第63話 皇帝に伝えられた金環眼
グランディア帝国。
皇宮の一室では、皇帝ルドルフ・フォン・グランディアが執務を続けていた。
そこへ、扉を叩く音が響く。
「陛下、皇太后様とアダム皇子殿下がお戻りになりました」
「入ってもらえ」
ほどなくして扉が開き、アデライードとアダムが姿を現した。
二人の姿を見たルドルフは、椅子から立ち上がる。
「母上、お帰りなさいましたか」
「ええ。ただいま戻りました」
アデライードは穏やかに答えた。
けれど、ルドルフはすぐに気づいた。
母の表情が、いつもと少し違う。
どこか嬉しそうでありながら、同時に深く考え込んでいるようにも見える。
「……どうされました?」
ルドルフが尋ねると、アデライードは一瞬だけアダムへ視線を向けた。
アダムも静かに頷く。
二人の間で、すでに話すべきことは決まっている。
「陛下。少し、お話があります」
「分かりました。お座りください」
三人が席につく。
しばらくの沈黙のあと、ルドルフが口を開いた。
「マクホランド王国でのことですね」
「ええ」
ルドルフは、すでにエヴァンジェリンについて知っている。
妹が生きていたこと。
エンターナル国でハーマン伯爵と出会い、マクホランド王国へ渡ったこと。
そして、娘を一人授かっていたこと。
十年前、その妹が亡くなったことも。
だから今回の報告で、それ以上に何か重大なことがあるのだと察していた。
「何がありました?」
アデライードは、静かに息を吸った。
「……モニカに会いました」
ルドルフの表情が柔らかくなる。
「そうですか」
それは、母にとって初めての孫との対面だった。
「どんな子でしたか?」
その問いに、アデライードの顔に小さな笑みが浮かぶ。
「とても優しい子でした」
その一言には、今日見たモニカへの想いが込められていた。
「エヴァに……よく似ていました」
ルドルフも静かに目を伏せる。
「そうですか……」
妹の面影を持つ少女。
自分がまだ一度も会ったことのない姪。
その姿を想像しているようだった。
しかし、アデライードの表情から笑みが消える。
「ですが……陛下」
声の変化に、ルドルフが顔を上げた。
「もう一つ、報告しなければならないことがあります」
「何でしょう?」
今度はアダムが口を開いた。
「父上」
「なんだ?」
アダムは一度だけ息を整えた。
そして、まっすぐ父を見つめる。
「モニカ嬢に……金環眼が現れました」
「……何?」
ルドルフの目が大きく見開かれる。
一瞬、部屋の中から音が消えたようだった。
「金環眼……だと?」
「はい」
アダムは頷いた。
「僕自身、この目で確認しました」
ルドルフは言葉を失った。
グランディア帝国に古くから伝わる金環眼。
皇家の血を引く者に、十五歳から十六歳頃に現れると言われている。
誰に現れるのかは分からない。
そして、金環眼を持つ者が皇帝となった時、国が繁栄するという古い伝承。
その金環眼が――
自分の姪に現れた。
「……モニカに……」
ルドルフが呟く。
アデライードは静かに頷いた。
「ええ」
しかし、ルドルフの驚きはそれだけでは終わらなかった。
アデライードが、さらに続ける。
「そして……もう一つ、分かったことがあります」
「まだあるのですか?」
「ええ」
アデライードは、十年前の記憶を思い出していた。
十五歳になったエヴァンジェリン。
突然、その瞳に現れた金色の輪。
あの時のことを、今でも鮮明に覚えている。
それに気づいたのは、アデライードただ一人だった。
その瞬間、アデライードは悟った。
このことを、誰にも知られてはいけない。
エヴァンジェリンを皇位継承争いに巻き込ませてはならない。
その日のうちに、エヴァンジェリンの身の回りを守るため、侍女を入れ替えた。
さらに、表立って不自然にならないよう慎重に護衛の人数を増やした。
そして――
エンターナル国へ向かわせることを決めた。
「……あの時、私はエヴァを守ることしか考えていませんでした」
アデライードの声が、静かに響く。
「誰にも知られないようにして、エンターナル国へ送れば……あの子は安全だと思っていたのです」
ルドルフは何も言わなかった。
母の決断が、間違っていたとは思わない。
けれど――
その時、自分は何も知らされていなかった。
そして今になって初めて、妹エヴァンジェリンの瞳に金環眼が現れていたことを知った。
「……母上」
「何かしら?」
「なぜ……今まで、そのことを私に?」
アデライードは少しだけ目を伏せた。
「あなたを巻き込みたくなかったのです」
「……」
「エヴァを皇位継承争いに巻き込みたくなかった。それだけです」
ルドルフは何も言わなかった。
母の判断が、エヴァンジェリンを守るためだったことは理解できる。
そして今――
その妹の娘にも金環眼が現れた。
「……母娘で、金環眼が」
ルドルフの呟きに、アダムが答える。
「はい」
「なぜだ……?」
その問いに、三人とも答えられなかった。
誰にも分からない。
なぜ長い間、金環眼が現れなかったのか。
なぜエヴァンジェリンに現れたのか。
そして――
なぜ、その娘であるモニカにも現れたのか。
アデライードは静かにモニカの姿を思い浮かべた。
「……調べる必要がありますね」
アダムが頷く。
「僕もそう思います」
ルドルフはしばらく考えた後、静かに顔を上げた。
「古い皇統記録を調べよう」
その声には、皇帝としての強い意志が宿っていた。
「金環眼について、残されている記録をすべて集める」
アデライードとアダムは、黙って頷いた。
長い間、誰も深く調べる必要がないと思っていた古い伝承。
けれど今――
その伝承は、再び現実のものとなった。
しかも、それは一人ではない。
エヴァンジェリン。
そして、その娘――
モニカ。
二人の瞳に宿った金色の輪が、止まっていた帝国の歴史を再び動かそうとしていた。




