第41話 止まっていた成長
朝。
モニカは鏡の前で制服の袖を整えていた。
「……あら?」
ボタンを留めようとして、モニカは首を傾げる。
「また制服がきついわ」
ついこの間、新しく仕立ててもらったばかりだった。
それなのに、以前より明らかに窮屈になっている。
「おかしいな……」
モニカは腕を動かしてみる。
そして立ち上がった瞬間――。
「……いたっ」
足に違和感が走った。
モニカはその場で足をさする。
「なんだろう……」
少し不思議に思いながらも、朝食の時間になったので部屋を出た。
◇◇◇
「お父様」
「どうした?」
朝食の席で、モニカが口を開く。
「制服が少しきつくて……」
「制服が?」
「はい。それに……」
モニカは自分の足を見る。
「足も、なんだか痛くて」
ダンテは一瞬、目を丸くした。
そしてモニカを上から下まで眺める。
「……モニカ」
「はい?」
「それは……成長痛じゃないか?」
「成長痛?」
モニカが首を傾げる。
「おそらくな」
ダンテは少し笑った。
「最近、急に身長が伸びているんじゃないか?」
「そうなんでしょうか?」
「制服がきつくなったのだろう?」
「はい」
「なら、身体が成長している証拠だ」
モニカは自分の腕を眺めた。
「私……大きくなっているんですね」
「ああ」
ダンテは微笑んだ。
「少し測ってみよう」
「はい!」
食事を終えると、ダンテはモニカの身長を測った。
「……やはり、かなり伸びているな」
「本当ですか?」
「前に測った時より、随分と伸びている」
モニカは嬉しそうに笑った。
「嬉しいです」
「そうか」
ダンテも笑う。
その笑顔を見ていると、胸の奥が温かくなった。
モニカが、健やかに成長している。
それが何より嬉しい。
――だが。
ダンテの胸には、一つだけ消えない不安があった。
エリンの日記。
そこに記されていた、金色の輪。
金環眼。
ダンテは、エリンの瞳に現れたそれを何度か見たことがある。
あの頃は、ただ見惚れていた。
光を受けると、瞳の中に浮かぶ金色の輪。
綺麗だと思った。
まさか、それが皇位継承者の証だなどとは知らなかった。
もし――。
モニカに現れなければ、それでいい。
そう願っている。
だが、もし現れたら?
その時、自分はどうすればいい?
グランディア帝国に知られる前に、モニカを隠すのか。
その考えが頭をよぎる。
けれど――。
ダンテはすぐに首を振った。
もう、モニカを日の当たらない場所へ追いやるようなことはしたくない。
十年間。
自分は父親として、モニカに十分なことをしてやれなかった。
ようやく笑うようになった。
友人もできた。
毎日きちんと食事を取り、今ではこうして身体も成長している。
そんなモニカから、また何かを奪うことなどできない。
「……モニカを守らなければ」
小さく呟いた。
「お父様?」
「いや……何でもない」
ダンテは笑って誤魔化した。
だが、頭の中にはもう一つ気になる存在があった。
アダム・フォン・グランディア。
グランディア帝国の皇太子。
もしアダムに金環眼が現れたのなら、帝国から何らかの知らせが届くはずだ。
新聞にも記事が載るだろう。
だが、今のところ、そのような話は聞いていない。
ならば――。
アダムにも、まだ金環眼は現れていないのかもしれない。
もちろん、まだ十五歳から十六歳という発現の時期の途中だ。
確かなことは何も分からない。
それでも、ダンテの胸に不安は残った。
エリンが残した日記。
そこに書かれていた、母の秘密。
そして――。
『モニカを守ってください』
あの言葉。
ダンテは、あの日記を閉じた時に決めた。
もう逃げない。
もう目を逸らさない。
「エリン……」
心の中で、亡き妻へ語りかける。
「約束する」
ダンテは、目の前で嬉しそうに笑っている娘を見つめた。
「今度こそ、私がモニカを守る」
その決意の奥で――。
まだ誰にも見えない運命が、静かに動き始めていた。




