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Lord to Gloria  作者: 頭 垂
第二章 機械バカと愚者と
30/49

狩り

話をしながら駆けている間に鉄狼に追われている女の姿が見えてきた。

白いワンピースに美しいあでやかな金髪が特徴的な女だった。そのワンピースは、元は純白だったのかもしれないが、砂で汚れてしまっている。そんな女は泣きそうな顔をしながら、必死に逃げている。

その女の表情がグローリアたちの姿を見て、一瞬歪む。

歪んだ顔に現れている感情は恐怖。

そんな表情をした理由が全くわからなかったグローリアたちは地を蹴る足に力をこめて、さらにスピードを上げる。

女と鉄狼の群の最前衛の距離は二十メートルも離れていない。

このままでは、グローリアたちの戦闘に女を巻き込んでしまいかねなかったからだ。

すれ違う一瞬に、グローリアは女の耳元でささやく。


「走れ。死にたくなければな」

「え?」


驚いたような、間の抜けた声が聞こえた気がした。

だが、そちらに気を割く余裕はない。

女の横をすり抜けたことによって、鉄狼の群との距離は十メートルを切っている。

走る直前に聞いた話では、数は五十前後。鉄狼のような鉱物種の群れとしては大きい部類に入るが、それほど不味い数という訳でもない。

鉄狼の群と最初に接触したのはグローリアの方だった。

ターゲットを女から目の前にいるグローリアに変更した鉄狼が数匹跳びかかってくる。

その一匹の口の中に棍を突っ込む。

外部から内部まですべて鉄でできている鉄狼だ。もちろん、木製の棍では貫通させることなど不可能だ。

当然のことながら、途中で重い手応えと共に棍が止まる。

だが、それはグローリアの予定通りだ。


「……フッ!」


小さく息を吐くとともに、棍を軽く左右に振るう。

口から食道にかけて棍に貫かれている鉄狼が左右にいる同じように跳びかかってくる鉄狼にあたり、両方の鉄狼の体から火花が飛び散る。

木製の棍で折れてしまうのなら、鉄でできている鉄狼を利用してやればいい。幸いなことに、木製である棍はしなやかなので、振り回す程度で折れるようなことはなさそうだった。

左右の鉄狼と棍に貫かれている鉄狼が悲鳴を上げる。

鉄狼は普通の魔獣と違って、自然治癒能力がない。外部から鉱物を体内に取り込まない限りはその破損した体を修復することができない。

だが、その代わりに頭か心臓を破壊しない限りは動き続ける。

そういう時にウルヴァーンの出番だった。


「ラァっ!」


裂帛の声を上げるウルヴァーンがグローリアの横を抜けて、悲鳴を上げた二匹の鉄狼のうちの片方に勢いの乗った拳を振り下ろす。

拳と地面で挟み込まれた鉄狼は頭が完全に潰され、スクラップになった。

その間に、グローリアはもう片方の鉄狼に、鉄狼付きの棍を振り下ろす。

二度もほぼ同じ硬度の鉄がぶつかり合った結果、両方の鉄狼の頭がひしゃげた。

まだ棍の先についていた、鉄狼を大きく棍を払うことで、棍から振り払う。

そうしているうちにも、新しい鉄狼がグローリアの喉笛をかみちぎろうと背後から跳びかかってきている。


「甘ぇよ」


グローリアはすぐに身を沈める。

そして、背後から跳びかかってきていた鉄狼の顎を棍の先端で打ち抜く。

横なぎに振るった場合は、遠心力や棍自体がしなると言うこともあって、折れてしまうことが多い。だが、つく場合には意外と折れることはないのだ。

顎をしたからかち上げられた鉄狼は勢いを上方向に強制的に変更される。


「ほいっ」


跳躍したグローリアの振り下ろした棍で地面に叩き落とされる。その頭を着地の時に、上から踏み潰す。

最前線を走ってきた鉄狼は子供のようだ。

体を構成する鉄は質が悪いという訳ではないが大した強度はなく、軽い衝撃ですぐに歪んでしまう。鉄の密度が薄いせいで体格に対して軽い。

脅威とはなりえないか。

グローリアが一旦休憩していると、視界の端でウルヴァーンが回し蹴りを放っている。

その回し蹴りを横っ面に受けた鉄狼は周囲の見方を巻き込みながら派手に飛んで行く。

数匹の辛うじてウルヴァーンの攻撃をかいくぐれた鉄狼たちがウルヴァーンの足や腕に噛み付いたり、爪を立ててみたりと健気な努力を重ねているが、何の意味もない。ウルヴァーンの鱗に突き立てられた爪や牙のほうが傷んでいる。

ウルヴァーンの『才能』は自分の体に生やすことのできる鱗の硬度を上げること。

硬いウルヴァーンの鱗は、その『才能』のお蔭で尋常じゃないほどの硬度となった。

まぁ、肘から先と膝から先にしか鱗を生やすことはできないのが、欠点と言えば欠点だろう。


「主! 俺にだけ働かせないで、働いてくれよ!」

「嫌だ。テメェの武器は木製だ。鉄なんか殴ったら傷むだろうが」

「なら何でそんな武器持ってきたんだよ!? 鉄狼と戦闘になることぐらい、ギルドを出てくる前段階で気づけただろ!?」

「最近、棍使ってねぇなって思ってよ」

「そんな!? そんなふざけた理由で棍持ってきてたのか!?」

「ふざけたとは失敬だな。たまには使わないと腕が鈍るだろうが」

「そうだけどよぉ……今回じゃなくちゃいけなかったのか?」

「気分だ」

「……理不尽だ」


大声で会話をしながらも、ウルヴァーンは一体一体鉄狼を処理している。

多対一は苦手なウルヴァーンと言えども、鉄狼はそれほど難しい相手でもないだろう。

それに、ウルヴァーンは働けと生意気なことを言ってきているが、グローリアは十分に働いている。

ウルヴァーンの背後を狙おうとする鉄狼を弾き飛ばしたり、横を抜けようとする鉄狼を叩き伏したり。別に仕事をしていないわけではないのだ。

本当に偶然だが、ウルヴァーンがこちらを見て確認する余裕のある時に限って鉄狼がグローリアの方に来ていないだけなのだ。

こんな偶然あるのだろうか?

そのせいで、グローリアは働いていないと言う不名誉な烙印を押されている。

実に不愉快なことである。

まぁ、積極的に働く気もないのだが。


「……ん?」


鉄狼の群れの中に一匹だけ不思議な個体がいる。

不思議と言うか……纏っている雰囲気が他の個体よりも違う。それに体格も少し小さい。


「あいつ……かな」


多分ではあるが、あいつが鳶の言っていたボスだろう。

鳶の言っていた特徴ともある程度合致している。

ならば、あいつなのだろう。他の鉄狼と違って、一匹だけやけに周囲が見えていると言うか、落ち着いているように見える。

魔獣の中でも知恵は低い部類に入る鉱物種なのに知性を感じさせる。


「……うん。あいつで確定で良いか」


ターゲットを見つけたグローリアはウルヴァーンの横に並ぶ。

そして、ウルヴァーンに襲いかかろうとしてきた鉄狼の腹に棍を当て、一瞬だけ力を入れると、すぐに棍を引き戻す。

衝撃だけが体に残った鉄狼は宙を舞い、地面に叩き付けられる。

振り回して殴っていくと、棍が折れてしまうので、こうやって地味に攻撃しなければいけないのが実に面倒くさい。


「ウルヴァーン。あいつ見えるか」

「あ? どれだよ」

「奥にいるやけに落ち着いてる小っちゃい奴」

「……あぁ。いるな」

「たぶんあいつが群の頭だ。適度に潰して心臓だけ丁寧に引きちぎってこい」

「…………マジかよ」

「マジだ。群のボスクラスとなると、テメェの棍じゃ話にならん。そのためにお前を連れてきたんだ。さっさと行ってこい」

「……サポートはお願いしても?」

「……面倒だが、やってやろう」

「了解。行ってきます……よっ!」


ウルヴァーンは両腕を顔の前で交差させて盾にしながら群の中央に突っ込む。

それを補佐するように、脇から襲ってくる鉄狼をグローリアが払っていく。


「ウルヴァーン。さっさとそれ連れてどこかに行け。他の雑魚はテメェが相手してやる。……今回のヒーローはお前だ」

「……面倒臭いこと押し付けただけじゃねぇの」

「そうとも言うな」

「ハァ……了解しましたよ」


ウルヴァーンは群のボスである小型の鉄狼をその持前の鱗の硬さと、タイマンのみに超特化させたその戦闘スタイルで圧倒する。

多種多様なフェイントを混ぜた足技。

防御主体にしつつもカウンターを入れていくスタンス。

そして何よりも、すべての攻撃を的確に鱗の生えたところで受ける堅実さ。

如何に群のボスと言えども、ウルヴァーンの鱗を超えることはできない。

徐々にボスはウルヴァーンに押されていく。

鉄狼はその硬い鉄でできた肉体が最大の特徴であり、武器でもある。

装甲と言ってもいいほどの硬さを誇る肉体は攻撃を弾き飛ばすし、鉄であるからこそのしぶとさもある。その硬く鋭さを持たせた爪や牙は肉を容易く抉りぬく。

だが、その肉体の硬さも爪や牙の鋭さもウルヴァーンに対してはほぼ意味をなさない。

もうウルヴァーンの勝利は揺るがないようだった。


「……問題ないかな」


ボスはウルヴァーンから距離を取るようにして、移動しながら戦闘しているウルヴァーンの様子を見ながら、グローリアはポツリとつぶやく。

その逃げるボスをウルヴァーンが追従しているので、気が付くと完全にその相対している二者は群から離れて場所で戦闘していた。

群からボスが離れているのはなぜか?

何故に、ボスを護ろうと群の他の鉄狼は動こうとしないのか?

簡単だ。

それをさせないように、グローリアが鉄狼たちに睨みを効かせているからだ。

鉄狼に代表される鉱物種は、その硬い体を持っているせいか、機械的な肉体を持っているせいかはわからないが、恐怖心などの感情が薄いとよく言われる。

まぁ、生物の恐怖心などの戦闘に必要な感情の発端となっているものは痛みと言う名の体が発するアラートだ。そのアラートによって、生物は生存本能を刺激され、生きるための行動を行おうとするようになるのだ。

その痛みを発するのに必要な神経が通っていない鉱物種に恐怖が芽生えづらいのも、いっそ当然の事と言える。

そんな恐怖がないはずの鉄狼たちがグローリアを前にして、動けずにいる。

普通の魔獣であれば、ここで唸り声をあげたりして牽制するなり恐怖を隠したりするのだろうが、声帯がない鉄狼たちは喉を振るわせることができない。その唸り声の代わりなのか、金属同士がぶつかった時にたつ甲高い音や、機械の体の駆動音だけが聞こえてくる。


「……楽でいいなぁ。今回の依頼は」


面倒なだけで何も楽しくない戦闘をするつもりはないグローリアは棍を肩に掛けつつ欠伸などをかましている。

今回の依頼はぶっちゃけて言ってしまうとボスを倒すだけで事足りる内容なのだ。

無意味にこんなところで体力や集中力を使うつもりもない。

グローリアの前にいる鉄狼の注意はほぼすべてグローリアに向いている。

そして、指示を出す可能性のあるボスだってウルヴァーンとの戦闘にかかりっきりで、部下に指示を出している余裕など欠片もないことだろう。

ならば、前回のように遠くで見ているはずの月夜たちが狙われる可能性も低い。

そのことが、グローリアの緊張感のなさの原因でもあった。

最低限、さっき追われていた女も助けたことだし、十分と言えば十分だろう。


「それに……まだまだ面倒事はありそうだしね」


息を軽く吐く。

そして、やおら眼光を強くすると、鉄狼たちを睨みつける。


「疾く失せろ。……失せるのなら、テメェは追わねぇよ。お前ら雑魚に興味なんざ欠片もねぇしな」


グローリアが吐き捨てるように言うと、鉄狼たちは左右を気にしだす。

やはり、鉱物種と言えども所詮は獣。忠誠心など持ち合わせてはいないらしい。

もう一押しすれば、この群も三々五々と散っていくことだろう。

その一押しをするために、グローリアは地面を思いっきり蹴って、群の戦闘に突っ込む。

迎撃しようと身構えるが、遅すぎる。

身構えている間に、グローリアは最先端にいる鉄狼の中から手頃な個体を見つけ、その上めがけて跳躍する。

そして、上からその鉄狼の体に棍をねじ込んで串刺しにする。

的確に心臓の位置を狙ったので、その鉄狼はすぐに動きを止める。

地面に着地しつつ、もう一度睨みつける。


「……こうなりたくねぇんだったら、失せるんだな」


その言葉の後に一瞬のラグが鉄狼たちの間を走る。

だが、そのラグもほんの一瞬のこと。ラグが解消された鉄狼たちは三々五々と逃げ出した。

その逃げだす鉄狼の間に割って入り、月夜たちの方向に向かおうとする鉄狼たちを、体の隙間にねじ込む形で棍を差し入れる。

それによって心臓を潰し、一体一体的確に鉄狼を処理しつつ、ウルヴァーンのほうに視線をおくる。

自分の味方が急に逃げ出したことで一瞬だけボスの動きがフリーズする。

極限の戦闘をおくっていたウルヴァーンの前でその油断は決定的だった。

ウルヴァーンは距離を一足で詰めると、その頭を両側から拳を叩き込むことで潰そうとする。

本気でウルヴァーンは殴ったのだろうが、流石は群のボスと言おうか。ボスの頭は完全につぶれることはなかった。

それでも、半分ほどの厚みになった頭では動くことは出来なかったのか、フラリフラリと二回ほど体を左右に揺らした後に、ドウと地面に倒れこんだ。

ウルヴァーンはその群のボスが倒れた後も若干の間警戒していたが、起き上がらないと分かると膝から頽れるようにして地面に座り込んだ。

その横に棍を肩に担いだグローリアが並んで声をかける。


「お疲れ」

「本当にね。俺は群のボスとかを相手にできるほどの器ではないって」

「にしては、まぁまぁな立ち回りができていたではないか。あの程度に立ち回ることができるのなら、簡単な討伐系の依頼はお前にも回していいのかもしれんな」

「……マジで?」

「あぁ。簡単なものに限るし、最初のほうはテメェがついて回るかもしれんが、三つ四つ依頼をこなしていけば慣れるだろ」


あの程度の立ち回りができると言うのなら、本当に簡単な討伐依頼ならウルヴァーン一人で問題なくできるだろう。

ウルヴァーンが構築してきた戦闘スタイルから言うと、今回や前にカイルムを襲ってきた魔獣を追い払うような、多対一想定しなければいけないような依頼にはまわせない。

だが、特定の人間の捕縛や賞金首のような相手を倒す程度なら問題なくできるだろう。

最初にどの程度の依頼を任すかはリテラエ次第だが、問題はないだろう。

それでも、一人で行けると分かった後数回程度はグローリアが近くで監視しなければならないだろうが。


「……どうした?」


未だに座り込んでいるウルヴァーンは放心したようにグローリアの顔を眺めている。

心ここに非ずと言った有様で、口をポカーンとあけているのが間抜けだ。


「本当に良いのか?」

「何がだ? 主語がなくてはわからん」

「俺が依頼に出て」


放心しているようではあるが、口調ははっきりとしたものである。

その言葉を聞きながら、グローリアは首をひねっていた。

何故にそんなことを聞くのだろうか、と。

一頻り悩んだが、勿論いつもの如く答えは出なかった。気を他に回している状況で適切に思考出来るほど、グローリアは器用ではない。


「いんじゃないか? リテラエは何か言うかもしれないが、テメェはお前の実力に限っては問題ないと思うぞ? 他の部分で止められたら、そのあたりを改善すりゃいいだろ」

「そうか……久しぶりに、か」

「一人で外出られる可能性が出たことがそんなにうれしいのか?」

「まぁな。あの小さな小さな完結している世界も嫌いではないが、やっぱり一人で外に出たいと思っちまうのは性分なのかね」

「……テメェは知らんが、そうなのかもな。ミケラみたいに小さなコミュニティで満足しちまう奴もいれば、お前のように外に何かを求める奴がいたって不思議ではないだろう?」


それに、


「テメェたちは家族ではあるが、同一の個体ではない。そして、同じ種族でもなければ、血が繋がっているわけでもないのだ。違いがあるのは当然のことで、驚くほどの事でもないと思うがな」

「そうか……楽しみだな」


ウルヴァーンはそう言うと、また放心してしまったようにぼけっとしている。

さっきとは違ってちゃんと世界を見れているようなのでそこまで心配はしていない。

グローリアは地面に横たわっている群のボスの死体――と言っていいのかもわからんが――に目をやる。

頭は叩き潰しちまってはいるが、体の方の損傷は軽微。

これなら、問題はないか。

グローリアは棍を高く上げて左右に振ることで、遠くにいる月夜たちを呼んだ。


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