セルディオの悟り
リンカの言葉に、頭の中が真っ白になった。
ニーナが毎日何を考えていたのか。どんな気持ちで過ごしていたのか。
言われてみれば、僕は一度だって真剣に考えたことがなかった。
ただひたすら、彼女の関心を引くことだけに必死だった。
嫉妬してほしい。怒ってほしい。
少しでもいいから、自分を見てほしかった。
そのためなら、どんな手段でも構わないと思っていた。
「……ニーナを追い詰めたのは、僕だっていうのか?」
掠れた声が零れる。
まさか、そんなはずはない。
ニーナはリンカの嘘に耐えきれず、屋敷を出ていったのだ。
僕が他の女と子供を作ったと思い、その悲しみに耐えきれなくなって──。
「悲しみ……」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥がずきりと痛んだ。
「……そうか」
今になって、ようやく分かった気がした。
リンカと並んでいる僕を見ていた時の、ニーナのあの表情。
あれは怒りでも、憎しみでもなかった。
ましてや、無関心などではない。
──悲しかったのだ。
愛する夫が、自分以外の女に寄り添っている。
その光景を見せつけられながら、それでも何も言わず、ただ静かに微笑んでいた。
あの笑顔は、諦めだったのか。
それとも、壊れてしまいそうな心を必死に隠していただけだったのか。
「僕は……何をしていた……?」
彼女を振り向かせたい一心で取った行動が、知らないうちに彼女の心を傷つけ、追い詰めていた。
愛していると言いながら。
守りたいと願いながら。
僕自身の手で、ニーナを一番苦しめていたのだ。
「なのに僕は……」
体調の優れない彼女に、無理やり身体を重ねようとした。
そして、それを受け入れたニーナを一人残し、ほんの半刻ほどだからとリンカのもとへ向かってしまった。
その結果、彼女の策略に嵌まり──望まぬ形とはいえ、関係を持ってしまった。
……本意ではなかった。
だが、そんな言い訳に何の意味がある。
事実として、僕はニーナを裏切ったのだ。
それなのに。
自分は不貞を犯しておきながら、ニーナが僕を拒む理由も考えず、彼女の浮気を疑った。
他の男がいるのではないかと決めつけ、責め立てた。
彼女がどれほど傷ついたのかも知らずに。
「……何をやっているんだ、僕は」
震える声が、静かな部屋に落ちる。
愛していると口では言いながら、その実、僕は何一つ彼女を信じていなかった。
ニーナの苦しみに気づこうともせず、自分の寂しさと嫉妬ばかりを押し付けていた。
彼女が僕を拒んでいたのは、裏切っていたからではない。
ただ、苦しかったのだ。
そんな状況で僕とリンカの間に子供ができたと言われれば──逃げ出したくなっても無理はないだろう。
ニーナだって、僕との子供を望んでいたはずだ。
体調を崩し、子作りができなくなる前までは、「早く子供が欲しい」と笑顔で言っていたのだから。
「そんな……ニーナを……」
守るどころか、追い詰めていた。
彼女の心を壊し、逃げ出したくなるほど傷つけたのは、ほかの誰でもない。
──この僕だった。




