第68話 母の生まれた国
昼休み。
モニカとリリアは、いつもの食堂ではなく学園の図書室へ向かっていた。
「学園祭の準備で使えそうな資料、何かあるかな?」
「去年の記録が残っているかもしれないわね」
二人で棚を眺めながら、必要な本を探していく。
しばらくして、モニカの足がふと止まった。
一冊の分厚い本。
その背表紙に書かれていた文字に、モニカの視線が吸い寄せられる。
――グランディア帝国史。
「……グランディア帝国」
モニカは、そっと本を手に取った。
胸の奥が、少しだけざわめく。
母――エリン。
いや。
母の本当の名前は、エヴァンジェリン・フォン・グランディア。
グランディア帝国の皇族。
今まで自分にとって、帝国は遠い国だった。
けれど今は違う。
そこは、母が生まれ育った場所なのだ。
「モニカ?」
リリアの声に、モニカが振り向く。
「どうしたの?」
「ううん……」
モニカは本の表紙を見つめた。
「少し、この本を読んでみたいの」
「グランディア帝国の本?」
「ええ」
二人は近くの机へ移動した。
モニカは本を開く。
そこには、グランディア帝国の建国から現在までの歴史が記されていた。
初代皇帝。
歴代皇帝。
帝国が大きくなっていった過程。
そして、皇族について。
モニカは一ページずつ、ゆっくり読み進めていく。
「……お母様も、この国でこの歴史を学んだのかしら」
思わず、小さな声が漏れた。
リリアがモニカを見る。
けれど、何も言わなかった。
モニカはページをめくる。
母が生まれた国。
母が幼い頃に過ごした場所。
母が見ていたかもしれない景色。
そう考えると、不思議な気持ちになった。
もっと知りたい。
母のことを。
母が生きていた世界のことを。
モニカは夢中になって本を読んでいた。
そんな姿を隣で見ていたリリアが、しばらくして口を開いた。
「ねえ、モニカ」
「なに?」
「どうして……そんなにグランディア帝国のことを調べてるの?」
「……」
モニカの指が、ページの上で止まった。
「えっ? えっと……」
言葉が出てこない。
母が帝国の皇女だった。
自分もその血を引いている。
そして、自分の瞳には金色の輪が現れた。
でも――。
金環眼のことは、話せない。
お父様からも、決して人に知られてはいけないと言われている。
「……」
リリアは急かさなかった。
ただ、モニカの返事を待っている。
「ごめんなさい……」
モニカは小さく呟いた。
「今日は……言えないの」
「……うん」
リリアは少しだけ寂しそうに笑った。
「分かった」
「本当に、ごめんなさい」
「謝らなくていいよ」
リリアは首を横に振った。
「モニカが話したくないことを、無理に聞きたくないもの」
「リリア……」
「それに、昨日言ったでしょう?」
リリアが微笑む。
「私たち、親友なんだから」
モニカの胸が温かくなる。
「……ありがとう」
「ううん」
リリアは笑って、本を覗き込んだ。
「でも、グランディア帝国って本当に大きな国なんだね」
「ええ」
モニカも本に視線を戻す。
「……お母様は、ここで生まれたの」
その声には、ほんの少しだけ嬉しさが混じっていた。
リリアは何も聞かず、ただ隣にいてくれた。
やがて昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。
「戻ろうか」
「うん」
モニカは本を閉じた。
けれど、その日の放課後――。
家へ帰ったモニカは、真っ直ぐ父のもとへ向かった。
「お父様」
「どうした、モニカ?」
「……相談したいことがあります」
ダンテは娘の表情を見て、静かに頷いた。
「話してごらん」
モニカは、今日あったことを話し始めた。
図書室でグランディア帝国の歴史を調べていたこと。
そして、リリアに理由を尋ねられたこと。
「……それで、私は答えられませんでした」
「そうか」
ダンテは少し考え込む。
モニカは不安そうに父を見つめた。
「お父様……リリアになら、話してもいいのでしょうか」
「何を、だ?」
「私がお母様のことを知りたいと思っていることを……」
ダンテはしばらく黙っていた。
そして、優しく娘を見る。
「リリア嬢なら……話してもいいんじゃないか?」
「本当ですか?」
「ああ」
ダンテは頷いた。
「ただし、金環眼のことまで話す必要はない」
「……はい」
「お前が話したいと思うことだけでいい」
モニカは少し考える。
そして――。
「……お母様が、グランディア帝国の皇族だったこと」
「それくらいなら、いいだろう」
「ありがとうございます、お父様」
モニカは嬉しそうに微笑んだ。
「リリアは……私の親友ですから」
その言葉を聞いて、ダンテも穏やかに笑った。
「そうか」
モニカはもう一度、頷いた。
明日。
リリアに話そう。
母のことを。
そして――自分が知っている、母の故郷のことを。




