↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モニカ・ハーマン物語~虐げられた伯爵令嬢は、亡き母の秘密と金環眼に導かれて  作者: 紅しょうが


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/76

第58話 もう一つの真実


 皇太后宮。


 静かな部屋の中で、アデライードは目の前に座る孫――アダムを見つめていた。


 長い年月、胸の奥にしまい続けてきた記憶。


 今こそ、話さなければならない。


「アダム……」


「はい」


「エヴァンジェリンのことを、どこまで聞いているのです?」


 アダムは、これまでにダンテから聞いたことを伝えた。


 エンターナル国でエヴァンジェリンと出会ったこと。


 その後、二人でマクホランド王国へ向かい、結婚したこと。


 そして――十年前に亡くなったこと。


「……そうですか」


 アデライードは静かに目を伏せた。


 エヴァンジェリンの名を聞くだけで、今でも胸が痛む。


「では、私から話しましょう」


 アデライードはゆっくりと息を吐いた。


「エヴァに……金環眼が現れたのです」


 アダムの表情が変わる。


「金環眼……」


「ええ」


 アデライードは頷いた。


「皇族には、十五歳から十六歳の間に金環眼が現れることがあります」


「誰に現れるのかは、分からない……」


「そうです」


 アデライードは静かに続けた。


「生まれた時から分かっているものではありません。皇族であっても、現れる者もいれば、現れない者もいます」


「叔母上には現れた」


「ええ」


 アデライードは頷いた。


「そして、ルドルフには現れませんでした」


 アダムは黙って祖母を見つめる。


 アデライードは膝の上で手を握りしめた。


「だから私は……怖くなったのです」


「怖く……?」


「エヴァが、皇位継承争いに巻き込まれてしまうのではないかと」


 その声には、当時の苦悩が滲んでいた。


「私は、あの子を政治の道具にしたくありませんでした」


 アデライードは目を伏せる。


「皇位を巡る争いから、エヴァを遠ざけたかったのです」


「それで、エンターナル国へ?」


 アダムが尋ねる。


「ええ」


 アデライードは頷いた。


「私はエンターナル国の出身です。あの国なら、エヴァを守ってくれると思いました」


 アダムは、少し考えてから尋ねた。


「叔母上には、その理由を説明したのですか?」


 アデライードは首を横に振った。


「いいえ」


「なぜです?」


「詳しく話せば、エヴァは帝国を離れることを拒むと思ったからです」


 アデライードは苦しそうに微笑んだ。


「だから私は、あの子にこう言いました」


 一度、言葉を止める。


「『少し遠くへ行きましょう』と」


 それだけだった。


 なぜ帝国を離れるのか。


 なぜエンターナル国へ行くのか。


 金環眼が何を意味するのか。


 エヴァンジェリンは、何も知らされていなかった。


「エンターナル国へ着いた後、エヴァは御者の隙をついて逃げ出しました」


「……逃げたのですか?」


「ええ」


 アデライードは小さく頷いた。


「何も知らされず、知らない国へ連れて行かれたのですもの。自分が誘拐されたと思ったのでしょう」


 その瞬間、アデライードの瞳に涙が浮かんだ。


「私は……あの子を守りたかった」


 一筋の涙が頬を伝う。


「けれど、あの子には……それが分からなかったのでしょうね」


 アダムは何も言えなかった。


 自分を守るためだったと知らないまま、エヴァンジェリンは逃げた。


 そして、その後の人生を帝国とは遠く離れた場所で生きることになった。


「その後、帝国ではどうしたのですか?」


 アダムが尋ねる。


「皇帝には、私がしたことをすべて話しました」


 アデライードは涙を拭った。


「エヴァをエンターナル国へ送ったこと。そして、そこで消息が分からなくなったことも」


「帝国は、叔母上を探したのですね」


「ええ」


 アデライードは頷く。


「追っていたのではありません。探していたのです」


 けれど、見つけることはできなかった。


 エヴァンジェリンは、自分が帝国に探されていることさえ知らなかった。


 その後、エンターナル国でダンテと出会い、マクホランド王国へ向かった。


 そして――エリン・ハーマンとして生きた。


「私は……あの子がどこで、どんなふうに生きているのか、何も知りませんでした」


 アデライードの声が震える。


「ただ、いつか見つかると……そう思っていたのです」


 アダムは黙って聞いていた。


「そして今になって、叔母上が生きていたことを知った」


「……ええ」


「でも……もう十年前に亡くなっている」


 アデライードは目を閉じた。


 頬を、また涙が伝う。


「……生きていてくれたのね」


 小さな声だった。


「エヴァ……ちゃんと生きていたのね」


 悲しみの中に、ほんの少しの安堵が混じっていた。


「そして……娘もいた」


「はい」


 アダムが答える。


「モニカ・ハーマン嬢です」


「モニカ……」


 アデライードは、その名前をゆっくりと口にした。


「エヴァの娘……」


 涙を拭いながら、ほんの少しだけ微笑む。


「あの子が……母親になっていたのね」


「はい」


「幸せに暮らしていたのでしょうか……」


「それは……」


 アダムは言葉を選んだ。


 モニカがハーマン伯爵家でどのような扱いを受けてきたのか。


 それを、帝国側はまだ知らない。


「叔母上は、娘を残してくれました」


 アダムは静かに答えた。


「……そう」


 アデライードは目を伏せた。


「それなら……よかった」


 静かな声だった。


「エヴァに、娘がいてくれたのなら……」


 しばらく、部屋には沈黙が流れた。


 アデライードは何度も涙を拭った。


 そして、ようやく顔を上げる。


「アダム」


「はい」


「私は……エヴァを守りたかったのです」


「……はい」


「それが正しかったのか、今でも分かりません」


 アダムは、祖母の苦しそうな表情を見つめた。


「祖母上」


「……何です?」


「一つ、私からもお伝えしなければならないことがあります」


 アデライードが顔を上げる。


「モニカについてです」


「モニカ……?」


 アダムは一度、深く息を吸った。


 ここまで話を聞いた今、もう隠しておくことはできない。


「モニカ嬢にも……金環眼が現れています」


「…………」


 アデライードの表情が止まった。


「……今、何と?」


「モニカ嬢の瞳に、金色の輪が現れました」


 アダムは、祖母の目を真っ直ぐに見つめた。


「私は、この目で確認しています」


 アデライードは言葉を失った。


 やがて、震える手を口元に添える。


「……エヴァの娘に……?」


「はい」


「モニカに……金環眼が……」


 アデライードの瞳から、再び涙がこぼれ落ちた。


 エヴァンジェリンに現れた金環眼。


 そして、その娘であるモニカにも現れた金環眼。


 長い年月を隔てて――。


 二人の運命が、再び一つの線で繋がった瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。