第51話 繋がり始める記憶
数日後。
「モニカさん、この問題……どうやって解いたの?」
授業が終わった教室で、クラスメイトの一人がモニカに声をかけた。
「え?」
「この最後のところ。私、どうしても分からなくて」
差し出された教科書を見て、モニカは少し考える。
「ここは、この公式を使って……」
モニカが丁寧に説明すると、令嬢は目を輝かせた。
「なるほど! そういうことだったのね」
「はい」
「ありがとう、モニカさん!」
「どういたしまして」
モニカは笑顔で答えた。
少し前までなら、こんなふうに誰かから話しかけられることさえなかった。
けれど今は違う。
授業中に発言することも増えた。
分からないことがあれば先生に質問することもできるようになった。
そして最近では、こうしてクラスメイトから頼られることも少しずつ増えている。
「モニカ、行きましょう」
教室の入り口からリリアが声をかける。
「はい、リリアさん」
二人は並んで教室を出た。
「最近のモニカ、すごく楽しそうね」
「そうですか?」
「うん。前よりずっと笑うようになったもの」
モニカは少し照れたように笑った。
「……毎日が楽しいんです」
「それなら良かった」
リリアも嬉しそうに笑った。
◇◇◇
一方、その頃。
アダムは王立学園の図書室で、古い資料を広げていた。
マクホランド王国内で調べられることは、ほとんど調べ尽くした。
エリン・ハーマン。
十七年前にダンテ・ハーマンと結婚。
十年前に死去。
しかし、出身地も実家も分からない。
「……やはり、ここでは限界か」
アダムは一冊の資料を閉じた。
ならば、別の場所から調べるしかない。
「エンターナル国……」
ダンテがエリンと出会った場所。
そこなら、何か記録が残っているかもしれない。
エリンがどこからエンターナル国へ来たのか。
そして、なぜマクホランド王国へ渡ったのか。
そこを辿れば、彼女の正体に近づけるかもしれない。
アダムはさらに、グランディア帝国の古い記録にも目を向けた。
皇族の系譜。
過去の皇族の婚姻。
そして――行方不明になった皇女についての記録。
ある頁で、アダムの手が止まった。
そこには、十数年前に行方不明となった皇女について記されていた。
名前は――。
エヴァンジェリン・フォン・グランディア。
「……エヴァンジェリン」
アダムは、その名をじっと見つめた。
十五歳の頃に行方不明となった皇女。
そして、現在のモニカの母親――エリン。
「年齢を照らし合わせれば……」
アダムは考える。
エヴァンジェリンが行方不明になった時期。
エリンがハーマン伯爵と結婚した時期。
時期は近い。
だが、名前が違う。
「……偶然、だろうか」
エヴァンジェリン。
エリン。
確かに似ている。
だが、それだけで同一人物だと考えるのは早すぎる。
まして、エヴァンジェリン皇女はグランディア帝国の皇女。
エリン・ハーマンはマクホランド王国の伯爵夫人。
身分も違えば、名前も違う。
「まだ、何か足りない」
アダムは静かに呟いた。
それでも――。
初めて、二つの名前が同じ机の上に並んだ。
エリン・ハーマン。
エヴァンジェリン・フォン・グランディア。
まだ一本の線にはならない。
けれど、点と点は確かに近づき始めていた。
◇◇◇
放課後。
「また明日ね、モニカ」
「はい、リリアさん。また明日」
校門でリリアと別れ、モニカは自分の馬車へ向かった。
馬車に乗り込むと、モニカは窓の外を眺める。
以前は、学園が終われば一刻も早く屋敷へ帰りたいと思っていた。
けれど今は違う。
明日が来るのが楽しみだと思える。
そんな自分の変化が、モニカには嬉しかった。
やがて馬車が屋敷へ到着する。
玄関では、ダンテが待っていた。
「お帰り、モニカ」
「ただいま帰りました、お父様」
「今日はどうだった?」
「はい!」
モニカの顔がぱっと明るくなる。
「今日は授業でクラスメイトに質問されて、それからリリアさんと――」
モニカは今日あった出来事を、嬉しそうに話し始めた。
ダンテはそんな娘の話を、黙って聞いている。
「……そうか」
小さく笑う。
以前とは違う。
モニカは今、確かに笑っている。
友達の話をしている。
学校であった出来事を、自分から話してくれている。
それだけで、ダンテには十分だった。
そしてモニカは知らない。
自分の母親へと繋がる過去を、遠く離れた場所で一人の皇子が追い始めていることを――。
夕暮れの光が、モニカの瞳を一瞬だけ金色に輝かせた。




