第29話 シルビーと再会
今日は学園が休みだった。
朝食の席で、モニカはいつもよりゆっくりと食事をしていた。
昨夜はテストで二位だったことをお父様に報告できた。
そして今日は、特別な予定もない。
そう思っていた。
「モニカ」
「はい、お父様?」
向かいに座るダンテが、静かに口を開いた。
「今日は学園が休みだったな」
「はい」
「……なら、出かけないか?」
「お出かけですか?」
「ああ」
ダンテは少しだけ間を置いた。
「シルビーに会いに行こう」
「……え?」
モニカの手が止まった。
「シルビー……?」
「ああ。見つけた」
「本当に……?」
モニカの瞳が大きくなる。
「本当だ」
「シルビーが……見つかったんですか?」
「昨日、会ってきた」
「昨日……?」
「ああ。そして、お前に会いたいと言っていた」
モニカの胸が、一気に高鳴った。
「……会いたいって?」
「お前に会うことを、とても喜んでいた」
モニカの目に、じわりと涙が浮かぶ。
「……シルビー」
十年前。
母が亡くなった後も、自分を気にかけてくれた人。
いつも優しくしてくれた人。
けれど、ある日突然、屋敷からいなくなった。
もう二度と会えないと思っていた。
「お父様……」
「どうした?」
「今日、会いに行ってもいいんですか?」
「もちろんだ」
「……はい!」
モニカは笑った。
「行きたいです!」
朝食を終えると、二人はすぐに出発した。
馬車の中でも、モニカは落ち着かなかった。
窓の外を眺めては、また座り直す。
「お父様」
「何だ?」
「シルビー、私のこと分かるでしょうか?」
「分かるさ」
「でも……十年ですよ?」
「それでも分かる」
ダンテは少し笑った。
「昨日、私が会った時も、お前のことを一番に聞いた」
「……本当に?」
「ああ」
モニカは胸元に手を当てた。
そこには、母の形見であるペンダントがある。
「……よかった」
小さく呟く。
「私も……ずっと会いたかったから」
しばらくして、馬車が一軒の商家の前で止まった。
「着いたぞ」
「……はい」
モニカは一度深呼吸した。
緊張している。
会いたい。
でも、少し怖い。
十年ぶりだから。
自分のことを覚えていてくれるだろうか。
そんな不安を抱えながら、ダンテの後に続いて店の中へ入った。
「伯爵様、お待ちしておりました」
「シルビーは?」
「奥の部屋におります」
その言葉を聞いた瞬間、モニカの心臓が大きく跳ねた。
奥の部屋の扉が開く。
「シルビー」
ダンテが声をかける。
部屋にいた女性が振り返った。
「……旦那様」
そして、その視線がダンテの後ろにいる少女へ向く。
「……まさか」
モニカも動けなかった。
少しだけ歳を重ねた。
それでも――。
分かる。
「……シルビー?」
「モニカ……様?」
次の瞬間。
「モニカ様……!」
シルビーが駆け寄ってきた。
「シルビー……!」
モニカも駆け出す。
二人は十年ぶりに抱き合った。
「まあ……まあ……!」
シルビーはモニカを強く抱きしめる。
「こんなに大きくなられて……」
「シルビー……」
モニカの目から涙がこぼれる。
「ずっと……会いたかった……」
「私もです……」
シルビーも涙を流していた。
「ずっと、モニカ様のことを心配しておりました」
「ごめんなさい……」
「謝らないでください」
シルビーはモニカの髪を優しく撫でる。
「モニカ様は何も悪くありません」
「……うん」
モニカはシルビーの胸に顔を埋めた。
懐かしい。
あの頃と同じ温かさだった。
しばらくして、三人は椅子に座った。
「モニカ様……本当に立派になられましたね」
「そうですか?」
「はい」
シルビーは嬉しそうに微笑む。
「お母様に、とてもよく似ていらっしゃいます」
「……お母様に?」
「ええ」
モニカは胸元のペンダントに触れた。
「これも、お母様のものなんです」
シルビーの視線がペンダントへ向く。
一瞬、表情が変わった。
けれど、何も言わなかった。
「……そうですか」
シルビーは静かに微笑んだ。
「シルビー」
モニカが顔を上げる。
「はい」
「お母様のこと、もっと聞きたいです」
その言葉に、シルビーは少しだけ目を伏せた。
「……はい」
「私、お母様のことをもっと知りたい」
シルビーはしばらく黙っていた。
そして――。
「モニカ様」
「はい?」
「実は……お渡ししたいものがあります」
「私に?」
「はい」
シルビーは席を立った。
部屋の隅に置かれていた小さな鞄を取り出す。
その中から、さらに布に包まれたものを取り出した。
「これは……」
布を開く。
そこにあったのは、一冊の古い日記だった。
普通の日記帳とは少し違う。
表紙は年月を感じさせるほど古い。
そして――。
小さな鍵が付いていた。
「鍵……?」
「はい」
モニカは不思議そうに日記を見る。
「これは、エリン様からお預かりしたものです」
「……お母様から?」
シルビーは静かに頷いた。
「はい」
「いつ……?」
「モニカ様が、もう少し大きくなられたら渡してほしいと」
モニカの呼吸が止まる。
「私に……?」
「はい」
シルビーは日記を両手で持ち、モニカへ差し出した。
「エリン様は、こうおっしゃいました」
シルビーの声が少し震える。
「『この子が大きくなったら、渡してあげて』と」
モニカは、差し出された日記を見つめた。
母が残したもの。
自分の知らない母の言葉が、ここにある。
ゆっくりと両手を伸ばす。
「……ありがとうございます」
日記を受け取る。
ずしりとした重みが、両手に伝わった。
モニカは表紙をそっと撫でた。
「お母様……」
胸がいっぱいになる。
けれど――。
この日記に何が書かれているのか。
それを知るのは、もう少し先だった。
モニカの手の中で。
小さな鍵が、静かに揺れていた。




