第60話 祖母との面会
グランディア帝国から長い旅を終え、ハーマン伯爵家を訪れていたアダム。
帰国を前に、応接室ではダンテとアダムが向かい合っていた。
「ハーマン伯爵」
「はい」
「帝国へ戻る前に、お伝えしておきたいことがあります」
アダムは少し言葉を選ぶように続けた。
「祖母……アデライード皇太后が、モニカ嬢に会いたいと望んでいます」
ダンテの表情が僅かに強張った。
「……モニカに?」
「はい」
アダムは頷いた。
「ただし、モニカ嬢を帝国へ呼ぶつもりはありません」
その言葉を聞き、ダンテの表情が少しだけ緩んだ。
「祖母が、自らこちらへ来たいと望んでいます」
「……皇太后陛下が?」
「はい」
ダンテは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「正直に申し上げます」
「どうぞ」
「私は……モニカを帝国に関わらせることに、不安があります」
アダムは黙って聞いていた。
ダンテは静かに息を吐く。
「エリンは、帝国を離れてここで生きることを選びました。私は……モニカまで帝国の事情に巻き込みたくはありません」
「……分かっています」
アダムは静かに答えた。
「だからこそ、祖母もモニカ嬢を帝国へ呼ぶのではなく、自分から会いに行きたいと言ったのだと思います」
ダンテは黙ったまま、アダムを見つめた。
「モニカ嬢を皇族として扱うことを、祖母が望んでいるわけではありません」
アダムは言葉を選びながら続ける。
「ただ、エヴァンジェリン皇女殿下の娘として……一人の孫として、会いたいのです」
ダンテは、しばらく考え込んでいた。
やがて、静かに息を吐く。
「……モニカ自身は、どうするか決めるべきでしょう」
「はい」
「私が勝手に決めることではありません」
アダムは頷いた。
「では、モニカ嬢にも話してよろしいでしょうか?」
「お願いします」
その時だった。
応接室の扉が、控えめに叩かれた。
「お父様、失礼いたします」
「入っておいで」
ダンテの返事を聞き、扉が開く。
そこからモニカが入ってきた。
モニカはまず、ダンテの隣にいるアダムへ視線を向けた。
そして、貴族令嬢らしく丁寧にカーテシーをする。
「アダム殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
「モニカ嬢、こちらこそ。どうぞ顔を上げてください」
アダムが穏やかに答える。
モニカは顔を上げ、改めて二人を見た。
「お父様、お話し中でしたか?」
「いや、大丈夫だ」
ダンテはそう答えた。
「モニカ、お前に話がある」
「私に……?」
モニカが不思議そうに首を傾げる。
アダムは静かに口を開いた。
「モニカ嬢。アデライード皇太后陛下が、あなたに会いたいと望んでいます」
「……皇太后様が?」
モニカの瞳が大きくなる。
「はい」
アダムは頷いた。
モニカはしばらく黙っていた。
母の日記に記されていた、自分の知らなかった母の過去。
エヴァンジェリン・フォン・グランディア。
グランディア帝国の皇女だった母。
そして、その母を生んだ人。
「……お母様のお母様、ですよね?」
「はい」
アダムが答える。
モニカは少しだけ俯いた。
会ったことはない。
顔も知らない。
それでも、その人は自分の母を愛していた人なのだ。
そう思うと、不思議と胸の奥が温かくなった。
「……会ってみたいです」
モニカは顔を上げた。
その表情には、不安よりも好奇心が浮かんでいる。
「本当にいいのか?」
ダンテが尋ねる。
「はい、お父様」
モニカは笑った。
「お母様のお母様なのでしょう?」
その言葉に、ダンテは少しだけ目を細める。
「私も、お話を聞いてみたいです」
ダンテは、モニカの笑顔を見つめた。
以前のモニカなら、こんな大きな話を聞けば、まず周囲の顔色を窺っていたかもしれない。
けれど、今は違う。
自分を守ってくれる父がいる。
自分の気持ちを聞いてくれる人がいる。
だからモニカは、素直に自分の気持ちを口にできる。
「……そうか」
ダンテは、静かに微笑んだ。
「ならば、私も反対はしない」
「ありがとうございます、お父様」
モニカが嬉しそうに笑う。
その笑顔を見て、ダンテの胸にも少しだけ安堵が広がった。
アダムは二人の様子を見ながら、静かに立ち上がった。
「では、私は帝国へ戻ります」
「もう帰国されるのですか?」
モニカが尋ねる。
「はい。祖母に、モニカ嬢が会うことを望んでいると伝えなければなりません」
「皇太后様……喜んでくださるでしょうか?」
その言葉に、アダムは微笑んだ。
「きっと」
そして、少しだけ考えてから続けた。
「祖母は……あなたに会える日を、心待ちにしていると思います」
モニカは胸元に手を当てた。
「……私も、会ってみたいです」
その言葉を聞き、ダンテは静かに娘を見つめた。
エリンの面影を残す、愛しい娘。
その娘が、母の母と初めて顔を合わせようとしている。
不安がないわけではない。
それでも――。
モニカ自身が望むのなら。
ダンテは、その気持ちを尊重しようと思った。
「アダム殿下」
「はい」
「皇太后陛下にお伝えください」
ダンテは静かに告げた。
「モニカは、皇太后陛下にお会いすることを望んでいます」
アダムは頷いた。
「承知しました」
こうしてアダムは、グランディア帝国へ戻ることになった。
帝国へ到着すれば、アデライードに伝えることがある。
そしてその先には――。
エヴァンジェリンの娘と、その母。
二人が初めて顔を合わせる日が待っている。




