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Lord to Gloria  作者: 頭 垂
第二章 機械バカと愚者と
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苛立つ眼帯とよく見る子供たち

窓に幾度も雨粒が当たり、下に落ちていく。

その雨音に風流を感じるか、煩わしさを感じるかはその人間の感性が豊かかどうかよくわかる指標となることだろう。

ちなみに、グローリアは煩わしいと感じる側だ。

いや、それどころかグローリアは雨を構成するすべての要素が死ぬほど嫌いだった。


「ハァ~~~~~……」


不快感に塗れた深いため息があまり広くもない部屋の空気に紛れて散っていく。

背後から聞こえる雨音が煩わしいと言うことにプラスして、軽く湿気を拭くんだ空気もグローリアの不快指数を上げる要因となっていた。

グローリアの眉間に皺が寄っていく。

そんな姿をセキルたちは部屋の入口から眺めていた。


「どうする」

「どうするって……どうしたらいいんでしょうか」

「どうしようもないだろ。あの人がああなったらどうしようもない。そんなのは今更話すようなことでもないじゃん?」

「そう」

「それでも……グローリアさんがイライラしていると、嫌じゃないですか」

「嫌」

「それは……でも、どうしようもないじゃん」


セキルヘキルとビルは顔を突き合わせながら話し合っている。

別に、グローリアが苛立っているからと言って、セキルたちに直接的な不利益が振り掛かるわけではない。

苛立っているからと言って、誰かに当たるような理不尽をグローリアは行わない。

それでも、三人にとって、尊敬しているグローリアの機嫌が悪いと言うのはいい気分ではなかった。

笑いかけてほしいとまでは言わないが、普通にしていてほしい。

それが三人の望みだった。

そんな望みと共に、三人はこの状態を何とかできそうな人間に視線をおくる。

グローリアの横に座っている月夜だ。

三人の視線を受けても、月夜は動こうとはしない。

月夜が視線に気づかないはずがない。と言うことは、意図して無視しているのだろう。

彼女にとっては、グローリアの横にいられるだけで十分満足なのだ。グローリアの機嫌が良いか悪いかなど些細なことなのだろう。


「どうしようもないですね」

「かと言って、このままにしてろってのか? 俺は嫌だぞ」

「私も」

「なら、ビルがどうにかしてくださいよ」

「はぁ!? 俺に死ねってのか!?」

「うん。死ね」

「せめて否定しろ!」


ビルがギャーギャーと言い始める。

別に機嫌が悪いからと言って、殺されるようなことはないだろう。

だが、あの不機嫌な様子を見ていては、その思考が絶対ではないのではないかと思えてしまう。一度、そう思ってしまってはもう駄目だった。


「セキル……! テメェはいつもいつも、俺のことが嫌いなのか!?」

「嫌い」

「はっきり言うなよ! 悲しくなるだろ!?」

「勝手に悲しめ。困らない」


二人の喧嘩が徐々に熱を持ち始める。

どちらにも勝てる気がしないヘキルとしてはおどおどと現状を見守ることしかできない。

そんな二人が、本格的に殴り合いになろうとした。

そこで、グローリアが口を開く。その緊張していた空気は一瞬で破壊された。


「……うるせぇ」

「……!」

「ひっ!」


今にも掴みかかりそうになっていたセキルとビル二人の背筋がのびる。

その声には何の感情も込められていなかった。

不機嫌だと言うのに、言葉には欠片ほども感情が詰まっていない。

そのことが二人の恐怖心を助長する。


「……テメェは今調子が悪ぃンだ。喧嘩なら他所でやってくれ」


グローリアはセキルたちのほうに視線を向けることすらしない。最初から徹頭徹尾天井だけを眺めている。いや、瞼を持ち上げていないので、眺めているというのは語弊がある。天井のほうに顔を向けているのだった。

だから、三人にはグローリアの顔色をうかがうことができない。

それでも、きっと表情は不快感で歪んでいるのだろうなと言うことだけは理解できた。


「……テメェのせいでグローリアさんに怒られちまったじゃねぇか」

「責任転嫁」

「あぁ!?」

「……本当に、黙れ。黙れないのなら、死ね」


さっきとは違って、今の言葉には殺気が含まれていた。

それに、グローリアは基本的に口に出したことは守る。殺すと言ったのなら、何があったとしても条件を満たした人間を殺すことだろう。

そのことを理解しているビルとセキルは口をつぐむ。

まだ睨み合ってはいるが、これ以上大声を出す気はないらしい。

いや、睨み合いでは済まずに、お互いの脚を蹴り合っている。

それほど威力は出ていないので、まだ可愛らしいが、これが続いたら、いつまた喧嘩になってもおかしくはない。

頭に血が上っている人間は往々にして論理的思考など持っていないものだ。

この蹴り合いを続けさせていたら、二人はグローリアに殺されてしまう。

それを理解したヘキルは左腕から刃を展開する。

物わかりの悪い人間には実力行使が最適解だ。

その半透明な蒼の刃をセキルとビルの間に差し入れ、にらみ合っていた二人の視線を切断する。


「止めません? 僕のこれが出てるってことは……解りますよね?」

「……」

「ちっ」


セキルは無言で視線を逸らし、ビルは不愉快そうに舌打ちをした後に視線を逸らせる。

視線を逸らすタイミングはピッタリ同時だった。

仲は悪いが、息はあっている。

それが二人に対するヘキルの認識だった。

何だかんだと悪態をつきながらも、必要であれば二人は戦場で背中を合わせて戦うこともできるのだろうな。そうなった二人は、周囲を何百と言う敵に囲まれていても問題なく生き残ることが出来るのだろう。


「だが……このままでいいはずもないだろう」

「それはそうですけど……触らぬ神に祟りなしって、南の言葉でも言いますし」

「単純。雨を止ませる」

「それができたら、苦労はねぇだろうが……」

「そうだよ、お姉ちゃん。うちのギルドに天候操作系の異能者はいないし、魔法使いもいないんだから」

「わかってる。言っただけ」

「なら言うなよ……。何の意味もない」


三人は顔を突き合わせて、同時にため息をつく。

要するに、三人のような子供の頭ではどうしようもないと言う結論にしかたどり着けないのだ。

これで三人がリテラエに頼んだ場合は、リテラエは何やかやと文句を言いつつもグローリアの機嫌を直そうと努力し、グローリアの怒りを一身に受けることになるだけだろう。

それで、グローリアの機嫌が少しでも好転するのなら、三人は行動を起こしたのだろうが、好転するわけもない。ただ、グローリアのため息が増えるだけだ。

実際に過去に試したのだから、間違いはないだろう。

被害者が増えるだけで現状を変えることにはつながっていない。

うんうんと唸りながら良い案はないかと考えるが、浮かぶはずもない。

思考はもうどん詰まりに行きあたっているようで、新しい着想はいくら待っても浮かばない。

そんな三人の横を通りぬけて、大荷物を持ったミケラがグローリアの苛立ちが充満した部屋に入っていった。

そんな不用心なミケラにビルは警告の声を上げる。五月蠅くならないレベルで。

不機嫌なグローリアはそんじょそこらの魔獣なんかより――言ってしまえば、もうすでに番犬と化しているペロなんかよりもよっぽど怖い。


「……おい! ミケラ、止まれ! 死ぬぞ!」

「あはは~。パパがミケラのことを殺すわけないじゃないですか~。やっぱりビルは馬鹿ですね~」


ビルの警告を軽く笑いながらスルーするミケラ。

本心からそう思っているようで、警戒や恐怖の色はミケラからは読み取れない。

朗らかな笑みを浮かべているミケラは、グローリアの前で荷物を広げ始める。

その荷物と言うのは、一言で言うと、絵を書くための道具だった。

それも、ちゃんとした絵を描くためのキャンパスや、それを置くための台である木製のイーゼルまである。

ガタガタと少しだけ音を立てながらイーゼルを準備し終わったミケラは椅子を探す。

この部屋はどちらかというと、応接室のような役割を持っているので、ソファーはあるが、ミケラが好んで使うような背もたれの無い普通の椅子がない。

と言うか、ソファーも小柄なミケラには高すぎて、足が浮いてしまう。

脚をプラプラとさせた状態ではしっかりと絵に集中できない。


「むぅ~……」


椅子がないことにミケラは不満げな声を漏らす。

立ってでも書けないことはないのだが、やはり座っていた方が楽だし、長時間集中できる。

どこかの部屋からてきとうな椅子を持ってこようかとも思ったが、移動してしまうのも手間だ。戻ってきたときにグローリアがいなかったら目も当てられない。

両頬にそれぞれ人差し指を当てて自分の頬をむにゅむにゅしながら考えていると、呆れたような表情をしたビルが椅子を持ってきた。


「これで良んだろ」

「ありがと~。やっぱり、ビルはこうですよね~」

「人を顎で使うな」

「私頼んでな~いですも~ん」

「チッ」


舌打ちをしつつ、ビルは元の位置に戻っていく。

さっきの荷物を見た限り、ミケラに合う椅子がなかったので、ミケラが悩みだす前には他の部屋から適当なものを持ってきていたのだ。

これが、ビルの素直じゃないと言われる所以である。


「ふんふふ~ん」


ミケラは楽しそうに鼻歌を歌いながら、持ってきた道具の中から鉛筆を取り出す。

そして、柔らかなタッチでキャンパスに下書きを書き始める。

普段描いているような絵であれば下書きなどしないが、今日は特別だ。

部屋にはシャッシャッというミケラが鉛筆で下書きをする音だけが響いている。

最初からグローリアを見ていた三人は、ミケラが絵を描き始めたからと言って、この場から離れるわけでもなく、絵を描いているミケラを見ていた。

視線を天井から降ろしたグローリアは目の前でこちらを見ながら絵を描いているミケラを見て、不思議そうに首をひねった。

もう先程のように理不尽に怒り出す危険性はないのだろう。その目には理性の灯がある。


「……何を描いているんだ? ミケラ」

「パパ~」


楽しそうにミケラはそれだけ言うと、笑顔で下書きを続ける。

グローリアが自分のことを見たことでまた気分を良くしたのか、ミケラの鉛筆を走らせるスピードは上がっている。

隣の月夜がチラチラとミケラを見ていることを意図的に意識の外に追いやりながら、グローリアはミケラに問いかける。


「……テメェなんて描いて楽しいのか?」

「楽しいですよ~。楽しくなくちゃかけないですも~ん。ミケラが気分屋だってこと~、パパも知ってますよね~」

「……そうか。テメェが苛立っているってことは知ったうえで描いているのか?」


少しだけ言葉に険が紛れる。

さっきのことを思いだした入口にいる三人は背中を少し振るわせる。

だが、直接向けられているミケラは平然としたものである。

鉛筆を持つ手を置こうともしないし、どこかに逃げようとする気配など当然のことながら皆無だ。


「知ってます~。むしろ、ミケラはパパが不機嫌だから描いているんですよ~?」

「ほぅ?」

「だって~、パパの不機嫌な姿なんて~、雨の時にしか見られないじゃないですか~」


これは事実だ。

グローリアは外に依頼で言っている時や、戦闘中は苛立ったり不機嫌になったりすることもなくはない。しかし、普段は、特にギルドホールにいるときは意識的にも無意識的にも機嫌は良い。

意識的には、子供たちの前で無様を晒せないから。

無意識的には、ギルドホールと言うのはグローリアにとって安らげる場所だから。


「だから~、珍しいパパを描いているんです~」

「……そうか」

「はい~。不機嫌なパパは描いたことがなかったので~、これでパパの絵がまた一枚増えます~」

「……不機嫌なテメェの絵など残してほしくはないがな」

「あはは~。パパはどんな機嫌でもカッコイイですよ~」

「ふっ。世辞だとしても嬉しいな」

「お世辞なんかじゃないですよ~。パパはいつでもとってもとっっっっっっっても、かっこいいですよ~」


とてもかっこいいと言うところだけ無駄にミケラは力をこめていた。

それは、お世辞と言われたのが心外だと言うミケラの意思表示のようでもあった。

ミケラは……良いな。

そんなことをグローリアは静かに思っていた。

この飾らない感じ。隠したりせずにまっすぐと好意をぶつけられるというのは、少しだけ気恥ずかしさもあるが、それでも嬉しいものだ。

もういろいろなもので懲り固められてしまっているグローリアにはできているかどうかがよくわからない。きっとできていないだろう。

まだ気分は悪いし、不愉快でもある。

だが、苛立ったものを描かれると言うのは少し癪でもある。

グローリアは少しだけ微笑んでみせる。

作ったということがすぐにわかるそれは、苦笑の形を超えられてはいなかったが。


「あ~。何でパパ笑ってるんですか~。さっきの不機嫌な感じがよかったのに~」

「……不機嫌な表情なんて描いてもらっても嬉しくはないからな。それに、不機嫌な様子よりかは、笑っていた方がお前も描いていて楽しいのではないか?」

「それもそうですけど~……。しょうがないですね~。頑張って笑顔を作っているパパで我慢してあげます~。感謝してくださいね~?」

「あぁ。感謝しよう」


ミケラのニコリと笑った表情には魔力がある。

いや、魔力なんてマイナスイメージが先行するものではないな。

笑ったミケラの表情には魅力がある。何もかもがどうでもよくなると言うか、勝手に許可なんて取られずに描かれていることがどうでもよくなるような……。

良く考えてみると、ミケラはグローリアに一言も許可を取っていない。

それは……いかんだろう。


「ミケラ」

「はい~?」

「……いや、何でもない」


注意しようと思ったら、今を全力で楽しんでいますと言わんばかりの笑顔で迎撃されてしまう。

あの笑顔を見せられては注意などと言う興の削がれることができるはずもない。

きっとミケラは将来男を惑わせる悪女となるのだろうな。

まぁ、中身はただの絵描き馬鹿ではあるのだが。

ミケラと話をしているうちに、イライラとしていることが馬鹿らしくなってしまった。


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