った後で、リムは目の端に滲んだ涙を拭いながらグローリアに向き直る。
「ふぅ……。ゴメンね? 急に笑い出しちゃったりして。変だと思った?」
「いや、笑いたいなら笑えばいいさ。人生なんてのは笑っていられる内が華だからな」
「そう? ありがと。……ありがたい申し出だけど、遠慮させてもらうわ」
「そうか? お前が来てくれたら、きっとまた面白くなると思ったのだがな」
「あなたのことは気に入ったわ。それに、その《セレーノ》ってギルドにも興味がある。……でも、私には少しだけすることがあるの。そのすることが、全部終わったらあなたのギルドに遊びに行ってもいいかしら?」
「おう。好きな時に来い。できる範囲で歓迎してやる」
「あら? 盛大に、とか言わないのね?」
「別に盛大にしてやってもいいがな。その時には、お前のすることとやらの内容を肴に飯でも食いたいもんだ」
「……それもいいわね」
最初の警戒心に満ちた雰囲気は、話している間にどこかへと言ってしまったようだった。
今のリムからはさっきのような警戒心は感じられないし、危うさも薄れているようだ。
これならば、問題はないだろう。今々死ぬこともなさそうだ。
「ま、流石にここに放置ってわけにもいかねぇ。ここに一番近い町までテメェたちは戻る予定だから、そこまでは連れてってやる」
「いいの?」
「問題はねぇよ。お前が嫌ってんなら無理にとは言わんが」
「……なら、ご一緒させてもらうわ」
「了解。ちょっと待ってろ、外のやつと話してくる」
グローリアが馬車の荷台から出ようと縁に足を掛けると、背後にロリアーネが張り付く。
「来ている。すごい勢いで」
「……全部か?」
「うん。急いで移動しないと間に合わない」
「わかった。お前は、ここで引き続きリムの監視兼護衛をしていてくれ」
「了解」
改めて荷台から降りる。
確かに、ロリアーネの言うとおり、嫌な気配が近づいてくる感じがする。
数は大して多くはない。
だが、漂ってくる匂いは良いものではないし、西とは違う感じの匂いだ。
端的に、不愉快な悪臭だ。
「月夜、さっさと引き上げるぞ」
「了解いたしました。旦那様」
「おい馬鹿。呆けてる場合じゃねぇ。さっさと立ち上がれ」
「あ、あぁ。わかった」
「? グローリア、何でそんなに焦っているの? 何か急用でも思いついたの?」
「急用ではないが、この場に留まることがリスキーすぎると言う状況ではあるな。説明している暇はない。さっさと……」
グローリアは今言おうとしていた言葉を最後まで言い切らずに、飲み込む。
発そうとしていた言葉は、言い切る前に無駄になったのだ。




