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モニカ・ハーマン物語~虐げられた伯爵令嬢は、亡き母の秘密と金環眼に導かれて  作者: 紅しょうが


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第27話 エリンの秘密

モニカが学園へ通うようになって、数日が過ぎた。


 その間も、ダンテの頭から離れないものがあった。


 エリンが残したオルゴール。


 そして、モニカが幼い頃から身につけていたペンダント。


 二つに刻まれ


いた、同じ紋章。


 グランディア帝国の紋章であることは、


ダンテにも分かっている。


 だが――。


 なぜエリンが持っていたのか。


 なぜモニカがそのペンダントを持っているのか。


 そして、エリンが言い残した「残したもの」とは何なのか。


「……調べるしかないな」


 ダンテはそう呟き、王立図書館へ向かった。


 王立図書館には、グランディア帝国に関する書物がいくつも収められていた。


 歴史書。


 帝国の建国や歴代皇帝について記された書物。


 マクホランド王国との関係を記した外交史。


 そして、古い紋章を図解した書物。


 ダンテは何冊もの本を机に積み上げ、一冊ずつ確認していった。


「……これか」


 ある歴史書に、古いグランディア帝国の紋章がいくつか掲載されていた。


 その中の一つに目が留まる。


 オルゴールとペンダントに刻まれていたものと、よく似ている。


「やはり、グランディア帝国のものか」


 だが、それ以上の説明はほとんどない。


 現在の皇族が使っている紋章との違いについても、詳しく書かれていない。


 どの皇族に関係するものなのか。


 なぜ使われなくなったのか。


 そこまでは分からなかった。


 別の書物を開く。


 やはり、詳しいことは書かれていない。


 さらに別の本。


 それにもない。


 ダンテは深く息を吐いた。


「……書物だけでは、ここまでか」


 けれど、ここで諦めるつもりはなかった。


 エリンは、自分に何かを残した。


 そして、モニカにも同じ紋章が刻まれたものを残している。


 必ず意味があるはずだった。


 王立図書館を出たダンテは、もう一人、頼れそうな人物を思い出していた。


 若い頃、グランディア帝国へ赴いた際に知り合った商人。


 その商人は当時、帝国の皇城にも出入りしていた。


 皇族へ納める品を扱っていたため、帝国の紋章や皇族にまつわる品についても詳しかったはずだ。


「……あの男なら」


 ダンテは、その商人が営む商会へ向かった。


「これはこれは、ハーマン伯爵様。お久しぶりでございます」


「久しぶりだな」


 昔からの知人だけあって、二人の間に堅苦しさはない。


「今日は商談でしょうか?」


「いや。少し相談したいことがある」


 ダンテは持ってきたオルゴールを取り出した。


「これを見てほしい」


「……?」


 商人はオルゴールを手に取り、側面に刻まれた紋章を見た。


 そして――。


 その顔から笑みが消えた。


「……これは」


「知っているか?」


「ええ。グランディア帝国の紋章です」


「それは私も分かっている」


 ダンテは落ち着いた声で続けた。


「王立図書館で調べた。だが、この紋章について詳しいことは分からなかった」


 商人はもう一度、紋章をじっくりと見る。


「……かなり古い意匠です」


「古い?」


「私が帝国の皇城に出入りしていた頃にも、ほとんど見た記憶がありません」


「皇族に関係するものなのか?」


「おそらくは」


 商人は慎重に答えた。


「ただ、私は皇族の内情まで知っているわけではありません。皇城に出入りしていたとはいえ、あくまで商人ですから」


「そうか……」


「ですが、この紋章が現在使われているものではないことは確かです」


 ダンテはオルゴールを見つめた。


「何か、思い出せることはないか?」


「申し訳ありません」


 商人は首を横に振った。


「これ以上は……」


「いや、十分だ。ありがとう」


 ダンテはオルゴールを受け取った。


 王立図書館でも。


 昔からの知人にも聞いた。


 分かったのは、古い皇族に関係する紋章らしいということ。


 それだけだった。


 屋敷へ戻ったダンテは、もう一つの問題に向き合った。


 シルビー。


 モニカが会いたいと言っている。


 以前住んでいた場所は分かっていた。


 だが、そこにはもういなかった。


「……どこへ行った?」


 ダンテは考え込む。


 そして、一人の女性の顔を思い出した。


 マルタ。


 以前、ハーマン伯爵家で働いていた元侍女。


 クラリッサによって屋敷を辞めさせられた使用人の一人だ。


 マルタだけではない。


 あの頃、クラリッサに辞めさせられた使用人は他にもいた。


 だからこそ、彼女たちは十年前の屋敷のことを知っている。


 ダンテはマルタのもとへ向かった。


「旦那様……?」


 突然訪れたダンテに、マルタは驚いた。


「突然すまない。もう一度、聞きたいことがある」


「はい。何でしょうか?」


「シルビーのことだ」


 マルタの表情が変わる。


「シルビーさん……」


「ああ。以前住んでいた場所には、もういなかった」


「そうだったのですか……」


 マルタは少し考え込んだ。


「以前、旦那様が私に聞かれたのは……十年前、私が屋敷を辞める前のモニカ様のことでしたよね」


「ああ」


 あの時、ダンテはマルタに、幼いモニカがどんな生活をしていたのかを尋ねた。


 クラリッサによって屋敷を追われる前の使用人たち。


 彼女たちから聞いた話は、ダンテにとって重要なものだった。


「シルビーさんについては、私も詳しくは……」


 マルタは記憶を辿るように考える。


「でも……そういえば」


「何か知っているのか?」


「以前、聞いたことがあります。シルビーさん、別の場所で働いていると」


 ダンテの目が鋭くなる。


「どこでだ?」


「確か……この町の商家だったと思います」


 マルタは店の名前と場所を伝えた。


「分かった。ありがとう」


「旦那様……シルビーさんに会われるのですか?」


「ああ」


 ダンテは静かに答えた。


「モニカが、会いたいと言っている」


「……モニカ様が」


 マルタの表情が柔らかくなる。


「それなら、シルビーさんもきっと喜びます」


「ああ」


 ダンテも小さく頷いた。


 その日のうちに、ダンテは教えてもらった商家へ向かった。


 店の前で足を止める。


 ここに――シルビーがいる。


 そう思うと、不思議な気持ちになった。


 十年前。


 クラリッサによって屋敷を追われた者たち。


 その中でも、シルビーは最後までモニカを気にかけていた。


 そして、ダンテへ手紙を託した。


 あの手紙があったからこそ、ダンテはモニカの十年間を知ることができた。


 扉を開ける。


「いらっしゃいませ」


 店員が声をかけてくる。


「シルビーという女性が、こちらで働いていると聞いた」


「シルビーですか?」


「ああ」


「少々お待ちください」


 店員が奥へ向かっていく。


 しばらくして――。


「旦那様……?」


 聞き覚えのある声。


 ダンテが振り返る。


 そこに立っていたのは――。


「……シルビー」


「旦那様……」


 十年という歳月が流れていても、間違えるはずがなかった。


 シルビーは目を見開いたまま、ダンテを見つめている。


 そして――。


「モニカ様は……お元気ですか?」


 最初に出てきた言葉は、自分のことではなくモニカのことだった。


 ダンテは静かに頷いた。


「ああ」


 そして、まっすぐシルビーを見る。


「今は、私が守っている」


 シルビーの目に涙が浮かんだ。


「……そうですか」


 震える声。


 十年もの間、気にかけていた少女がどうしているのか。


 それだけを知りたかったのだろう。


「モニカがお前に会いたいと言っている」


「……モニカ様が?」


「ああ」


 シルビーは両手を胸元で握りしめた。


「私も……私も、お会いしたいです」


「なら、明日にでも会えるようにしよう」


「はい……!」


 シルビーの頬を、一筋の涙が伝った。


 ダンテは静かに頷いた。


 これで、モニカが会いたがっていたシルビーを見つけることができた。


 残るのは――エリンのことだった。


 屋敷へ戻ったダンテは、執務室の机にオルゴールを置いた。


 王立図書館にも行った。


 古い知人にも相談した。


 だが、分かったのは、この紋章がグランディア帝国の古い皇族に関係するものだということだけ。


「……手詰まりか」


 ダンテは椅子に深く腰を下ろした。


 これ以上、今の自分に調べられることが思いつかない。


 ダンテは疲れたように机へ顔を伏せた。


 その時――。


 視界の端に、一つの箱が入った。


「……」


 顔を上げる。


 エリンからの手紙を入れている箱だった。


「エリン……」


 ダンテは箱を手に取った。


 そして、手紙に書かれていた言葉を思い出す。


 ――あのオルゴールを、よく見てください。


 ――きっと、そこに私が残したものがあります。


「……よく見て、か」


 ダンテはオルゴールを手に取った。


 表面。


 側面。


 底。


 蓋。


 そして――。


 蓋の内側。


「……ん?」


 指先が止まった。


 内側に張られたベルベット。


 その一部分だけが、ほんのわずかに浮いている。


「これは……?」


 ダンテは慎重に指を添えた。


 軽く押してみる。


 やはり、おかしい。


 ベルベットが少しだけ浮いている。


 ダンテの胸が高鳴った。


 エリンは、ここに何かを残したと言った。


 そして――。


 今まで、そこまで注意して見ていなかった。


「……まさか」


 ダンテは浮いたベルベットに、そっと指をかけた。


 ゆっくりと持ち上げる。


「……!」


 指先に、何かが触れた。


 そこに――。


何かが隠されている。


 ダンテは息を呑んだ。


 エリンが残したもの。


 それが、今まさに姿を現そうとしていた。

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