第17話 気になる令嬢 アダムSide
なぜ、あの令嬢が気になるのだろう。
アダム・フォン・グランディアは、窓の外を眺めながら考えていた。
マクホランド王国へ留学して、しばらく経つ。
この国の学園には、様々な家柄の令息や令嬢が通っている。
伯爵家の令嬢ともなれば、身なりも整っているのが普通だ。
学園へ来る時も、馬車を使う。
それが当たり前だと思っていた。
――あの令嬢に会うまでは。
最初に目にした時から、違和感があった。
モニカ・ハーマン。
ハーマン伯爵家の令嬢。
それなのに、彼女は毎朝、一人で歩いて学園へやって来る。
侍女もいない。
護衛もいない。
馬車さえ使っていない。
「……伯爵令嬢、か」
アダムは小さく呟いた。
そして、初めて彼女に声を掛けた日のことを思い出す。
道端に落ちたパン。
モニカは、それを拾おうとしていた。
「何をしている?」
そう声を掛けると、彼女は驚いたように振り返った。
そして、気まずそうに笑った。
「……今日の食事なんです」
あの言葉が、今でも耳に残っている。
伯爵令嬢が言う言葉ではない。
ましてや、落ちたパンを食べようとしている。
アダムは、胸の奥に重いものを感じた。
虐げられている。
そう考えるのに、時間は掛からなかった。
だが――。
皇子とはいえ、他国の貴族の家庭事情に勝手に首を突っ込むことはできない。
マクホランド王国とグランディア帝国は友好関係にある。
だからこそ、自分の立場は理解しているつもりだった。
それでも。
なぜか、モニカのことが気になった。
理由は分からない。
学園ですれ違えば、つい目で追ってしまう。
元気にしているだろうか。
今日は何か食べているだろうか。
そんなことまで考えてしまう。
「……私は何をしているんだ」
アダムは苦笑した。
そして、もう一つ。
忘れられない出来事がある。
あの日。
街を視察していたアダムは、帰宅するモニカを見つけた。
声を掛けると、彼女は驚いた顔をした。
そして、屋敷まで送っていくことになった。
屋敷の前まで来た時。
アダムは、玄関の方へ視線を向けた。
そこに、一人の男が立っていた。
モニカの父親だろう。
伯爵本人か。
言葉を交わしたわけではない。
挨拶もしなかった。
ただ、こちらを見ていた。
その視線が、妙に印象に残っている。
娘を迎えに出てきたのだろうか。
それとも――。
アダムには分からなかった。
ただ、一つだけ。
その時に見たモニカの顔が、頭から離れなかった。
いつもどこか遠慮がちで、怯えるような表情をしている少女。
それなのに。
あの時は、ほんの少しだけ安心したように笑っていた。
その笑顔を思い出す。
「……」
アダムは目を細めた。
あの笑顔。
どこかで見たことがある。
ずっと昔。
まだ幼かった頃に。
誰かの顔を思い浮かべようとする。
けれど、記憶の奥にあるその人の顔は、はっきりとは思い出せない。
「……誰だった?」
胸の奥に、かすかな違和感が残る。
懐かしい。
けれど、遠い記憶。
アダムは首を横に振った。
「考えすぎか」
そう呟いた。
それでも。
翌日、学園の廊下でモニカの姿を見つけた時。
アダムは、やはり声を掛けていた。
「モニカ」
「……殿下?」
振り返ったモニカが、小さく目を見開く。
「今日は早いな」
「はい……いつも、このくらいです」
「そうか」
短い会話。
それだけなのに。
アダムは少しだけ安心していた。
今日も元気そうだ。
少なくとも、昨日より顔色は悪くない。
それだけを確認して、アダムは歩き出す。
自分でも不思議だった。
なぜ、こんなにも彼女のことが気になるのか。
まだ、その答えをアダムは知らなかった。
ただ――。
モニカの笑顔を見るたびに。
遠い昔の、誰かの笑顔が重なる。
その記憶が何なのか。
アダム自身にも、まだ分からなかった。




