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Lord to Gloria  作者: 頭 垂
第二章 機械バカと愚者と
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最強の敵は睡魔

血が体から抜けると言うのは慣れようと思って慣れられるものでもない。それに、夕食をしっかりと摂っていないせいで、造血もあまり盛んではないようだ。

グローリアの顔色が血を吸われる前の状態に戻ったのは、それから一時間後だった。

ゆらりとベッドから起き上がる。グローリアが寝ている間、ロリアーネは部屋の明かりを消して外を眺めていた。

《機甲の花園》には随分と敵がいるようで、外を見ているだけでそれなりに楽しめた。


「……さて、やっとのことで回復したし、運動でもしますか」


腹は減っているし、血が足りないせいで視界は酩酊する。

それでも、しなくてはいけないことはある。毎日の鍛錬もそこに含まれる。

磨くことを止めた宝石はすぐに石ころ以下の価値に落ちる。

それと同じで、鍛錬することを止めた者の末路と言うのはもの悲しいものと相場が決まっている。

それがなくとも、鍛錬はするが。

グローリアは今回もってきていた棒を手に取ると振り回して軽く調子を確かめる。

そして、ある程度体の駆動を確認してから、その棒を使った連撃の練習にも入っている。

……もう無粋なので、この武器を棒と言うのは止そう。

この棒は、棍と呼ばれる打撃武器だ。堅くしなやかな木材を滑らかに加工してあり、先端の辺りはやや細めになっている。鎖でつないだ梢子棍や、双節棍、さらに連結数を増やした三節棍などと言うように、いろいろな武器の原型ともなっている武器である。とある国の武術の始まりは棍法であると言われ、兵士や僧侶、武術家の間で重視され、広く修行されている武器でもある。

色々な人間が修行しているということは、それだけ実力が計りやすいと言うことだ。

弱い人間や習熟していない人間はすぐに見抜かれてしまう。

ならば、グローリアの動きはどうか?

グローリアの動きは、とても滑らかで棍を体の一部としているようでもあった。

単純な突きから始まり、重心移動を利用しての薙ぎ払い。背後を取られたと想定してのかち上げ。攻撃を流すような動き。

流れるように連ねられる動きは一つの舞のようですらあった。

棍法については何の覚えもないロリアーネですら見入ってしまうのだ。棍法に触れたことのある人間にとっては、どれほどすごく見えるのだろうか?

一通りの動きを確かめたグローリアは棍を下ろす。


「……腕は鈍っていないみたいだな。だが、少し違和感はあるか」

「そうなのですか? とてもうまいように見えましたが」

「そりゃそうだろ。どんだけコレ振ってきたと思ってる。……つっても、重心がぶれる。こんなんじゃ、戦闘には足らんな」


肩に棍を当て、苦笑する。

体に染みついている型どおりにはできるが、それもどうにかと言ったところだ。

重心はぶれるわ、制御は甘いわ、速度は出ないわ。散々な結果だった。移動中に手には均したつもりだったが、それほどマジで動けなかったというのが辛い。

一週間分の鈍りを取り除かなくては。


「……と言っても、今日これ以上は無理だな」


棍を壁に立てかけると、グローリアはまたベッドに体を投げ出す。

正直、眠気がマックスなのだ。

移動中ロリアーネは食事がとれなくて辛かったのだろうが、グローリアは睡眠不足で辛かったのだ。

やはり、他人がいる場所で月夜と共に寝るわけにもいかない。

いや、別にグローリアは他人の目など気にするようなことはないが、月夜が気にするだろうと思ってそう言うことができないのだ。

眠気は襲ってくるが、決定的なものではない。

眠いことは眠い。だが、眠れはしない。

グローリアの状況は言葉にするとそんな感じだ。やはり、人肌がないと眠ることはできないらしい。この体質は如何ともしがたい。治せるのなら治したいが、そう簡単に治るものでもないと理解できている。

世とは儘ならないものだ。

一人で寝ようとするたびにしみじみと思う。


「……ロリアーネ。頼みがある」

「何ですか、主」

「俺と寝てくれ」

「……………………は?」


ロリアーネがフリーズする。

そして、ギギギという油の指していない機械を動かすような音が聞こえてくるようなぎこちなさでグローリアに顔を向ける。


「どうした?」

「いえ……主、今何と仰いましたか?」

「ん? わかりづらかったか? 俺と寝よう、と言ったのだが」


問いかけの意味が全く分からないと言った様子でグローリアは首をかしげながら言う。

何故、ロリアーネは聞き返してきたのだろうか? ロリアーネは《セレーノ》の中でも最上位の五感を持っている。

そんなロリアーネが聞き取れないほどに不明瞭な声ではないはずだ。

首をかしげているグローリアの前で、ロリアーネは鉄面皮を維持している。

その鉄面皮の下の内心は荒れ狂っていた。

ロリアーネはまだ年齢でいうと一桁で、《セレーノ》最年少だ。

それでも過去の体験やら何やらから様々な偏った知識を持っている。

その知識から言うと、男性が女性に対して寝ると言うのは額面通りに一緒に寝るなどと言うことではない可能性が高いだろう。

寝るという言葉には、普通の意味と、性交渉を行うと言う意味があったはずだ。

そんなことを考えてしまったロリアーネの内心は荒れ狂っていた。


「……確か、主には月夜さんがいるはず。ならば、何故そのようなことを私に? この場には月夜さんがいないからですか? ……それはないでしょう。月夜さんであれば主に呼ばれていたと私が伝えるだけで何をおいてもここに来るはず。それを主が知らないはずはない。と言うことは……」


私が求められているのか?

その結論に達してしまったロリアーネは頭から湯気を出し始める。

湯気を出しながら、黒装束に身を包んだ自らの肉体を見下ろす。

起伏にとんだ肉体とはとても言いづらい。いや、年齢からすると当たり前程度の成長具合だと思うが、男性の肉欲を誘うような肢体はしていないはずだ。

男性と言うのが肉欲を燃え上がらせるのは郭のような起伏にとんだ肉体だとロリアーネは思っている。

自分のような子供に性欲を覚えるような人間が少ないだろうとも思っている。

自分に肉欲を抱く。と言うことは……


「主は……幼児性愛者……?」


いやいやいや。それはないだろう。

グローリアはあまり感情を表に出すことはないが、自分のような子供よりも月夜や郭に肉欲を抱くはずだ。

だが……それでも……。

ロリアーネの思考が負のスパイラルに陥って思考がどんどん桃色の方向に進んで行く。

その姿をグローリアは不思議な表情で見ていた。

コロコロと変わる表情。ぶつぶつと何事かを呟いたかと思うと、はっとしたような表情になり、また思考の海に沈んでいく。

そこでようやくグローリアは気づく。

ロリアーネは何か勘違いしているのではないか? その勘違いの内容は窺い知ることはできないが、きっと盛大に勘違いしているのだろう。

よくはわからないが、勘違いは正したほうが良いだろう。


「ロリアーネ」

「はひっ!」

「……らしくもねぇな。慌てるなんてよ」

「あ、主があんなことを言うから……」

「あ? 聞こえねぇよ。……何を勘違いしているのかは知らないけどな。テメェが言った寝るってのは言葉通りの意味だぞ?」

「その言葉通りの意味が解らないからこうやって……」

「だぁら、聞こえねぇって。お前も知ってんだろ? テメェの体質を」

「…………あ」


ロリアーネはグローリアの体質のことにようやく思い至ったようだ。

その後、自分の勘違いを恥じ入るように、頬を紅潮させている。

地肌が白いから、ロリアーネが顔を赤くするとすぐにわかる。

顔を真っ赤にさせるロリアーネには年齢以上の色気があった。


「もう眠ぃんだ。だから、一緒に寝てくれ」

「いや……でも……それは私以外でもよくないですか? 月夜さんとかを呼んでくれば十分に事足りることではないかと愚考…………」

「……うっせぇなぁ」


もう眠気でまともな思考が残っていないグローリアにとってロリアーネがわちゃわちゃ言うのは煩わしいこと以外の何も感じなかった。

これ以上の言葉を発するのも面倒くさい。

と言うよりは、すべての思考が眠気によって塗りつぶされてしまっていた。

そんなグローリアはまだ喋り足りないと言う様子のロリアーネを強引に抱きしめる。


「あ、主!?」

「お休み」


驚いたような声を上げるロリアーネ。

その声を完全に無視し、ベッドに潜りこみ、空いた手で自分たちに毛布を掛ける。

もう夏も近いとはいえ、何もかけなくては風邪をひいてしまう。明日は戦闘をする可能性が高いと言うのに、それはいただけないだろう。

そんなことを意識の端に浮かべながら、グローリアは暗い海の底に沈んでいくかのように意識を手放した。


「ちょっ! 主!? 起きてください! 何で、そんなに安らかな寝息を立ててるんですか! 聞いてます!? 起きてくださいよ!」


部屋には慌てふためくロリアーネの声と小さなグローリアの寝息だけが聞こえる。

ロリアーネがいくら騒いでも、グローリアが起きることは朝までなかった。


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