第76話 卒業を意識して
マクホランド王国へ向かう街道を、一台の馬車が進んでいた。
グランディア帝国から戻ってきたアダムを乗せた馬車は、王都へと向かっている。
窓の外を眺めながら、アダムは小さく息を吐いた。
「……やっぱり、王国に戻ってくると落ち着くな」
帝国での調査も、これで一区切りついた。
あとは、ダンテに結果を伝えるだけだ。
◇
ハーマン伯爵家。
馬車が屋敷の前に止まると、使用人が出迎えた。
「アダム殿下、お待ちしておりました」
「ありがとうございます。ハーマン伯爵は?」
「応接室でお待ちです」
「分かりました」
アダムは使用人に案内され、応接室へ向かった。
扉が開く。
そこには、ダンテが立っていた。
「アダム殿下、この度はご帰国、お疲れさまでございました。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
ダンテが丁寧に頭を下げる。
「こちらこそ、ご無沙汰しております、ハーマン伯爵。お出迎えいただき、ありがとうございます」
アダムも礼儀正しく頭を下げた。
「どうぞ、お掛けください」
「ありがとうございます。失礼いたします」
二人は向かい合って席に着いた。
「帝国での調査について、お話しいただけますでしょうか」
ダンテが尋ねる。
「はい」
アダムは頷いた。
「金環眼について、帝国の皇族専用書庫に残されていた古い記録を調べました」
ダンテは黙って耳を傾ける。
「金環眼は、皇家の血を引いている者すべてに現れるわけではありません。初代女帝から続く特定の血筋を持つ者に、発現する可能性があるようです」
「なるほど……」
「男女の違いもありません。そして、十五歳から十六歳頃に発現することが多く、生まれた時点では誰に現れるのか分かりません」
アダムは続けた。
「そのため、三代続けて金環眼が現れなかったことも、血筋が途絶えたわけではないと考えられます」
ダンテは静かに頷いた。
「そして、エヴァンジェリン伯母様とモニカに二代続けて現れたことについても、特別な意味があるとは考えにくいそうです」
「……そうなのですか?」
「はい。三代現れないこともあるのですから、二代続けて現れることもある。今のところは、たまたま続けて発現したと考えるのが自然だと思います」
アダムは少し苦笑した。
「僕たちは、少し難しく考えすぎていたのかもしれません」
ダンテはしばらく考えたあと、ふっと肩の力を抜いた。
「……それなら、一安心ですね」
「はい」
「少なくとも、モニカの人生を金環眼だけで決める必要はないということですね」
「その通りです」
アダムは頷いた。
「帝国でも、モニカ本人の意思を尊重することで話はまとまりました」
ダンテは静かに微笑んだ。
「それを聞いて安心しました。モニカには、モニカ自身の人生を歩んでほしいと思っています」
「僕も同じ考えです」
二人の間に、穏やかな空気が流れた。
しばらくして、アダムがふと思い出したように口を開く。
「そういえば……」
「はい?」
「僕たちも、あと数ヶ月で卒業ですね」
その言葉に、ダンテが少し目を見開いた。
「もう、そんな時期なのですね」
「はい。学園祭が終わったと思ったら、あっという間です」
ダンテは静かに頷いた。
「卒業……ですか」
その言葉から、自然とモニカの姿が浮かんだ。
学園を卒業した後、モニカはどうするのだろう。
婚約者がいる令息や令嬢なら、その先に結婚という道もある。
だが、モニカには婚約者はいない。
だからといって、ダンテに焦る気持ちはなかった。
エリンとの結婚も、家同士の都合で決められたものではなかった。
自分が愛した女性と、自分の意思で人生を歩んできた。
だからこそ――。
「……モニカには、もう少し自分の将来を考える時間があってもいいのかもしれません」
ダンテがぽつりと言った。
「そうですね」
アダムも頷く。
「モニカは、卒業したら何をしたいのか……まだ決まっていないかもしれませんね」
「ええ」
ダンテは微笑んだ。
「私も、無理に何かを決めさせるつもりはありません」
もう少しだけ。
娘と二人で過ごす時間があってもいい。
そう思っていた。
◇
その頃、王立学園では――。
授業が終わり、教室の窓から差し込む夕日をモニカはぼんやり眺めていた。
「……卒業かぁ」
何気なく呟く。
あと数ヶ月。
そう考えると、今まで遠い未来だと思っていた卒業が、急に近く感じられた。
卒業したら、自分はどうするのだろう。
モニカには、漠然とした考えならあった。
いつかは――。
ハーマン伯爵家を継ぐ。
父が守ってきた家を、自分も守っていく。
それは自然なことだと思っていた。
けれど、それ以外のことは何も決まっていない。
「私……卒業したら、何をしたいんだろう」
モニカは小さく呟いた。
まだ答えは出ない。
けれど――。
卒業という日が、少しずつ現実のものとして近づいてきていた。




