リシテアの変化(ニーナ視点)
「でね、こないだ先生が──」
毎日欠かさず、シルは私のお見舞いに来てくれる。
家族のこと、先生のこと、町で起きた出来事──色々な話を聞かせてくれて、私が退屈しないよう気を遣ってくれていた。
彼には、どれだけ感謝してもしきれない。
もしシルがいなかったら、医院での暮らしはきっと、今よりずっと味気ないものになっていただろう。
「シル、毎日本当にありがとう」
お礼を言いながら頭を撫でると、彼は慌てたようにその手を振り払った。
「だから、俺はもう子供じゃないって言ってるだろ。いつまでも子供扱いするの、やめてくれよな」
「あら、ごめんなさい」
そう謝りながらも、私は思わず小さく笑ってしまう。
──八歳は、まだ十分子供じゃないかしら。
このくらいの年頃の子は、少しでも大人に近づきたくて背伸びをするものだ。
シルもきっと、その一人なのだろう。
もっとも、医院の手伝いをして大人と接する機会が多いせいか、同年代の子どもたちより少しだけ精神的に大人びているようには見えるけれど。
「そういえばリシテアは、公爵家から戻ってきたかしら?」
公爵家の様子を探るため、定期的に屋敷へ戻っているリシテアのことを尋ねる。
すると、なぜかシルはにやりと口の端を持ち上げ、意地の悪そうな顔をした。
「……知りたい?」
その声音には、どこか企みを隠しているような響きがあった。
「え、ええ……できれば」
何かあったのかしら──そう思いながら尋ねると、シルはなぜか声を潜めた。
「……実はね、リシテアさん、最近先生といい感じなんだ」
「えっ……!」
あまりにも予想外の話に、思わず大きな声が漏れてしまう。
「シー、シーッ!」
慌てたシルが唇の前に人差し指を立て、私ははっとして口を押さえた。
「ご、ごめんなさい。あまりにも驚いたものだから……。でも先生って、結構なお年じゃなかったかしら?」
「そうなんだけどね。医院に住み込んで先生の世話とか手伝いをしてるうちに、少しずつ……って感じなんじゃないかな。先生がどう思ってるかは分かんないけど、リシテアさんは多分、先生のこと好きだと思うよ」
「そうなのね……」
リシテアったら、そんな大事なことを一言も話してくれなかったのね。
少しだけ恨めしく思いながらも、ふとあることに気づき、私は首を傾げた。
「……で、それと公爵家の話と、何の関係があるの?」
リシテアと先生の話は確かに興味深かった。けれど、今は公爵家の様子を聞いていたはずだ。
そう思って尋ねると、シルはやれやれと言いたげに肩を竦めた。
「何があったのかは知らないけどさ、リシテアさん、今日はものすごい勢いで帰ってきたんだよね」
そこで一度言葉を切り、彼は苦笑する。
「顔なんて真っ赤だったし、今にも突撃して行きそうな勢いでさ。だから先生が、『その状態でニーナさんのところへ行ったら、余計な心配をかけるだけだ』って止めちゃったんだ」
「……私のところへ?」
胸が、どくりと音を立てる。
リシテアがそれほど取り乱すなんて、よほどのことがあったに違いない。
「ええと……それって、もしかして公爵家で何か……」
恐る恐る尋ねると、シルは困ったように頭を掻いた。
「うーん。俺も詳しくは聞いてないんだ。ただ……」
そこで彼の表情が少しだけ曇る。
「リシテアさん、すごく怒ってた。それに……少し泣いてた」
「──っ」
その言葉に、私の胸は不安でぎゅっと締めつけられた。




