シルの優しさ(ニーナ視点)
まさか、セルディオ様とリンカ様の間に、また何かあったの……?
離縁届を置いて屋敷を出た。
もう私には関係のないことなのだと、自分に言い聞かせてきた。
セルディオ様のことは、もう考えないようにしようと決めたはずだった。
それなのに──やっぱり気になってしまう。
どれだけ忘れようとしても忘れられない。
どれだけ記憶の奥へ押し込めようとしても、優しく微笑む彼の姿が消えてくれない。
私の心は、今もなおセルディオ様に囚われたままだった。
「ニーナさん……」
気遣わしげなシルの声に、私ははっと我に返る。
慌てて口元に笑みを作り、何でもないふうを装った。
「どうしたの? シル。私なら大丈夫よ」
けれど、毎日のように私の顔を見ているからだろう。
シルはその言葉を信じてはくれなかった。
「ニーナさんさ、聞かれてもないのに自分から『大丈夫』って言う人って、大抵大丈夫じゃないんだよ」
「……っ」
「まだ忘れられないんでしょ? 旦那さんのこと」
優しく、それでいてどこか寂しそうな声だった。
私は何も答えられない。
そんな私を見て、シルは小さく息を吐く。
「俺、分かるよ」
そして、少しだけ頬を赤く染めながら言った。
「……だって俺、ニーナさんのことが好きだから」
「シル……」
思いもよらない告白だった。
まさかシルが、そんなふうに私を想っていてくれたなんて。
胸がじんわりと温かくなる。
けれど同時に、申し訳なさも込み上げてきた。
「ありがとう、シル。でも、ごめんなさい。私は──」
「うん。分かってる」
私の言葉を遮るように、シルは小さく笑った。
「別に返事が欲しくて言ったわけじゃないんだ。ニーナさんを困らせたいわけでもない」
そう言って、彼は真っ直ぐに私を見上げる。
「ただ俺は……もう前の旦那さんのことで、ニーナさんに辛い思いをしてほしくないだけなんだ」
その真っ直ぐな優しさに、鼻の奥がつんとする。
こんな小さな子にまで心配をかけてしまっているなんて。
そう思うと、情けなくて、少しだけ泣きたくなった。
「俺の気持ちはさ、純粋な子供の恋心として受け取ってくれれば、それでいいから」
さっきは子供扱いするなと言っていたくせに、こんな時だけ子供であることを主張してくる。
「大人なのか子供なのか、どっちなの……?」
思わず苦笑しながら尋ねると、シルは照れくさそうに唇を尖らせた。
「そんなの、都合がいい時は大人で、都合が悪くなったら子供に戻るに決まってるだろ?」
「なにそれ。ずるいじゃない」
「ずるくないよ! 俺みたいな微妙な年頃のやつにだけ許された特権なんだから!」
必死になって反論するシルの姿が、なんだかおかしくて。
私は胸の痛みさえ忘れ、しばらくの間、声を上げて笑っていたのだった。




