第7話 街の人たち
朝。
モニカは屋敷を出ると、いつもの道を王立学園へ向かって歩いていた。
屋敷にいる時とは違う。
街へ出ると、自然と足取りが軽くなる。
少しだけ胸を張って、楽しそうに歩く。
「おはようございます!」
パン屋の前を通ると、店先にいた男性が振り返った。
「おう、モニカちゃん。おはよう!」
「おじさん、おはようございます!」
モニカは笑顔で頭を下げる。
「今日も学園か?」
「はい!」
「偉いなぁ。気をつけて行ってこいよ」
「行ってきます!」
モニカは笑顔で手を振り、また歩き出した。
その背中を、パン屋の主人はしばらく見送っていた。
「……今日も元気そうだな」
そんな呟きは、モニカには届かない。
少し歩くと、今度は八百屋の前。
「モニカちゃん!」
「おばさん、おはようございます!」
「今日も早いねぇ」
「いつもと同じですよ?」
「あら、そうだったかねぇ」
二人で顔を見合わせ、笑う。
モニカも楽しそうに笑った。
「それじゃあ、行ってきます!」
「気をつけてね!」
「はい!」
また歩き出す。
そして、食堂の前まで来たところで――。
「モニカ!」
「あ、おかみさん!」
食堂の女将が、店の入り口から顔を出していた。
「学校へ行くんだろ?」
「はい!」
「ちょっと待ちな」
女将は店の中へ戻ると、すぐに小さな包みを持って出てきた。
「これ、持っていきな」
「……いいんですか?」
「今日は少し余ったからね」
包みを開けると、中には小さな丸パンが一つ入っていた。
「……パン!」
モニカの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます!」
「学校で食べな。午後も頑張るんだよ」
「はい!」
モニカはパンを大事そうに胸元へ抱えた。
「行ってきます!」
「気をつけて行っておいで!」
「はい!」
何度も振り返りながら、モニカは歩いていく。
その姿は、とても嬉しそうだった。
*
街の人たちは、モニカのことをよく知っている。
毎朝、一人で学園へ向かうこと。
夕方になると、一人で屋敷へ帰っていくこと。
いつも笑顔で挨拶をすること。
そして――。
少し痩せすぎていること。
けれど、誰も深くは聞かなかった。
貴族の家の事情に、平民が口を出すことなどできない。
だから、できることだけをする。
パンが余った時にはパンを。
野菜が余った時には野菜を。
食堂で料理が余った時には、少しだけ包んで渡す。
毎日ではない。
毎回でもない。
街の人たちにも、それぞれの生活がある。
それでも――。
モニカが笑顔で挨拶をしてくれると、街の人たちも自然と笑顔になった。
*
王立学園に着く頃には、モニカの手には小さなパンの包みが残っていた。
「今日はパン……」
嬉しそうに呟く。
朝、屋敷の厨房で見つけた茹で芋。
そして、女将さんからもらったパン。
今日は食べるものがある。
それだけで、モニカにとっては嬉しい日だった。
学園では、モニカに声をかける生徒はほとんどいない。
痩せすぎた身体。
艶のない髪。
伯爵令嬢とは思えないほど質素な身なり。
それを見て、なんとなく距離を置かれている。
けれど、モニカは気にしていなかった。
もう慣れている。
授業が始まれば、モニカは誰よりも真剣に勉強する。
成績はいつも上位。
先生の話を一言も聞き漏らさないように耳を傾け、教わったことは一つ一つ覚えていく。
友達はいない。
けれど――。
「今日も頑張ろう」
モニカは小さく笑った。
そして、午後の授業へ向かった。
*
夕方。
学園を出たモニカは、朝と同じ道を歩いて帰る。
「モニカちゃん、お疲れさん!」
「気をつけて帰るんだよ!」
「こんばんは!」
「今日は遅かったね」
街の人たちの声に、モニカは笑顔で答える。
「こんばんは!」
「はい!」
「ありがとうございます!」
何度も手を振る。
何度も笑う。
街の人たちに見守られながら、モニカは歩いていく。
その足取りは軽かった。
街にいる間だけは――。
モニカは、自分が一人ではないような気がしていた。
そして、少しずつ屋敷が近づいてくる。
それでも今は。
今日、街でもらった優しさを胸いっぱいに抱えて――。
モニカは嬉しそうに歩いていた。




