Let's 旅行
ギルドホールに向かうと、リテラエが見覚えのない男と談笑していた。横にはウルヴァーンの姿も確認できたが、ウルヴァーンは話に混ざろうともせずに勝手に一人で本を読んでいる。
グローリアが入ったことに気付いたリテラエが手招きしてグローリアを呼ぶ。
「グローリア。一つ頼みがあるんだが」
「わかった」
「わかってくれたか!?」
「その内容が何であれ、断固拒否させてもらおう」
「何故に!?」
グローリアの返答にリテラエは心底意外だと言う表情をした。
だが、グローリアとしてはそれほど驚くことでもないと思っている。
リテラエが改まって頼むようなことはたいていが面倒事だ。リテラエの前に見知らぬ男がいることから予測すると、その面倒事と言うのは何らかの依頼である可能性が高いだろう。
当分、グローリアには依頼を受ける気も、この街から出る気もない。
そこに依頼をこなせと言われても拒否一択だろう。
話を聞かされては逃げられなくなるだろうから、機先を制して拒絶の意思を示したのだ。
「頼む。伏して頼む! 今回はマジで頼む。一生の頼みだ!」
「……テメェの記憶が正しければ、お前は三度目の転生だった気がする」
「そんな昔のことは知らん!」
「いっそ漢らしいな。いや、反吐しか出ないわけだが」
「頼むって! この通り!」
そう言ったリテラエは何の躊躇もなくDO☆GE☆ZAする。
南の最上級の誠意の示し方である土下座は何処でも、すれば一定以上の効果を得られる。見た目の憐れさなども含めてだが。
まぁ、そんなものはグローリアには欠片も意味をなさない。
先ず以て、グローリアはリテラエのことなど見てすらいない。
グローリアの興味が今向かっているのは、ウルヴァーンが読んでいる本だけだ。
「それなんて本だ?」
「ん? あぁ、『遠く渚の浜辺で』って本だよ、団長。異能も魔法も存在しない世界の日常ものだね。すごく非日常感あふれる内容だね」
「……そうか」
「ああ。だけど、何でだろうね? 少しだけ懐かしさを覚えるんだよね」
「それは良かった。今度、テメェにも貸してくれねぇか? 最近本読んでなかったからな」
「良いよ」
「聞いてくださいよぉぉぉぉぉぉ! せめてさぁ!」
完全にリテラエの存在を無視してウルヴァーンと会話していたグローリアの脚にリテラエが縋りついてくる。
正直、鬱陶しくて仕方がない。
邪魔くさいし、蹴り飛ばしても問題ないよな?
「……旦那様。話を聞くぐらいはしてもよろしいのではないでしょうか?」
「月夜ちゃん!? 今日は珍しく優しいね!?」
月夜に感謝の視線をリテラエは向ける。
それに対して月夜は冷ややかな視線を向けて迎撃した。
「……はぁ?」
「おぉっとぉ? 感謝の言葉を掛けたら絶対零度の視線で迎え撃たれたぞ? いったいどういうことだ?」
「気持ち悪いんですよ」
「…………肺腑を抉られるなぁ」
床に横座りしたリテラエがさめざめと涙を流す。
気色が悪くて仕方がないと言う表情を月夜が作る。
そんな二人を見ながら、疲れたようにグローリアはため息をつく。話だけでも聞かない限りは解放されないようだ。
不本意だが、話だけでも聞いてやることにするか。
「と言うことだ。さっさと依頼の内容を話せ」
「聞いてくれるのか……?」
「聞かなくてもいいと言うのなら、このまま帰るだけで済むから楽なのだがな」
「いやいやいや! 聞いてください! ……っても、依頼だってことがわかってんなら話は早いな。こちらにいるのが今回の依頼主の代表のローグ・ルークさん」
「どうも」
ローグ・ルークはグローリアに柔らかな笑みを作った後にぺこりと頭を下げる。
「依頼の内容は単純な鉱物種の魔獣である鉄狼の討伐。そして、必要なパーツの回収」
「ふぅん……。代表ってことは、組織での依頼ってことか?」
「そ。《機甲の花園》からの依頼だ。ちょうど財政も苦しかったから、南の言葉でいうところの渡りに船ってやつだ。報酬も結構おいしいぜ?」
「それをテメェにやって来いと?」
「お願いします」
迷うことなく土下座をしてくる。
その土下座の速度から、どれほどリテラエがこの依頼を重要だと思っているのか理解することが出来た。
「人数の縛りとかはあるのか? 依頼人さん」
「えぇ~っと。うちのギルドのほうで、説明や軽い歓待もさせてもらいますが、あまり多くない方がありがたいですね。多くても五人ほどでお願いします」
鉄狼は魔獣の中でもそれほど上位という訳でもない。個体としての性能は中の下と言ったところ。年齢によってはいくらでも上になるが、平均するとそのぐらいだ。
各個撃破ならそれほど難しくもないだろうが、群を潰すとかになると、五人では少なすぎる気がする。
グローリアとしては問題ないが、グローリアではどうやっても魔獣の装甲は抜けない。
なら、ウルヴァーンの存在は必須だろう。後は……
「リラ。メンバーの選定はテメェでしてもいいのか?」
「あぁ。ロアがいない間は俺の方で何とかしておくよ。で、誰を連れていくつもりなんだ?」
「そうだな」
さっきも考えていたことだが、まずもってグローリアがいかないことには始まらない。それと、戦力としてはウルヴァーンの存在が必須である。プラスすると、索敵として月夜がいないと言うのはあり得ないから、この三人は確定。
後二人はどうしたものかな?
と言っても、二枠のうち一枠は埋まっている。
ユニコだ。やっと落ち着いてきたとはいえ、いつ爆発するとも知れない爆弾をここに放置していく気にはなれない。
なら、あと一人は……
「ロリアーネかな」
「ロリアーネ? それは誰だ? そんな奴、うちのギルドに……」
その言葉が言い切られる前に、リテラエの首元には刃が添えられた。
添えられている刃には『善、即ち悪である』と彫られている。
「いますよ。影は薄いですけどね」
「思い出した思い出した思い出した。だから、その首元の刃を退けてくれ!」
「本当に思い出したんですか? 恐怖から言っているだけなんじゃないんですか? ちょっとぐらい首が抉られた方が思い出せそうじゃないんですか?」
「良いから! 思い出しました忘れていて申し訳ございませんでしたロリアーネ!」
「思い出してくれたなら、良いです」
リテラエの首元から文字が刻まれた刃が離れる。
背後から気配が薄れ、その気配はグロー―リアの背後に新たに現れる。
その人間は視界に入っているというのに、そこに本当にいるのかが不明瞭であると言う不思議な人間だ。
上に来ているのは肌に張り付くようなぴっちりとしたノースリーブの服だ。その服の胸元の小さなふくらみから、彼女が女の子だと言うことがわかる。それと対比するように、穿いているズボンはゆったりとした膨らみを持っている。上下共に真っ黒で何の装飾もされていない。
口元はこれまた真っ黒な染め抜きの覆面で隠されているので、口元を見ることができない。外から見える肌は、全く日光に当たっていないような白。髪は夜を体現したような漆黒だ。
目の色は、血を落としたような紅。その目の色は鮮烈ではあったが、光と言うものが欠片も浮かんでいないので、ガラス玉のような異質さがあった。
「それで、主。私もご同行したほうが良いので?」
「あぁ。嫌なら無理にとは言わんが?」
「いえ。主の言葉に否やはありません。ですが……自分では今回の依頼の役には立てないかと思いますが?」
「…………テメェは、今回の依頼にはお前以上のはまり役はいないと思うがね」
誰にも聞かれないように、小さく小さくつぶやく。
聞き取れなかったのか、ロリアーネは首をひねっている。
「? 何かおっしゃいましたか? 主」
「いや、何でもねぇ。それで、この五人で行くつもりだ。リラ、異論はあるか?」
話をふられたリテラエは考え込むように顎に手をやる。
少しの間だけ考えるが、すぐに納得したように頷く。
問題はないようだ。
「それじゃ、今から一時間後に出立する。それで構わないか? 依頼人」
「えぇ。問題ないです。早いに越したことはないですから」
「それなら、各員準備をしろ。それと……ウルヴァーン」
「あ? 何だ」
「裏の方にユニコがいると思うから、探して声掛けといてくれ」
「わかった」
ウルヴァーンが居住スペースのほうに小走りで向かう。そこまで大荷物を持っていくこともできないが、最低限の準備は必要だ。その準備に向かったのだろう。
月夜も一言断りを入れてから、家に向かっている。
欠片ほども準備をする気がないグローリアと、この場にはいないユニコの分の荷物も作ってくるということだ。
「……ふぅ。これで指示は終わりか。久しぶりだな、ロリアーネ。元気してたか?」
「元気に暮らしていましたよ? ……ですが、主も月夜さんもいないとなると、私の存在に気付いてくれるのは郭さんぐらいですからね。他の子は……さっきのリテラエと大差ありませんから」
「だから、悪かったって。俺だって好きで忘れていたわけじゃねぇっての」
「……本当ですか?」
「本当も本当だって。信じてくれよ」
「信じるに値しませんね。自分が信じられるのは主と月夜さんと郭さんぐらいです。私の存在を忘れてしまう人間は信用しないことにしているので」
ロリアーネは何処までも乾いた価値観を持っている。
彼女の『才能』はメリットも多いが、その分デメリットも多い。と言うか、ロリアーネの『才能』は完全にメリットとデメリットが表裏一体となっている。
これほどまでに帯に短し襷に長しと言う言葉が似合う『才能』もないだろう。
そんな彼女は『才能』を伸ばした結果、周囲の人間に常に忘れられるようになってしまった。
もうロリアーネのことをきちんと忘れないでいられるのは《セレーノ》でも三人だけだ。
グローリアとしては、何故みんながロリアーネのことを忘れてしまうのかのほうが理解できないことだった。
そんなロリアーネが不憫になったグローリアはロリアーネの頭を豪快に撫ではじめる。
「あ、主!? 髪が乱れます!」
「……黙って撫でられてろ」
「むぅぅぅぅぅ……」
唸って顔を赤くされながらも、逃げようとも振りほどこうともしない。
何だかんだと、ウルヴァーンたちが戻ってくるまでグローリアはロリアーネの頭をなで続けていたのだった。




