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モニカ・ハーマン物語~虐げられた伯爵令嬢は、亡き母の秘密と金環眼に導かれて  作者: 紅しょうが


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第18話 エリンが残した物

執務室の机の上に、一通の手紙が置かれていた。


 十年前。


 エリンが亡くなった後に残されていた、ダンテ宛ての手紙。


 ダンテは封を切ることができずにいた。


 いや――正確には、開けることを避けていた。


 十年もの間、閉ざしていたエリンの部屋。


 そこで見つけた、妻の文字。


 それを読めば、もう二度と戻れない気がしていた。


 だが、今は違う。


 オルゴール。


 日記。


 そして、エリンが何も語らずに亡くなったという事実。


 知らなければならない。


 ダンテは、ゆっくりと封を開いた。


 便箋には、見慣れたエリンの文字が並んでいた。


『ダンテへ』


 それだけで、胸が締めつけられる。


 ダンテは静かに読み進めた。


『あなたに話さなければならないことがあります。


 けれど、私は最後まで話すことができませんでした。


 あなたを信じていなかったわけではありません。


 むしろ、その逆です。


 あなたとモニカを巻き込みたくなかった。


 だから、何も言わずに逝くことを許してください。


 もし、この手紙をあなたが読む日が来たのなら――。


 あのオルゴールを、よく見てください。


 そこに私が残したものがあります。


 そして……モニカを守ってください。


 あの子には、何も罪はありません。


 どうか、それだけは忘れないでください。』


 そこまで読んで、ダンテの手が止まった。


「……エリン」


 何度も名前を呼びたくなる。


 だが、手紙の中に答えはない。


 何を話したかったのか。


 なぜ話せなかったのか。


 何からモニカを守ってほしいのか。


 肝心なことは、何一つ書かれていない。


「……最後まで、か」


 ダンテは苦しそうに息を吐いた。


 エリンは死ぬまで、自分に何も語らなかった。


 それでも――。


 手紙の中には、はっきりと書かれていた。


 オルゴールを見てほしい、と。


 ダンテは机の端に置いていたオルゴールを手に取った。


 蓋を開ける。


 小さな音色が、静かな執務室に流れ始めた。


 その旋律を聴きながら、ダンテは遠い記憶を思い出していた。


 ――十数年前。


 商談のため、エンターナル国を訪れていた時。


 街の隅で、うずくまっていた一人の女性。


 それがエリンだった。


「大丈夫か?」


 声を掛けると、女性はゆっくりと顔を上げた。


 ひどく疲れた様子だった。


「……名前は?」


「……エリンです」


「家族は?」


 少しの沈黙。


「……いません」


 それ以上、ダンテは聞かなかった。


 何か事情があるのだろう。


 そう思った。


 エリンは自分のことをほとんど語らなかった。


 どこで生まれたのか。


 家族は誰なのか。


 なぜエンターナル国にいたのか。


 聞いても、


「……遠いところから来たんです」


 そう答えるだけだった。


 ダンテは、それ以上聞かなかった。


 エリンが話したくなるまで待てばいい。


 そう思っていた。


 やがて二人はマクホランド王国へ戻り、結婚した。


 そして、モニカが生まれた。


 ――ダンテは目を開けた。


 執務室。


 オルゴールは、まだ静かに音を奏でている。


「……オルゴールに、私が残したものがある……か」


 手紙の言葉を思い出す。


 ダンテは、今まで何度も見たはずのオルゴールを改めて見つめた。


 そして、蓋の中へ視線を落とす。


「……?」


 中央で、小さな人形が回っている。


 一人の少女。


 長い髪。


 そして――頭には小さな王冠。


「……王冠?」


 ダンテは眉を寄せた。


 こんな人形だっただろうか。


 これまで、音色ばかりを聴いていた。


 中に何があるのかなど、考えたこともなかった。


 少女は音楽に合わせて、ゆっくりと回っている。


 ダンテは、その顔をじっと見つめた。


「……」


 どこか見覚えがある。


 そして、ふいに。


 一人の少女の顔が浮かんだ。


「……モニカ?」


 似ている。


 小さな人形だから、はっきりとは分からない。


 それでも――。


 目元。


 顔立ち。


 どこか儚げな雰囲気。


 モニカを思わせる。


 ダンテの胸に、嫌な予感にも似た感覚が広がった。


 裏側に刻まれた、グランディア帝国の紋章。


 そして、王冠をかぶった少女。


 ダンテは、二つを頭の中で重ねる。


「……これは、何を意味している?」


 エリンは、このオルゴールを大切にしていた。


 そして死の間際に、これを見てほしいと書き残した。


 ならば――。


 このオルゴールには、エリンが伝えられなかった何かがある。


 それはきっと、偶然ではない。


 ダンテは、回り続ける少女を見つめた。


「……エリン」


 答えは返ってこない。


 けれど。


 手紙の最後の言葉だけが、胸に残っていた。


『モニカを守ってください』


「……」


 ダンテは、オルゴールをそっと閉じた。


 そして、手紙へ視線を戻す。


 エリンが何を恐れていたのか。


 なぜ、何も語れなかったのか。


 まだ何も分からない。


 ただ一つだけ。


 ダンテは、もう目を逸らさないと決めた。


 エリンが残したもの。


 そのすべてを、自分の手で確かめる。


 そして――。


 モニカを守る。


 それだけは、必ず。

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