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モニカ・ハーマン物語~虐げられた伯爵令嬢は、亡き母の秘密と金環眼に導かれて  作者: 紅しょうが


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第65話 皇帝の決断


翌朝。


グランディア帝国の皇宮では、昨日に引き続き、皇族専用の書庫に明かりが灯っていた。


机の上には、何冊もの古い皇統記録が積み重ねられている。


ルドルフ、アデライード、そしてアダムの三人は、昨日から記録を調べ続けていた。


「……これ以上古い記録になると、かなり断片的ですね」


アダムが一冊の本を閉じる。


「そうだな」


ルドルフも頷いた。


これまでに分かったことは多い。


けれど――。


肝心の答えは、まだ見つかっていない。


金環眼。


皇族に十五歳から十六歳頃に現れることがある、不思議な瞳。


古くから帝国に伝わるその瞳を持つ者が皇帝となれば、国が繁栄する。


そんな伝承だけが、長い年月をかけて残されていた。


しかし、なぜ金環眼が現れるのか。


誰に現れるのか。


その条件について、明確に記されたものは見つからない。


ルドルフは、机の上に広げられた記録を見つめた。


「先々代には現れなかった」


「はい」


「フリードリヒにも」


「はい」


「そして……私にも現れなかった」


アダムが静かに頷く。


「三代続けて、発現していません」


その言葉を聞き、アデライードが静かに口を開いた。


「三代続けて皇帝に金環眼が現れなかった。その間に、エヴァの瞳に金色の輪が現れた……」


「……そうだ」


ルドルフの表情が曇る。


自分の妹、エヴァンジェリン。


十五歳になったあの日、彼女の瞳に金色の輪が現れていた。


けれど、その事実を知っていたのは母アデライードだけだった。


そしてエヴァンジェリンは帝国を離れ、エンターナル国へ。


そこでダンテと出会い、マクホランド王国へ渡った。


娘を一人授かり――十年前に亡くなった。


そして今。


その娘、モニカにも金環眼が現れた。


「……母娘で続けて、か」


ルドルフが呟く。


「はい」


アダムが答える。


「ですが、これだけでは何も断定できません」


「分かっている」


ルドルフは頷いた。


「だからこそ、慎重にならなければならない」


金環眼。


その存在を帝国中に知られれば、どうなるか。


皇位継承。


貴族たちの思惑。


そして、モニカ本人の人生。


考えなければならないことは多い。


「モニカ嬢には、まだ伝えない方がいいでしょう」


アダムの言葉に、ルドルフは静かに頷いた。


「私もそう思う」


アデライードも同意する。


「モニカは、ようやく父親との時間を取り戻し始めたところです」


その言葉に、ルドルフは母を見る。


「……そうなのか?」


「ええ」


アデライードは微笑んだ。


「ハーマン伯爵は、今までモニカを十分に見てやれなかったことを悔いています。けれど今は違う」


モニカの父。


ダンテ・ハーマン。


エヴァンジェリンが愛した男。


そして、モニカを守ろうとしている父親。


「ならば、なおさら急ぐ必要はない」


ルドルフはそう言った。


「金環眼が現れたからといって、あの子の人生を帝国の都合で変えてしまうわけにはいかない」


アデライードの目が、少し潤む。


「……ありがとうございます」


その時、アダムが祖母の様子を見つめた。


昨日、長い馬車の旅を終えたばかりだというのに、アデライードは休むことなく書庫へ入り、記録を調べ続けている。


「お祖母様……お疲れではありませんか?」


アデライードが顔を上げる。


「私は大丈夫ですよ」


「ですが、昨日はマクホランド王国から長い旅をして戻られたばかりです」


アダムは心配そうに祖母を見る。


「少し休んでください。続きは僕と父上で調べますから」


「アダム……」


優しい孫の言葉に、アデライードは目を細めた。


「ありがとう。あなたは本当に優しい子ですね」


「お祖母様だから心配しているんです」


アダムは照れたように微笑んだ。


その様子を見ていたルドルフも、ふっと表情を和らげる。


「アダムの言う通りだ。母上、今日はもう休んでください」


「……そうね」


アデライードは、ようやく頷いた。


けれど、立ち上がる前に一度だけ、机の上に置かれた記録へ目を向ける。


そこには、愛しい娘――エヴァンジェリンの名前がある。


そして、その娘であるモニカ。


「……あの子のためにも、無理をしてはいけませんね」


そう呟いて、アデライードは微笑んだ。


アデライードが書庫を出ていくのを見送ると、ルドルフは静かに息を吐いた。


「……さて」


アダムも姿勢を正す。


「これからどうしますか?」


ルドルフはしばらく考えた。


「記録の調査は続ける」


「はい」


「だが、今すぐ答えを出そうとはしない」


ルドルフは、古い皇統記録を閉じた。


「金環眼の謎を解くことより、まずはモニカ嬢の安全を優先する」


アダムが頷く。


「僕もそうします」


そしてルドルフが、静かに続けた。


「モニカ嬢については、しばらく今まで通りにしておく」


「金環眼のことも?」


「ああ。本人には、まだ何も伝えない」


アダムは頷いた。


「分かりました」


ルドルフは、閉じた皇統記録へ視線を落とす。


「いずれ、本人が知る時が来るかもしれない。だが、それを決めるのは帝国ではない」


その言葉に、アダムも静かに頷いた。


そして、アデライードが去った後の書庫には、二人だけが残った。


まだ、金環眼の謎は解けていない。


なぜ三代の空白を越えてエヴァンジェリンに現れたのか。


そして――


なぜ、その娘モニカにも現れたのか。


答えは、まだ古い歴史の中に眠っている。


けれど今は、その答えを急がない。


モニカが穏やかに暮らせること。


それが、三人にとって何よりも大切なことだった。


そして――


長い間眠っていた帝国の歴史は、静かに動き始めていた。

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