第13話 モニカとダンテのディナー
夕刻。
ダンテは執務室で書類を整理しながら、何度も時計を見ていた。
昨日までなら、娘が何時に帰ってくるのかなど気にしたこともなかった。
だが、今日は違う。
朝、モニカが屋敷を出たあと、使用人に帰宅時間を確認していた。
そして、帰りには馬車を用意するように命じていた。
――それなのに。
帰ってきたモニカは、皇子の馬車から降りてきた。
ダンテは小さく息を吐く。
「……皇子殿下、か」
なぜ、あれほど娘を気に掛けているのか。
気にはなる。
だが、それ以上に――。
今日、モニカと話をしたかった。
「ローレンス」
「はい」
「夕食を執務室へ運んでくれ」
「かしこまりました」
「それから……モニカが帰ったら、ここへ来るように伝えてくれ」
「承知いたしました」
ローレンスが一礼して部屋を出ていく。
しばらくすると、控えめなノックが響いた。
「……失礼いたします」
「入れ」
扉が開く。
モニカが立っていた。
「お呼びでしょうか?」
その言葉に、ダンテの胸が少し痛む。
やはり、まだ自分を父親として見てはいない。
「……ああ。今日はここで夕食を取ろう」
「……私も、ですか?」
「そうだ」
モニカは少し戸惑ったように目を伏せた。
「……はい」
小さな返事。
モニカは部屋へ入り、昨日と同じように椅子の端へ腰掛けた。
やがて料理が運ばれてくる。
昨日と同じように、温かな料理だった。
「食べなさい」
「……はい」
モニカは静かに食事を始めた。
一口。
また一口。
昨日よりも、ほんの少しだけ食べる量が増えている。
ダンテは気づいていた。
「……今日は、昼も食べたのか?」
モニカの手が止まる。
「はい」
「学園で?」
「……はい」
「そうか」
少し間を置いて、ダンテは尋ねた。
「誰と食べた?」
「……殿下とです」
ダンテの眉が、わずかに動く。
「皇子殿下と?」
「はい。昼食を分けてくださいました」
「……そうか」
それ以上、何も言えなかった。
皇子に昼食を分けてもらった。
それほどまでに、モニカは食事をしていなかったのか。
胸の奥が重くなる。
だが、モニカはそんなダンテの気持ちには気づかず、目の前の料理を食べている。
昨日より、少しだけ自然に。
「……美味しいです」
ぽつりと、モニカが言った。
「そうか」
「はい」
モニカは小さく笑った。
その笑顔を見た瞬間――。
ダンテの胸が大きく揺れた。
エリン。
あの頃の彼女が、ふと重なった。
笑った時に少しだけ目尻が下がる。
嬉しそうに口元を緩める。
その表情が、あまりにも似ている。
「……」
ダンテは思わず視線を逸らした。
「伯爵様?」
「……いや」
何でもない。
そう言おうとした。
けれど、言葉が出てこない。
十年。
エリンを失ってから十年。
その間、自分はモニカを見ようとしなかった。
エリンを思い出すから。
見るたびに、失ったものを突きつけられる気がしたから。
その結果――。
娘まで、一人にしてしまった。
「……モニカ」
「はい」
「今日は……学園で何をしていた?」
モニカは少し驚いたように顔を上げる。
「……授業を受けました」
「そうか」
「はい」
「楽しかったか?」
「……」
モニカはしばらく考えた。
「……普通、です」
「そうか」
それだけの会話。
けれど、ダンテにとっては初めてだった。
娘が今日何をしていたのかを、自分から聞いたのは。
モニカもまた、少し不思議そうにダンテを見ていた。
「……伯爵様」
「何だ?」
「どうして……今日は、私にいろいろ聞くのですか?」
ダンテは答えに詰まった。
どうして。
そんなこと、自分でも分からない。
ただ――。
「……知りたいと思ったからだ」
「……何を、ですか?」
「お前のことを」
モニカの瞳が揺れた。
ダンテはゆっくりと言葉を続ける。
「今まで……何も知らなかったからな」
モニカは何も答えなかった。
ただ、目の前の料理へ視線を落とす。
そして、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……そうですか」
その小さな笑顔を見ながら、ダンテは思った。
急ぐ必要はない。
十年かかったのだ。
ならば、これから少しずつでもいい。
父親として――。
この娘を知っていきたい。
執務室には、二人が食事をする小さな音だけが静かに響いていた。




