第6話 モニカの部屋
「……モニカの部屋は、どこだ?」
ダンテの問いに、誰もすぐには答えなかった。
アリシアの部屋にいた侍女も、廊下に控えていた使用人たちも、気まずそうに視線を伏せている。
「答えろ」
低い声が響く。
「……北側の……」
ようやく、一人の使用人が口を開いた。
「北側?」
「はい……二階の北側にございます」
ダンテは眉を寄せた。
「案内しろ」
「……はい」
使用人の後を歩く。
廊下を進むにつれて、人の気配が少なくなっていく。
普段、ダンテが足を向けることのない場所だった。
明るい南側とは違い、北側の廊下は薄暗い。
「……こんな場所に?」
思わず呟く。
やがて使用人が、一つの扉の前で立ち止まった。
「こちらでございます」
ダンテは扉を見つめた。
古びている。
塗装もところどころ剥がれていた。
これが十五歳になる伯爵令嬢の部屋だとは、とても思えない。
「開けろ」
「はい」
扉が開く。
「……」
ダンテは言葉を失った。
狭い。
あまりにも狭い。
置かれているのは、古びたベッド。
小さな机。
椅子が一脚。
そして、最低限の衣類を入れるための小さな収納。
それだけだった。
壁には何もない。
本棚もない。
花もない。
姿見すらない。
窓から差し込む光も弱い。
北側だからだ。
ダンテはゆっくりと部屋へ入った。
「……ここが」
声が出ない。
「モニカの……部屋?」
使用人は黙って頭を下げた。
ダンテは部屋を見回した。
伯爵令嬢の部屋。
それどころか――。
使用人の部屋よりも狭い。
「……」
ベッドに手を触れる。
古びた布団。
決して上等とは言えない。
十五歳の娘が使うには、あまりにも粗末だった。
「こんなところで……」
十年間。
モニカはここで暮らしていたのか。
ダンテの胸に、重いものがのしかかる。
その時、机の上に置かれている小さなものが目に入った。
「……?」
近づく。
そこには、古びた髪飾りが一つだけ置かれていた。
ダンテはそれを手に取った。
「これは……」
見覚えがある。
エリンがまだ生きていた頃。
幼いモニカが身につけていたものだ。
「……エリン」
妻の名前が、自然と口からこぼれた。
脳裏に、昔の光景が浮かぶ。
幼いモニカを抱き上げて笑うエリン。
三人で過ごした時間。
あの頃は、幸せだった。
それなのに――。
「……私は、何をしていた?」
ダンテは髪飾りを握りしめた。
自分は仕事ばかりしていた。
屋敷のことは使用人に任せた。
モニカのことも、任せてしまった。
そして十年。
娘がどこで暮らしているのかすら、知らなかった。
「旦那様……」
背後から声がした。
振り返る。
そこには執事のローレンスが立っていた。
「ローレンス」
「はい……」
「これは、どういうことだ?」
ローレンスの顔が強張る。
「……」
「この部屋を見て、何も思わなかったのか?」
ローレンスは答えられない。
ダンテは静かに尋ねた。
「お前は……知っていたのか?」
長い沈黙。
やがてローレンスが、ゆっくりと頭を下げた。
「……はい」
ダンテの目が細くなる。
「そうか……」
怒鳴らない。
今はまだ。
何があったのかを知らないまま、誰かを責めるわけにはいかない。
ダンテは部屋を見回した。
十年間、ここで暮らしていた娘。
その事実だけが、胸に重くのしかかる。
「ローレンス」
「はい」
「このことは、誰にも言うな」
「……はい」
「特に――クラリッサには絶対に知らせるな」
ローレンスが顔を上げる。
「私が何を調べているのかもだ」
「承知いたしました」
ダンテは静かに頷いた。
「私は、十年間この屋敷で何が起きていたのかを調べる」
そして、もう一度だけ部屋を見た。
「……モニカ」
小さく娘の名を呟く。
今まで見えていなかったものが、少しずつ見え始めていた。
だが、まだ何も分からない。
だからこそ――。
焦ってはいけない。
まずは真実を知る。
そのために、ダンテは部屋を後にした。
扉が静かに閉まる。
ダンテはローレンスを連れて、執務室へと戻っていった。
十年間、見ようともしなかった真実を確かめるために。




