第28話 エリンの秘密 ②
ダンテは、オルゴールの内側に指をかけた。
浮いていたベルベットを、ゆっくりと持ち上げる。
「……!」
そこには、小さく折り畳まれた紙が隠されていた。
「これは……」
ダンテは慎重に取り出した。
紙はかなり古い。
ところどころ黄ばんでおり、長い年月が経っていることが分かる。
ゆっくりと広げてみる。
「……新聞の切れ端か?」
小さく切り取られた古い新聞記事。
その記事に掲載されていた写真を見た瞬間、ダンテは息を呑んだ。
「……これは」
写真には、グランディア帝国の皇族が勢揃いしていた。
皇帝。
皇妃。
皇子。
そして――。
皇妃のすぐ隣に、一人の少女が立っている。
十五、六歳ほどだろうか。
まだ幼さの残る少女。
だが、その顔を見た瞬間。
ダンテの心臓が大きく跳ねた。
「……エリン?」
思わず名前が口からこぼれる。
少女は、今のモニカに驚くほどよく似ていた。
目元。
鼻筋。
口元。
どこを見ても、モニカの面影がある。
「……まさか」
ダンテは写真から目を離せなくなった。
そして、新聞の切れ端を裏返す。
そこには、手書きの文字が残されていた。
古い文字。
だが――。
見間違えるはずがない。
エリンの筆跡だった。
そこに書かれていた名前。
『エヴァンジェリン・フォン・グランディア』
「……エヴァンジェリン・フォン・グランディア」
ダンテは、その名をゆっくり口にした。
知っている。
グランディア帝国の皇族として、その名が記録されていることを。
そして写真の少女が、皇妃の隣に立っていることも。
「……エリン」
ダンテは写真の少女を見つめる。
「お前は……」
頭の中で、今までの出来事が次々と繋がっていく。
エリンが残したオルゴール。
そこに刻まれていたグランディア帝国の紋章。
そして――。
モニカが身につけているペンダント。
あのペンダントにも、同じ紋章が刻まれていた。
モニカが持っている理由は、ダンテにもなんとなく分かっている。
エリンの葬儀の日。
幼かったモニカが、母の形見としてこっそり外したのだろう。
ダンテは、そのことをモニカに尋ねたことはない。
そして、これからも聞くつもりはなかった。
モニカにとって、大切な母の形見なのだから。
だが――。
そのペンダントが、エリンの出自に繋がるものだったとしたら。
「……」
ダンテは写真とオルゴールを交互に見つめた。
エリンが持っていたオルゴール。
モニカが母の形見として持つペンダント。
そこに刻まれた同じ紋章。
そして――。
エヴァンジェリン・フォン・グランディアという名前。
「……やはり」
ダンテは息を呑んだ。
「エリンは……皇女なのか?」
だが、まだ断定はできない。
なぜエリンがエンターナル国へ来たのか。
なぜ自分には何も話さなかったのか。
なぜ、この写真をオルゴールの中に隠したのか。
そして――。
なぜ、あの手紙に、
『あなたに話さなければならないことがあります』
と書いたのか。
分からないことばかりだ。
「……何を知っていたんだ、エリン」
ダンテは写真を見つめた。
けれど、一つだけ確かなことがある。
エリンには、自分にも話せなかった秘密があった。
そして、その秘密は――。
モニカにも繋がっている。
◇
その頃。
モニカは学園から帰る馬車の中にいた。
今日は朝から、ずっと落ち着かなかった。
早くお父様に伝えたい。
その気持ちでいっぱいだった。
やがて馬車が屋敷に到着する。
「ただいま戻りました!」
モニカは玄関を入ると、いつもより早足で食堂へ向かった。
そこにはダンテがいた。
「お父様!」
「おかえり、モニカ」
「聞いてください!」
勢いよく駆け込んできた娘に、ダンテは少し驚く。
「どうした?」
「私……テストで二位でした!」
「……二位?」
「はい!」
モニカは嬉しそうに頷いた。
「五日間のテスト期間、頑張ったんです」
ダンテは目を細める。
「そうか……」
「今までの私の最高順位は三十位だったんです」
「三十位が最高だったのか?」
「はい」
モニカは少し恥ずかしそうに笑う。
「だから、自分でもびっくりしました」
「それは驚くな」
ダンテの口元にも笑みが浮かぶ。
「よく頑張ったな、モニカ」
「ありがとうございます!」
モニカの顔がぱっと明るくなる。
そして少しだけ照れながら、言った。
「でも……一番嬉しいのは、お父様に報告できたことです」
ダンテの胸が熱くなった。
「そうか」
「はい」
モニカは嬉しそうに笑った。
少し前まで、この子は十分な食事さえ与えられず、暗い部屋で一人で過ごしていた。
それが今は――。
自分から勉強し、学園で努力し、その結果を嬉しそうに報告してくれる。
「本当に、よく頑張った」
「ありがとうございます、お父様」
モニカは嬉しそうに笑う。
そして、少し考えてから付け加えた。
「たぶん……ご飯をちゃんと食べるようになったからだと思います」
「……食事?」
「はい」
モニカは真剣な顔で頷いた。
「ちゃんと食べるようになったら、頭がよく働くようになった気がします」
ダンテは思わず笑った。
「それは大事なことだな」
「はい!」
モニカは胸を張った。
ちゃんと食べる。
ちゃんと眠る。
そして、勉強する。
それだけで、自分の力を出せるようになった。
モニカはそれが嬉しかった。
その夜。
自分の部屋へ戻ったモニカは、ふかふかなベッドに腰を下ろした。
「二位……」
小さく呟く。
まだ夢のようだった。
でも、夢ではない。
自分が頑張った結果だ。
「もっと頑張ろう」
モニカは小さく笑った。
自分のために。
そして――。
「お父様のためにも」
その頃。
執務室では、ダンテがオルゴールの中から見つけた新聞の切れ端の写真を見つめていた。
写真に写る、十五、六歳ほどの少女。
その少女は、今のモニカと驚くほどよく似ている。
そして、写真の裏には――。
『エヴァンジェリン・フォン・グランディア』
という名前が残されていた。
「……エリン」
ダンテは静かに呟いた。
エリンが隠していた秘密。
その扉が――。
今、初めて開き始めた。




