第14話 変わり始めた旦那様
夕食の時間。
クラリッサとアリシアは、いつものように食堂にいた。
テーブルには料理が並び、侍女たちが静かに給仕をしている。
けれど――。
一つだけ、空いている席があった。
ダンテの席だ。
クラリッサは何気なく、その席へ視線を向けた。
「旦那様は、まだお仕事かしら?」
そばに控えていた侍女へ尋ねる。
「はい。執務室でお食事を取ると伺っております」
「執務室で?」
クラリッサは、ほんの少し眉を上げた。
最近、ダンテは執務室で食事を取ることが増えた。
以前から仕事が忙しい時に、執務室で簡単に食事を済ませることはあった。
だから、最初は特に気にも留めていなかった。
「お義父様、今日も一緒に食べられないのね」
アリシアが残念そうに言った。
「……そうなのね」
クラリッサは微笑んだ。
「お仕事がお忙しいのでしょう」
「そうなのかな?」
「ええ」
そう答えながらも、クラリッサの胸には小さな違和感が残った。
――昨日も、執務室だった。
そして今日も。
一体、何をそんなに忙しくしているのかしら。
* * *
クラリッサは料理を口に運びながら、何気なく侍女たちの様子を見た。
誰も何も言わない。
けれど、屋敷の空気が以前とは少し違う。
何かが変わった。
そう感じる。
「ねえ」
クラリッサは、別の侍女に声を掛けた。
「はい」
「最近、旦那様は執務室でお食事を取ることが多いのかしら?」
「……そうですね」
侍女は少し考えてから答えた。
「ここ数日は、そのように伺っております」
「そう」
クラリッサは、それ以上は聞かなかった。
だが――。
「そういえば」
アリシアがふと思い出したように口を開く。
「昨日、お義父様が私の部屋に来たの」
「まあ」
クラリッサは娘を見る。
「何のお話だったの?」
「分からない。なんだか機嫌が悪そうだった」
「機嫌が悪そう?」
「うん。でも、私に怒ってたわけじゃないと思う」
アリシアは首を傾げる。
「なんだか……困ってるみたいだった」
「……そう」
クラリッサは静かに答えた。
ダンテがアリシアの部屋を訪ねた。
それ自体は、珍しいことではない。
けれど――。
「その後は?」
「知らないわ」
アリシアは料理を食べながら答えた。
「でも、その前にお義父様がモニカのことでローレンスに何か言ってたみたい」
「……モニカ?」
クラリッサの手が止まった。
「うん」
「何を?」
「そこまでは知らない」
アリシアはあっさり答える。
クラリッサは何も言わなかった。
ただ、胸の奥に小さな引っ掛かりが生まれる。
――モニカ。
あの子のことを、ダンテが気にしている?
そんなはずはない。
今まで十年間。
ダンテは、あの子にほとんど関心を示さなかった。
屋敷にいることさえ、まるで見えていないかのようだった。
それなのに――。
「……」
クラリッサは、再びダンテの空席を見る。
執務室で食事を取る。
モニカを気にしている。
そして、最近のダンテは以前とは少し違う。
何があったのだろう。
「お母様?」
「……何?」
「どうしたの?」
「何でもないわ」
クラリッサは微笑んだ。
「さあ、アリシア。冷めてしまうわよ」
「うん」
アリシアは何も疑わず、食事を続けた。
* * *
食事を終え、クラリッサは自室へ戻った。
侍女がドレスを脱がせ、髪を整えていく。
鏡に映る自分の姿を見つめながら、クラリッサは考えていた。
――モニカ。
あの子に、一体何があったの?
いや。
何があったのかではない。
何をしたの?
ダンテの態度が変わったのは、ここ数日のこと。
そして、その中心にいるのがモニカだとしたら――。
「……まさか」
クラリッサは小さく呟いた。
けれど、すぐに首を振る。
「そんなわけ……」
十年間、何も変わらなかった。
今さら、何が変わるというのだろう。
そう思おうとする。
それでも。
胸の奥に生まれた違和感は、消えてくれなかった。
クラリッサは鏡の中の自分を見つめる。
そして、静かに呟いた。
「……一体、何があったの?」
まだ、答えは分からない。
けれど――。
何かが変わり始めている。
そのことだけは、クラリッサにも分かっていた。




